閑話 騎士団員たちとの一日

「じゃあ、新団員である君たちに関係組織を紹介していきますね。」

「はいっス!」

「よろしくお願いします。」


任命式を終えた次の日。この日は、ラーベルクさんに騎士団員たちを紹介してもらうことになっていた。


「では行きましょう!」




まず到着したのは、入団試験の会場だった闘技場に隣接されている「警備部隊本部」だった。


「朝早いので、きっと修練場にいるでしょう…おはようございます、ジャックさん!」

「おお、今年もこの季節か!よく来たなカイン、エスト!」


その敷地の一角にあるトレーニング施設の戸を開けると、何人もの警備部隊員が拳を振り、朝から汗を流している様子が目に入った。


「ここでは毎年、試験に落ちた人たちの中からジャックさんが選抜して警備部隊に迎え入れ、訓練を積ませて各地に派遣するなどの業務を担当しています。」

「治安維持は国の平和の要だ!入団試験に落ちたからといって優秀な人間がその中にいないとも限らん。こうして訓練を怠らず、心身を鍛えることで開花する才能もあるんだぞ!お前らもやるか?」

「いや、今日は…」


ラーベルクさんをちらりと見る。


「今日はかなり予定が入っているので、今はちょっと…」

「おおそうか、そうだったな!」


ジャックさんは大きな口を開けて笑った。


「それなら早く行きな!俺もひよっこどもに稽古を付けてやらないかんのでな。また来い!いつでも歓迎するぞ!」

「はい!」

「必ず行くっス!」

「おう!次はどこに行くんだ?」

「えーと、ラスニアさんのところですね。」




「植物は良い…私たちに安らぎを与えてくれる…風もそうだ…土も、水も、ここには無いが火も…休日にぴったりだろう?」

「ラスニアさん、今日は休日じゃないですよ。」


植物が生い茂る部屋の真ん中で優雅にくつろぐ女性はゆっくりとこちらを向く。


「貴様ら、私の楽園に何の用だ?楽園の空気を汚してまで…さぞ重要な用事なのだろうな?」

「ラスニアさん!新団員の紹介に伺うって昨日言ったじゃないですか!」


ラーベルクさんは慣れた口調で話しているが、目の前のラスニアさんの目は冷たく鋭く、俺たちを射すくめている。


「知らん。私が休日と言えば休日であるし、私が覚えていないことは知らされていないことと同義だ。」

「また無茶苦茶な…」

「それはそれとして。」


長い耳に髪をかけ、彼女は何の脈絡もなく立ち上がった。


「そこのカインとかいう…いや、『黒い蛇』と言った方がいいか。」


突然の言葉に少し身構える。


「予定が空いている時で良い。貴様の能力のことを教えろ。」

「…え?」

「私の能力は『精霊エレメント』。四大精霊である『火竜サラマンダー』、『水精ウンディーネ』、『風妖シルフ』、『土老ノーム』を扱うものだ。貴様の能力も『黒い蛇』が出てくると聞いてな、少し興味がわいた。『扱い方』も教えてやれるかもしれんしな。」


願ってもないことだった。実際、「絶望ディスペア」の制御には難儀していたのだ。


「ありがとうございます!」

「ああ。」

「ついでに説明しますが、ここでは能力の使い方を研究したり訓練したりするところになっています。生態系研究もしているんですよ!」

「ジャックのところで心身を鍛え、こちらで能力を鍛える…世界の三割が能力を所持している現代で、能力制御は必要不可欠だ。そして能力の扱いにおいてこの私の右に出る者はいない。」


ラスニアさんは部屋の植物に水をやりながら不敵に笑う。


「なぜ、そこまで言い切れるんスか?」

「ん?ああ、答えは実に単純明快だ。」


水やりを終えた彼女は草木でできたソファのようなものに座り、ふんぞり返ってこう言った。


「私はだぞ?そこらの人間に負けるわけがないだろう?」




「さてどんどん行きますよ…次は病院です!正確には衛生局ですね。」


大きな建物に入ると、待っていたのはラクティカさんだった。


「ようこそいらっしゃいました!私、ラクティカ・ヘクトゥスっていいます!」


可憐な少女で、その笑顔に思わず顔が熱くなってしまう。エストも表情には見せないがさっきから口が半分開いている。


「今日は新団員の紹介ということで…この前、カインさんの怪我を治してくれたのも彼女なんですよ。」

「え、そうだったんですか!ありがとうございました!」


すぐに切り替え、深く礼をする。下手すれば死んでいた俺を助けてくれた命の恩人に、情けない姿を見せるところだった。


「あぁ…いや…あうぅ…そんな、お礼なんて…別に、怪我した人を助けるのは当たり前のことですから…」

「嬉しいらしいですよ。彼女、恥ずかしがりやなんです。」

「ラーベルクさんっ!言わないでくださいっ!…うぅ…恥ずかしい…」


もじもじする彼女も可愛らしいと思ってしまった自分を今すぐ殴りたくなった。このままだと冷静な表情を保てない予感がする。


「ラクティカ院長!二階からヘルプが来てます!」

「あ、はい!今すぐ行きます!…それじゃ、今日はこのへんで!二人とも、怪我したらいつでもここに来てね!きれいさっぱり治してあげるから!もちろんラーベルクさんも!」

「「ありがとうございます!」」

「はは、できれば来たくはないですけどね。」


やはり病院は慌ただしいようで、夢のような時間は一瞬で終わった。




「次はラムザさんですが…あれ、いないのかな…」


ラムザさんがいるという建物の執務室を訪れたが、誰もいない。


「もしかしたら外出してたり…」

「ストップ。」


首元に冷たい感触がし、一瞬で理解した。俺とエストの首に、小型のナイフが押し当てられている。


「二人とも、気を抜きすぎ。そんなんじゃ、戦場では生きていけない。」

「ラムザさんいたんですか!もー驚かせないでくださいよ!」


首元の冷たい感触はいつの間にか消え、目の前の椅子には小柄な少女が座っていた。


「初めまして。私はラムザ・ドロイア。諜報局の長官をしてる。」

「諜報局は情報を集めて精査したり、戸籍や能力の種別などの情報をまとめて管理しています。」

「この国は平和だから暇なことが多い。だから暇潰しに、あなたたちの後ろをどれだけ気付かれずについていけるか、ゲームしてた。」

「…え?」


突然告げられた事実に驚く。


「じょ、冗談っスよね?」

「…冗談だと思うなら、別にいいけど。」


全然気付かなかったというようにエストと顔を見合わせる。少女はそんな俺たちの姿を見て得意げに胸を反らせた。


「こんちはー、ラムザさん!頼まれた情報、持って来ましたー…ってあれ、誰かと思ったらラーベルクじゃないか!」

「やあレジリア君!奇遇だね!あ、彼はレジリア・カンタレラ。西の区域であるラグマニスタで情報屋をしてるんです。」

「こんにちはお二人さん!情報屋兼レジリア新聞社社長のレジリア・カンタレラです!よろしくね!」


元気に入ってきたのはレジリアさん。いつも首にはカメラがかかっていて、挨拶も早々に一枚僕たちの写真を撮ってきた。


「うんうん、さすが新たにこの国の未来を担う若者たちだね…表情も良し!明日の一面はこれで行くか!」

「用事もあるようですし、我々は失礼することにします。」

「うん。これからよろしく。」

「えーもうちょっとゆっくりしていけばいいのにー」

「レジリア。頼んだ情報は?」

「はい!えーっとこれが昨日の…」


仕事に入った彼女らの邪魔をしないよう、静かに外に出た。




「あともう少しです!騎士団本部に行きましょう!」


ひときわ大きな建物では、大勢の職員があちこち走り回っていた。


「…いつもこんなに忙しいんですか?」

「今日は特に忙しそうだね…」


団長執務室を開けると、三人の騎士団員が仕事をしていた。


「団長、これが急ぎの書類です。」


団長の娘のレイ。


「団長ぉ!これいつまでやればいいすか!」


いかつい見た目のカロニアさん。


「ああ、そこに置いておいてくれ…その書類の山全てに判子を押し終わるまでだよ、カロニア君。」

「はい。」

「了解っす!」


そして騎士団長のライオットさん。


「やあ君たち、よく来た。歓迎したいが、見ての通りお茶を出す余裕も無いんだ…すまないね。」

「いえ。後にしましょうか?」

「いや、せっかく来てもらったんだ。進めてくれ。」

「はい!えーここではこれまで紹介してきた…あ、もちろん私の研究所もですけど、それらの全てを管理しています。国民のあらゆる問い合わせにも対応して、国の安心安全のために身を粉にしているんですよ!」


いたるところに紙の山があり、本当に忙しそうだ。


「そうなんだ…これ、端に置いておいてくれ…今日はまた一段と忙しいが…これは二階の事務室に…春だからな、各組織の大量の成員を把握するのも時間がかかる…よし、この事案はこれでいい。」


団長は話しながらてきぱきと仕事を片付けていく。その敏腕さに素直に尊敬した。


「あ、おいてめぇ!カインとかいったか!」

「は、はい。」


カロニアさんに詰め寄られる。殴られるのかと身構えたが…


「お前すげぇなあ!レイに一撃当てるなんてよ!エスト?だったかも凄いぜ!あんなに心湧き立つ瞬間は久しぶりだった!」

「あ、ありがとうございます。」


急な誉め言葉に面食らったが、嬉しかった。


「話してないで手を動かしてください…そこのお前らも、突っ立ってるだけなら手伝え。」


相変わらずレイは辛辣だが、貴様呼びからお前呼びに進化しただけましだろう。


「あぁ?今俺が新人と話してただろうが!」

「手を動かせと言っているんです…頭まで筋肉でできたあなたにはわからないでしょうね。」

「なっ…んだとぉ!」

「静かに。」


一触即発の空気を一声で収めたのは団長だった。ちょっと目が怖い。


「これでは、いつまでも終わらないよ。家に帰りたくないのかい?」

「…失礼しました。」

「すんませんっ!」


やっぱり団長は強い。




「さて、研究所の説明も終わったし…解散にしますか!」

「「ありがとうございました!」」


研究所の紹介を終え、一日の予定が全て終わると、エストが話しかけてきた。


「カインさん!この後、ご飯でも一緒にどうっスか?」


気持ちはありがたいが、断る。


「今日は約束してるやつがいてな…」

「友達っスか?」


笑って答える。


「そう、友達。」




「遅かったな。」

「ごめん、キグン。」


徐々に元の形を取り戻してきたディオドールの街で、友達に会った。


「その恰好…!お前騎士団に…?」

「うん…何にも連絡しなくて、ごめん。」

「ほんとだぜ…ハウザーさんも心配してたぞ!」

「ごめん…」


彼は大きくため息をついたが、すぐに笑って言った。


「まあ、詳しくは聞かねぇや。色々あったんだろうし…俺も少しは知ってる。」

「…」

「でも俺はお前を信じてるぜ!人生は旅みたいなもんだ。ここで別れたって、今生の別れになるわけじゃない。」

「…ああ。」


優しさが、痛いほど心に染み渡った。溢れる涙を悟られないように、笑って手を差し出す。


「また会おう。」

「ああ、必ずな!」


固い握手を交わし、それぞれ反対の道に進む。


月が、夜空で輝いていた。


彼らの道を明るく照らすように。

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