第9話 入団試験
体を起こし、窓から朝日を浴びる。腕を伸ばすと、関節が乾いた音を鳴らした。
「よし…」
ラーベルクさんが用意してくれた簡単な朝食をとり、試験用の動きやすい服に着替える。疲れはほとんど取れていた。
「カインさん。私も会場で観戦しているので、頑張ってきてください。」
「はい。…ラーベルクさん、今までありがとうございました。」
「では、気をつけて。」
相変わらず寝癖がついた彼に見送られ、外に出る。街はすっかり春の陽気に染まっていた。
「試験場は…あそこか。」
幸いにも試験場である闘技場は近くにあった。昔は興行として剣闘士や猛獣を戦わせたりしていたらしいが、今はもっぱら騎士団入団試験の会場として使われている。
「かなり人がいるな…」
闘技場には既に人だかりができており、派手な金のエンブレムを付けた少年や立派な剣を腰に携えている男もいた。おそらく受験生だろう。見つからないようにフードで顔を隠した。
「おい、聞いたか。父上の話ではこの前ディオドールを襲った『化け物』も試験を受けるらしいぞ。」
「へぇ〜何のために?」
「知らん。でもこれはチャンスだぞ。その『化け物』を仕留めれば特別に報酬が出されるだろうって父上も言ってたし!」
聞こえてくる言葉にぞっとした。ラーベルクさんの言うとおりだった。
「ちょっとちょっと!いくら試験中は能力規則が緩くなるからって、殺しはご法度っスよ!」
「ちっ、グラムライズ家のエスト…来てたのかよ。」
「貴族なのに言葉遣い悪いっスよ!僕あなたの名前知らないっスけど、顔は覚えたっス!妙な動きしたらすぐ試験官に言うっスよ!」
「バカ真面目が…おい、行くぞ。」
エストという男が現れると、話をしていたグループはその場を逃げるように去っていった。心の中で彼に感謝する。試験前に余計な不安を感じるのは避けたかった。
「ふぅ…それにしても『化け物』ってのは一体誰のことなんスかねぇ…あ、ごめんなさいっス!」
「あ、ああ。こちらこそ、ごめん。」
不意にこちらに歩いてきた彼にぶつかり、尻もちをついた。だが、当のぶつかった相手は少しも体勢を崩していない。
「あなたも受験者っスか?」
「まあ、そうです…」
周りの視線は一瞬俺たちに向けられたが、次の瞬間にはこちらを見ている者はいなかった。
「そうなんスか!お互い頑張りましょうっス!」
「ああ…ありがとう。」
思えば、聖皇様や騎士団意外の人と話したのはずいぶん久しぶりのような気がする。おかげで緊張もほぐれた。
「諸君、今日はよく集まってくれた。」
闘技場観覧席のさらに高い場所、並べられた椅子の上には九名の騎士団員と聖皇様が座っていた。
「ライオット様だ!」
「今年は騎士団員勢揃いか!」
「聖皇様もいらっしゃるぞ!」
正装の騎士団長はざわめく受験者たちを手で制し、話を再開した。
「諸君らの中には、昨年のレイ・フライハイトの史上最年少入団に触発され、受験を決めた者も多いだろう。現に今年は比較的若い受験者が多いという報告も受けている。」
団長は息をつぎ、受験者たちも彼の次の言葉を待った。
「だが本来、年齢もとい体格や家柄、能力の有無によって入団の可否は決まらない。自らの特異性を示せ。有用性を示せ。『強さ』を示せ。機会は皆に平等に分けられている。最後まで、諦めることは許されない。」
張り詰めた空気が辺りに漂う。騒がしかった受験者も、真剣に彼の話に耳を傾けていた。
「では現時刻をもって、騎士団入団試験を開始する。」
受験者たちが雄叫びを上げる。俺も体温が上がり、気分が高揚するのを感じた。
「試験内容は大人数につき、複雑でないものとした。…ではここからは騎士団第六席レイ・フライハイトに進行を一任する。」
呼ばれた彼女は席を立ち、そのまま歩き出したかと思うと…
そのまま観覧席から落ちた。
「なっ…!」
「なん、だと…」
だが、彼女は柔らかに地面に降り立った。そして、言い放った。
「今回の入団試験の合格条件はただ一つだ。何を使っても良い。私に一撃を入れた者を合格とする。合格者数と時間の制限はない。だがその間、私も貴様らに『攻撃』する。なお戦闘不能になったとこちらが判断、または本人が自己申告した場合は失格となる。」
一瞬にして集団に広がったのは緊張と不安、そして…恐怖。
「簡単に倒れてくれるなよ。」
金髪の少女は
「待て、こんなの聞いてないぞ!」
「でも一撃入れたら合格って…」
「バカ!相手は『史上最年少入団者』だぞ!剣術、体技はもちろん、能力だって俺らとは比べ物になら…」
「『
刹那、一筋の光が瞬く間に試験場を駆け巡った。
「う、腕が、折れ…」
「あ、あぁ…痛い…!」
「な、何が起こっ」
「…これで半分は減ったな。」
広場の真ん中で、少女は呟く。彼女の全身が、淡く光り輝いていた。
「まだ、続けるか?」
「い、嫌だ、俺はやめる!」
「私もやめます!だから…攻撃しないで…」
「に、逃げろ!逃げなきゃ…」
たった数秒で、試験場は地獄と化した。逃げ惑う者、激痛に顔を歪める者、苛立った様子で毒づく者…それはもはや試験の体をなしていなかった。
だが…それでも、やらなければならない。
ジャックさんから借りた剣を鞘付きで構える。切っ先が震えているのは緊張のせいか、それとも恐怖なのか。それを考えられるほどには落ち着いていた。
「どちらでもいい。」
地面を蹴り、逃げる受験者の影に隠れながら少女に近づく。間合いに入り、剣を振りかぶり、そのまま彼女の体に…
「見つけた。」
当たったと思ったその瞬間、剣は真っ二つに折れ、視界に赤色が弾けた。
「斬られた…!?」
額に手をやると、眉の近くに温かいものを感じた。出血している。すぐに振り払い、目の前の相手に集中するが、既にそこに彼女はいなかった。
「貴様ごときが、私に一太刀浴びせられるとでも?」
振り下ろされた刃を身をねじって避ける。間一髪かと思われたが、肩から少し出血していた。とても鞘付きの剣の威力とは思えない。
「速すぎる…!」
「なあ、『黒い蛇』。」
次の攻撃に備える暇も無いまま、腹に一撃を入れられる。
「ぐっ…」
「足掻いても無駄だ。貴様は今日、ここで死ぬ運命なのだから。」
体が動かない。激痛で目が回る。
ここで?こんなところで?
まだ何も成し遂げられていない。
無事に帰ってくると約束した。
なのに…なのに…
死にたくない。死にたくない。
死にたくない死にたくない死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ死ニタクナイ…
「助ケテヤロウカ?」
声が
聞こえた。
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