第13話 芸術に触れて

「ここだよ、僕の両親がいるのは!」


レジリアさんに案内され、ホテルから少し歩いたところにある建物にたどり着いた。看板には「工房」とだけ書かれている。


「ここは…?」

「モナトっていう僕の大叔父の工房だよ!彼はその類まれなセンスでいつもここにこもって絵を描いているんだ!」

「こもっているとはなんじゃ、レジリア。」


工房から出てきたのは髭が伸び、髪もぼさぼさの老人だった。かけているエプロンには絵具がついている。


「大叔父さん!久しぶりだね!」

「ああ、久しぶり。会いたかったよ。…ところで、そちらのお方は?」


慌てて頭を下げた。


「レジリアさんの後輩で、騎士団のカインです。」

「これはこれはようこそお越しくださった。レジリアの大叔父のモナト・ジ・ハネスです。」


握手を交わす。指は節くれだっていて、まさに職人の手という感じだった。


「せまいところなもんで茶も出せんが…ゆっくりしていきなされ。もっとも、見ているだけでは退屈かもしれんがの。」


どういう意味かと首を傾げていると、モナトさんは工房に入っていった。後を追って入るとそこには、たくさんの画家が絵を描いていた。


「親方さん!俺の絵、見てもらえませんか!」

「…線が雑だな。もっとモチーフをよく見て描け。」

「ういっす!」

「親方さん!絵具が上手く混ざらなくて…」

「一度に混ぜるからそうなるんだ…少しづつ混ぜていけ。」

「ありがとうございます!」


もの凄い熱気の中、一人ひとりが集中して絵を描くことに没頭している。素直に驚いていると、その中の一人が立ち上がった。


「レジリア!?レジリアじゃないか!」

「父さん!元気だった?」

「久しぶりだなぁ!いつ帰ってきたんだ!」


どうやらお父さんのようだ。邪魔しない方がいいと思い、しばらく周りの絵を見ていると、モナトさんが話しかけてきた。


「どうじゃ、絵というものはいいじゃろう?」

「恥ずかしながら、描いたことがないもので…」

「自由なのが絵のいいところじゃ。ここの連中はわしに教えてもらいたいようじゃが、わしは心のままに描くことこそが本来のあり方ではないかと思っている…どうじゃ、カインさんも一つ描いてみませんか?」

「えっ、いや…」


鉛筆と筆を渡され、真っ白なキャンバスの前に座る。考えても描くものが思いつかなかったため、騎士団のエンブレムを描くことにした。


「ほう…なかなかいい線を描きますな。」

「そうですか!?」


完成したものはひどく不格好に見えたが、絵を描くのはなんとなく楽しかった。


「それはそうと大叔父さん、明日から芸術祭だって知ってた?」

「おお、もうそんな時期か。」

「やっぱり気付いてなかったね…ずっと工房の中にいるからだよ!」

「ずっとじゃない。この前、組合ギルド会議にも出たからな。」

組合ギルド会議?」


ヤーレンさんの演劇組合ギルドと同じように、他にも組合ギルドがあるらしい。


「大叔父さんは美術組合ギルドの組合長なんだよ。」

「それは…そうとは知らず…」

「いいんだ。その呼び名はあまり好かん。…話は戻るが、芸術祭の準備は整っておるぞ?ついさっき絵も仕上げた。」


「見るか?」とばかりに眉を上げた彼に連れられ、ある一室に入った。


「これが今年の作品じゃ。」


さっき俺が描いたキャンバスとは比べ物にならないほど大きなキャンバスに、余すところなく絵が描かれていた。色の濃淡もきれいで、心を奪われる。


「これは凄い…」

「もう少し若ければな…昔はもっと納得のいく作品を作れたんじゃが…」

「失礼します…あ、親方さん!それは芸術祭に出すやつですよ!今見せたらだめじゃないですか!」


部屋に入ってきた弟子らしき男が叫ぶ。どうやら、見たらだめだったらしい。


「今見たところで何も変わらん。」

「それでも、人には『楽しみ』ってもんがあるんです!」


その後はまた少しだけ話をして、帰ることになった。




「レジリアさん。ちょっと気になることが…」

「どうかした?」

「この街の北東部の区域なんですが…そこでは…」

「皆様お集まりですわね?劇場まで案内いたしますわ!」


出迎えに来たヤーレンさんの後を歩いていくと、大きな劇場に着いた。中に入ると、燕尾服に身を包んだ中性的な顔立ちの男性がいた。


「国立劇場へようこそ。音楽組合ギルド組合長、ルドルフ・ミュゼです。今夜の演劇の音楽を奏でる『楽団』の指揮を務めさせていただきます。」


挨拶を交わし、彼の先導のもと席に着く。


「後で『楽団』のエースである子も挨拶に来させます。彼は騎士団に憧れていますから、すぐに飛んでくるでしょう。」


実際、すぐにその彼は来た。


「は、始めまして!ヴァイオリンのジルです!」

「これは若い!相当な努力をお積みのようだ。」

「彼は凄いプレーヤーです。世界一のヴァイオリニストですよ。」

「楽団長!そんな…」


少し話をし、彼が準備に戻ってしばらくすると、劇場内の照明が暗くなった。


「紳士淑女の皆様!本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます!『芸術祭』前夜祭、その最初の公演は世界一の劇団『ベネフィッサ劇団』と世界一の楽団『国立管弦楽団』のコラボレーションとなっております!皆様、心ゆくまでお楽しみください!」


その後にした経験は、筆舌に尽くしがたいものだった。


壮大なスケールで、まるで世界中を旅しているかのような臨場感のある演劇、そのイメージを膨らませる音楽の調べ、そして…


舞台上に出てきたヤーレンさんの、空気を震わせて劇場内の人々を圧倒する、美しい歌声。


聞き入っているうちに、いつのまにか公演は終わっていた。




「いや~素晴らしかったね!」

「あの物語、神話をモチーフにしたものでしょうか…」

「ヤーレンさんの美声も響きが最高だったっス!」

「音楽も…もう、とにかく凄かった…!」


興奮冷めやらぬまま話をしていると、ヤーレンさんがやって来た。


「お褒めにあずかり光栄ですわ。」

「ヤーレンさん!公演後だというのにわざわざここまで…」

「お気になさらず。公演後は、こうやって出てくる人たちの顔を見るのが一つの楽しみなんですのよ。」


彼女は街行く人たちの表情を見て、満足げに目を細めていた。


「お嬢様!お体が冷えてしまいます!」

「わかってるわよ。…それでは、この後も存分にお楽しみください。」


丁寧にお辞儀をして、彼女は去っていった。


「僕らも屋台とか周るか!」

「昼行った時、あそこにあったパイがおいしかったっスよ!」

「もう食べたのかよ…ん?どうしたんだレイ。」


レイは呼び捨てするなと言わんばかりに顔を顰めた後、何か気になることがあるかのように遠くを見つめた。


「お前は見たか?」

「何を?」

「…この街の北東部には、貧民街スラムがある。」


春の生暖かい夜風が、首筋を撫でた。




「今日の演奏もさすがだったな、ジル!」

「ありがとうございます、先輩!先輩もいつにもまして最高でしたよ。」

「お~?またこいつは生意気な口を~!」

「おいおい、お前の演奏じゃジルには一生勝てねぇよ!」

「そうだな。」

「楽団長!」


控室では、公演を終えた管弦楽団のメンバーがくつろいでいる。そこにルドルフさんがやって来た。


「確かにヴァイオリンの演奏で、この中で彼の右に出る者はいない。だが

忘れるな。僕たち楽団は『全員で一つ』の音楽を作っている。勝ち負けじゃない。」

「当たり前ですよ楽団長!」

「この調子で、最終日の演奏会も大成功させましょう!」


とても良い雰囲気だった。思わず浮かれてしまう。だが、今はだ。


「ジル、この後俺らは屋台とか周るが、お前も来るか?」

「いや、今日も遠慮しときます。ヴァイオリンの手入れもしなきゃなので。」

「なんだよ~祭なのにつれねぇなあ。」

「すいません。」

「いや、全然良いんだ。でもちょっとは羽を伸ばした方がいいぞ!」

「お前は伸ばしすぎなんだよ!」

「うっせえ!ほら行くぞ!」


先輩たちと別れ、路地を通り抜け、階段を下りる。


そこに広がっていたのは、中心街と同じくらいの広さの『貧民街スラム』だった。


「おー兄ちゃん、いい服着てんなー。身ぐるみ置いてけ!」


どこからともなく表れた男たちをかわしていくが、壁に追いつめられる。


「絶体絶命だなぁ…早く金を出せ。さもないと犬の餌だぞ。」


凄まれるが、表情は変えない。


「ちっ、ガキが!舐めやがって!殺し…」


その時、乾いた音が夜の街に鳴り響いた。男が振り上げた棒は、カランと地面に転がっていく。


「助かったよ、グイド。」


銃声音の主はグイド・チェザード。僕の義理の兄だ。


「せめて護身用に銃ぐらい持っててください、。」

「お、お前らはまさか…『』!だとしたら、このガキは…!」

「そのまさかだ。運が悪かったな。やれ。」


後ろに控えていた男たちが彼らを殴り、蹴りとばす。彼らが気を失うまで、そう時間はかからなかった。


「こいつらは犬の餌にでもしておきます。」

「頼む。」


傍らにひざまずいた男から渡されたジャケットを着ると、目の前の屈強な男たちは一斉にひざまずいた。


視線の先には、一人の少年。


「今日も良い月夜だ。」


彼の名は、ジル・チェザード。


「『僕たちの時間』だね。」


夜のペトリを取り仕切るマフィア「サーカス」のボスだ。

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