第14話 芸術祭一日目
小さいころから、街の方で響く音楽が好きだった。でも、それを奏でることはできない。この
なぜそうなのかは知らない。大昔にここに住み着いた人たちが作ったルールだという噂もある。でも、どうしても音楽がしたかった。
音の主は僕に気付くと楽器を置き、優しく話しかけてきた。
「お前、ヴァイオリンは好きか?」
翌朝、芸術祭の開始を告げる開催式に出席した。だが、心には常に一つの懸念点があった。式の後、レイとすぐにヤーレンさんのもとに向かう。
「おや、どうかしましたかな?」
「タキスタムさん、ヤーレンさんはいらっしゃいますか?」
「お嬢様は少し席を外しております。何か御用でしたらお聞きしますが…」
レイを振り返ると、彼女は無言でうなずいた。
「この国の北東、少し低い所に
そう話し始めると、穏やかな彼の顔が一瞬にして嫌悪の表情へと変わった。
「あそこへ近づいてはなりませぬ…あそこにいるのは下賤の者ども…芸術というものを理解せず、日々、善良な国民を襲って生計をたてる者たちです。」
「え?いや…そういうことでは…」
「わかっていますわ。警備のことでしょう?」
どこからともなく現れたヤーレンさんは執事に話しかける。
「そんなこと言わないで頂戴。彼らも私たちと同じ、ペトリの人間なんですから。」
「…はい。」
ヤーレンさんは彼を一旦下がらせ、俺たちに向き直った。
「あの
「それでさっきも、『芸術を理解しない』って…」
「ええ。でも、タキスタムがああなのは別に理由がありますのよ。」
彼女は遠くを見つめ、呟く。
「あの区域を拠点に、この国では『サーカス』というマフィアが活動し、夜のペトリを取り仕切っているんです。」
「夜に?」
「彼らは昼は身分を隠して活動し、夜になると集まる…そういう噂もあります。盗みや薬物売買、果ては殺しをやっているという噂も…ですが、全て噂の範囲なのです。」
ひとしきり話を終えると、彼女はため息をついた。
「彼らも同じ人間…歩み寄れば、きっと仲良くできると思うのですが…」
その表情には、憂いがあった。
警備の話し合いなどもヤーレンさんと済ませ、その後は芸術祭一日目のメインイベントであるモナトさんの工房の展覧会を見た。もちろん見せてもらったあの絵もあった。
「綺麗だな…」
「立体感が凄いっスよねぇ…」
どの作品も素晴らしかったが、一つだけ、印象に残った絵があった。
「二匹の、蛇…」
大きな黒い蛇と白い蛇が互いの尾をかみ合い、一つの輪を作り、その中に人間や建物が描き込んである。
「失敗作じゃよ。」
「おわっ!い、いらっしゃったんですか…え、失敗作?」
「そうじゃよ。」
いつの間にか隣にいたモナトさんはその絵に触れた。
「『一対の蛇、交じりて神に力を与え…神は終わりと始まりを作った』。神話をもとに描いたんじゃが、うまいイメージが湧かなくての…弟子がどうしてもって言うんで出したが、正直なぁ…」
もう一度見る。蛇の目は、赤く輝いていた。
「…」
胸が痛み、涙が出てきた。自分でも、驚いた。だが…
一体なぜ?
問いかけに、答えが出るはずもなかった。
その夜、
「や~懐かしいねぇ!」
大きく伸びをすると、周りに人が集まって来た。全員、刃物や銃を持っている。
「お、いいねぇ。こういうのも久しぶりだ。」
飛び込んでくる大柄の男。人影はそれをかわそうともせず、手を上げ、指を動かした。
「『
次の瞬間、男の首はぐりんと回り、骨が折れる音が夜の街に響き渡った。
「お~いい音。」
その後ろから、若い男も手のナイフを突き刺そうと近づいてくる。だがまばたきの間に、その体には大柄の男のナイフが深々と突き刺さっていた。
「めんどくさいから君たちの相手はこの人にしてもらうよ。」
首が不自然な方向に曲がった男がナイフを若い男の体から抜き、構える。
その数分後には、血だまりが広がっていた。
「ボス…いや、ジル。」
「兄さん、どうしたの?」
「最近、楽団に入り浸りすぎだ。仲間からも、疑問の声が上がってる。」
「わかってる。」
「わかってない。兄貴の遺言を忘れたのか。」
ヴァイオリンをいじる手が止まる。「兄貴」とは、グイドの実の兄で「サーカス」の前ボスのダミ・チェザードのことだ。
「兄貴はお前に、『この国とこの街を守れ』って言った。だから俺はお前を助ける義務があるし、仲間もお前についてくる。」
「義務とか難しいこと、考えない方がいいよ。僕らは平等に人生を楽しむ『権利』がある。ダミもそう言ってたじゃん。」
「兄貴は甘かった。…今も内地のやつらは俺らを煙たがってる。この祭が終われば、この
強い物言いにむっとする。
「ヤーレンはそんなことしない。」
「…誰だ、そいつは。」
「芸術総会の会長。」
「ふん、一丁前に絆されたか…そいつは貴族だぞ。俺らのことなんかゴミだと思ってるに違いない。」
「そんなことは…!」
「ボス!グイドさん!」
言い争いは、仲間の声によって中断された。
「変な男が街に!」
「すぐ行く。」
拠点の外に出ると、まるで操り人形を操るかのように手を動かし、仲間を操って仲間を殺す、細身の男がいた。
「やあ、君がボス?」
「お前は何者だ!」
グイドが銃を構え、容赦なく打つ。男は、それを仲間の体を使って防ぐ。
「危ないなぁ~。先に仕掛けてきたのはそっちだよ?僕はただ、『交渉』に来ただけなのに…」
「交渉だと…?するわけが…」
「いいよ。話し合おう。」
「ジル!」
「こっちへ。」
そう言うと男は満面の笑みを浮かべ、既に首が曲がって死んでいる仲間を下ろした。グイドは怒鳴る。
「あいつは仲間を殺してるんだぞ!」
拠点で待っていると、彼は向かいの席についた。
「ありがとう!あのままじゃ殺されてたかもね。」
「噓。もし君が本気を出したら僕含め全員があの場で死んでた。」
怒りの視線を注いでいた仲間たちはざわめいた。
「そうでしょ?『教団』のベノフ・ジューイスト…いや、『人形事件』の犯人さん?」
「そこまで分かってるんだ!さすが『サーカス』のボスだね!いや~あの時は残念だったな~。まだ人形にしたい人たちたくさんいたのに~。」
「人形事件」は二十年前に百人以上がさらわれ、殺され、人形にされた事件だ。容疑者は、当時人形劇をやっていた男だった。
「それで、要求は?」
「あ~実はね…」
彼はポケットから一枚の写真を取り出し、見せた。
「この子を捕まえるのに、協力してほしいんだ。」
写真に写っていたのは、昨日会った騎士団の男だった。
「彼が、何を…?」
「おっやっぱり知ってるんだね~」
軽く舌打ちをする。余計な情報を与えてしまった。
「この子はね、うちの教主様の『力』を持って逃げたんだよ。だから今、必死に探してる。『来るべき時』に備えてね。」
結局、返事は延期にさせてもらった。ベノフという男が帰った後、グイドに襟を掴まれる。
「お前は何をやってるんだ!」
「仲間のためだ。」
「あのまま帰して、何が『仲間のため』だ!」
「争いだけじゃ何も生まれない。あの男だけじゃない。芸術総会とも一度話をするべきだ。」
グイドは腹立たしげに舌を鳴らし、力を強める。
「俺たちの生き残る道は一つしかない…戦争だ。内地の奴らを皆殺しにして、俺たちの楽園を作る道だ。奴らが祭で浮かれている今がチャンスだ。」
「それじゃまた歴史を繰り返すだけだ!」
「お前に何が分かる!」
「兄さんは何もわかってない!」
グイドは僕を壁に叩きつけ、外に出ていこうとする。
「もうお前には付き合いきれない。」
「兄さん!」
「俺は俺のやり方でこの街を守る。」
その目は、憎悪と決意で満ちていた。
「誰にも邪魔はさせない。」
彼が外に出ると、一人の男が待ち構えていた。
「怒ってるね~」
「お前は…殺す!」
銃を抜き、打つ。弾は当たらなかった。
「ブレブレだよ~?」
「ちっ…!」
続けて打つ。だが、弾は出なかった。
「クソっ!」
「まーまー落ち着いてよ。」
いつの間にか、目と鼻の先に男がいた。
「君、僕と組まない?」
「…は?」
「あの子と喧嘩してきたんでしょ?あの子からは良い返事貰えなさそうだし…君なら応えてくれるでしょ?」
「…俺が、乗ると思うのか。」
彼は、返事の代わりに手を差し出した。
「…考えが変わった。」
差し出された手を握る。
「お前を殺すのは、内地の奴らを皆殺しにした後だ。」
「いいね…交渉成立だ。」
策謀渦巻く芸術祭は、幕を開けた。
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