第17話 急転
「カイン!」
乾いた音は、レジリアさんが銃を撃った音だった。少年は銃を落とし、顔を歪める。手にかすったようだ。
「無茶しすぎっス!」
「位置を割り出すのに苦労したよ。」
「置き手紙はもう少し詳しく書け。」
倉庫の入口には、騎士団の仲間たち三人が立っていた。
蛇に言われて少年を追いかける前、簡単だが手紙を残しておいたのだ。帰りが遅いので心配したらしい。
「ちっ…騎士団!」
「これはこれは、世界一のヴァイオリニストはマフィアのボス、か。明日の新聞は良い一面になりそうだ。」
「…!」
「うちの新人を襲うとは良い度胸だね。それと、これ。」
レジリアさんは一通の手紙をポケットから取り出した。
「ヤーレンさんの部屋に届いていたそうだ。ご丁寧に、『サーカス』と書いてある。」
「…」
「この国で何を企てているかは知らないが、『教団』とも繋がりがあるようだし、対処するにこしたことはない。」
「はっ!この人数を前に、お前ら三人に何ができるってんだ?」
少し太めの男が吐き捨てる。周りを見ると、先ほどよりさらに敵の数が増えていた。
「ふふ…それでは、ご覧あれ。」
「『
「『
レジリアさんの言葉と同時に、弾かれたように二人が動いた。
「な、なんだ!速すぎる!」
「こいつ、弾が効かねぇ!」
二人による制圧に、さほど時間はかからなかった。
「それで、君たちの処分だけど…」
縛られた「サーカス」のメンバーとその頭領であるジルを前にレジリアさんは話す。
「僕らはこの国の人間じゃないし、君たちの身柄は芸術総会に引き渡すことになる…けど、まずは情報を吐いてもらおう。」
ジルは観念したようにじっと座って一点を見つめている。
「あ、言っておくけど僕の前では何も隠し事はできないよ。こういう場面じゃ僕の能力は適役だからね。」
そこで初めて少年は表情を動かした。
「よし、それじゃ…」
「レジリアさん、ちょっといいですか。」
ずっと思っていたことを打ち明ける。
「俺は、この子は手紙の犯人じゃないと思います。」
「お前…襲われたのによく言えたな。」
「ふぅん…どうしてかな?」
唾をのみ込み、間違えないように丁寧に話す。
「彼が、さっきの戦闘中、一回も能力を使わなかったからです。俺は彼が能力を使った瞬間に倒れました。もし彼が能力を使っていたらと考えると、違和感があります。」
「マジっスか…」
「ふむ…まあいい。それら全て、これから分かることだ。」
レジリアさんは彼の頭に手をかざした。
「レジリアさん!」
「大丈夫だ。痛みは無い。…『
そう言ったレジリアさんの手は青白く輝き、数秒間瞬いた後、消えた。
「ふぅ…」
近くの椅子に腰を下ろし、疲れた様子で彼はため息をついた。
「これは厄介なことになったな…」
「何が、あったんですか。」
「…少なくとも、この手紙の主は彼じゃない。記憶から読み取るにおそらく、彼の兄だ。そして…『教団』が接触してきている。『教団』の男はベノフという名だ。僕の記憶が正しければ、ベノフというのは『人形事件』の犯人…まだ生きていたのか…!」
ぶつぶつと呟く彼の額には、大粒の汗が浮かんでいた。
「喧嘩の後どうなったかは分からないが、彼の兄とベノフ・ジューイストはおそらく協力している…過去に因縁があったことを考えると…」
「もう、やめてくれ。」
絞り出すように呟いたのは、他でもないジルだった。
「全部、僕が悪いんだ。こんなことになったのは僕のせいだ。」
事情を全部理解しているとは言えないが、レジリアさんの呟きで大方の事態は把握した。彼の前に片膝をつく。
「…君は、どうしたいんだ。」
彼の目を見る。絶望に染まったような彼の目には、まだ微かに光があった。
「兄さん…グイドを、止める。」
「どうやってだ?この状態で、私たちから逃げられるとでも?」
レイが睨みをきかせる。その圧にも、彼は委縮しなかった。
「うるさい!これは、僕の問題だ…『
すぐに反応し、レイが剣を振る。だが、その刃先は空を切った。
「邪魔をするな!『
空中に飛んだ少年が手を振ると、色とりどりの風船が現れた。
「まずい!」
突然頭に流れ込んできたのは、不確かだがはっきりとしたイメージだった。粉々になった倉庫、無残に散らばる死体…考えるより先に体が動いた。
「やめろ!」
彼に手を伸ばした。
「遅い…『弾けろ』!」
間に合わない。そう思った時、体の内から何かが声を上げた。
「『■■■■■』。」
その直後、風船は急にしぼみ、宙に消えた。そのまま地面に倒れる少年。
「くそ…なんでだよ…!」
訳が分からなかったが、彼に手を伸ばす。彼はその手を振り払ったが、無理やり腕を掴んだ。
「君がやり残したことがあるなら、それはやらなければいけない。何かあってからでは遅いんだ。」
「…!」
「大事な事を見失うな。」
彼は大粒の涙をこぼした。
「僕はっ!ただ一緒にいるだけで良かったのに!どうしてっ…」
子供のように泣きじゃくる彼を、胸に抱き寄せた。
広い倉庫に、悲しい音が響いた。
その頃、街のカフェではある男がくつろいでいた。何かを察知し、満足げにうなずく。
「うんうん、やっとやっと力を取り戻してきたみたいだね。」
彼は飲んでいた紅茶を置き、前に座る男に話しかけた。
「じゃ、そういうことで。決行は夕暮れと同時に、ね?」
男は深くうなずき、その場を後にした。
「楽しくなってきたね。君も、そう思うでしょ?」
彼の横に立つ男は、操られているかのようにぎこちなくうなずいた。
「以上が、『サーカス』についての情報です。」
「ありがとうございます。なるほど…私たちを殺す、と。」
「はい。有事に備え、芸術祭の中止と私たち騎士団の護衛をあなた方につけることを進言します。」
前に座るルドルフさん、モナトさん、そしてヤーレンさんに丁寧に説明する。レジリアさんの発案だが、これが最善手だった。
「拒否します。」
「なぜですか!あなた方の命が…」
「芸術とは、生命の輝きじゃ。」
モナトさんがしわがれた声で話す。
「命を賭して出来上がったものこそ、真の芸術にふさわしい。」
「僕も同感だね。なんて言ったって、明日は僕たち楽団のステージだ。」
「護衛の申し出はありがたいことですが…私たちもしてもらうばっかりでは主催として恥ですわ。自分の身は、自分で守ります。」
「ヤーレンさん、あんたは無能力者だろう。あんたにこそ、護衛をつけるべきだ。」
「そうですよ、ヤーレンさん。」
「私にはタキスタムがいるもの!大丈夫ですわよ。」
会議は結局、こちらが食い下がって一人ずつ護衛を付けることが決まったことで終了した。
休んでいたレジリアさんの無事を確認し、先にホテルに戻ってベッドに転がった。
「なあ、『蛇』。」
「『
「倉庫でのあれはなんだ?」
蛇が笑う、不快な音が響いた。
「俺ノ『力』ガ戻リツツアルナ…久々ノ感覚ダッタ。」
「…暴走は許さない。」
「シナイ。『契約』ダカラナ。」
そして今度は蛇から質問された。
「トコロデ貴様、『教団』トヤラト戦ウツモリカ?」
「…」
「アレラハ人智ヲ超エタ『力』ヲ持ッテイル。ヤメタ方ガ良イ。」
「それは、どういうことだ。」
まるで何か知っているような口ぶりだった。
「…昔ノ話ダ。」
蛇は口が滑ったというように姿を消した。
それきり、蛇が出てくることは無かった。
その頃、地下牢では少年が膝を抱えてうずくまり、泣いていた。
そこに、一筋の光が差し込んだ。
顔を上げる。涙でぼやけた視線の先には、神々しい光を放つ、何かがいた。
「貴方ノ目ハ、マダ『絶望』ニ染マッテナイワネ。」
何かは突然話し出した。
「イイワ、ココカラ出シテアゲル。ソノ代ワリ、私ノ事ハ忘レルコト。」
「そんなこと、できるわけが…」
その小さな体から放たれる光は、一瞬にして牢の中を明るく照らした。
「ワタシノ名前ハ『
光に包まれていく視界で最後に見えたのは、「白い蛇」だった。
「サテ、『アノ子』ハ何処ニイルノカシラネ。」
闇に包まれた夜に、一筋の光が空を照らす。
「絶望」の中で、「希望」が光差すように。
芸術祭の、最後の三日目が、始まろうとしていた。
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