第7話 話し合い

「『黒い蛇』…!」


間違いなくこいつだ。俺の体を乗っ取り、意のままに暴れて大勢の人を殺した…


「お前は何なんだ!」


近くにあった掃除用のモップを手に取り、蛇に叩きつける。だが…


「ソレヲ聞キタイノハコッチノ方ダ。」


ノーダメージ、というかモップの先は蛇の体をすり抜け、床を強く打って折れてしまった。


「貴様ガ見テイルノハ精神世界ノ俺ダ。ドレダケ攻撃シテモ当タラン。」

「じゃあ、今すぐ俺の体から出ろ!」

「ソレモデキナイ。…ギャアギャアト騒ガシイ奴ダ。」

「こいつ…!」


怒りと憎しみで体が震える。


「知ラナイノカ?貴様タチガ『能力』ト呼ンデイルモノ、ソノ定着ノタメニハ土台トナル『器』ガ必要ダトイウコトヲ。」


意味の分からないことをつらつらと述べる蛇。当然怒りは増していった。


「マア俺ニハソノ備ワッテイルガナ。…ソノタメ、人ノ体ニ定着スルコトモ無イハズダッタンダガ。イクラ『能力』ノ無イ奴デモ『器』ハ持ッテイルモノダ。ソウデナイトシタラ貴様ハ…オイ、何ヲシテイル。」


偶然近くにあったハサミを掴む。ラーベルクさんが忘れていったものだろうが、今そんなことはどうでもいい。鋭い切っ先を首に押し当てる。


「なら、これで俺が死んだら、お前も消えてくれるよな?」

「…」


手が震える。いつ死んでも良いと思っていながら、ここに来て生にしがみついてしまっている自分でさえも憎いと思った。だが、意を決して力を込める。


「ヤレヤレ…マトモニ対話モデキヤシナイ…『眠レ』。」


蛇のざらついた声が聞こえたその瞬間、深い闇の中に落ちていくような感触を覚えた。体の力が抜け、まぶたがひとりでに落ちる。朦朧とする意識の中で蛇の黒い体が蠢くのが目に入り、声を出すこともできずそのまま意識を手放した。




「それでは、それぞれ報告を頼む。ジャック。」

「あいよ。ん〜目立った事件と言えばディオドールの『黒い蛇』ぐらいだが…他の区域は概ねいつも通りだな。あ、あと『黒い蛇』事件の対処にあたった警備部隊は経過観察でも全員異常無しだったようだ。以上。」


淡々と始まる会議。この緊張感は慣れないと思いつつ、手元の報告書を読む。「黒い蛇」…あのカインとかいう男!思い出すだけで怒りがこみ上げる。


「次、ラムザ。」

「…概ね異常無し。北のジアムートとは小競り合いが偶にあるけど国内に侵入は許してない。でも近頃、国外で『教団』の動きが活発になってきてるみたい。」

「『教団』…」


教団は近年勢力を強めている集団だ。情報が少なく、尻尾が掴めないが「『神』の復活」を目的として活動しているらしい。「神」が何なのかはさっぱり分からないが。


「『教団』はこちらも足取りを追っているが…まだリオンで構成員の発見はされていない。経過観察が必要だな。次、レジリア。」

「みんな辛気臭い!コホン…隣国のペトリから招待状ですよ!今年も『芸術祭』の時期です!是非ともみんなで行きましょう!」

「もうそんな時期か…」


ピリピリしていた会議室の空気が緩む。隣国のペトリは世界でも類を見ない程芸術が発展した国だ。毎年この時期には三日間に渡る祭りが開かれる。だが…


「失礼ですが、レジリアさん。国を守る騎士団が国を空けるのは本末転倒。全員が行くのは不可能かと。」

「…分かってる、分かってるよレイちゃん。でもね…」


苦悶の表情の後、彼は目を見開いてこちらを凝視する。その迫力に少し怯んだ。


「今年の『芸術祭』は百年目!この期は逃すわけにはいかないでしょ!少なくとも僕は行く!」


レジリアさんはペトリの出身だ。それはそれはうずうずしているに違いない。


「…すみません、愚問でした。」

「『芸術祭』ももちろん出席する。全員じゃないが、何人かは向かわせよう。」

「やった〜」


喜ぶレジリアさん。こうして見ると子供のようだ。


「よし、最後だ。ラーベルク。」

「はい。ではお手元の資料をご覧ください。」


紙が何枚も束ねられた資料を見る。


「『黒い蛇』の彼…カインさんのことです。」


蛇が暴走した現場の状況、男の状態、血液・細胞などのデータが事細かに記されている。


「解析の結果、彼に能力を定着させる『器』が無いことが判明しました。」

「『器』が…?」

「ちょ、ちょっとラーベルクさん。『器』は誰にでも、無能力者にもあるものじゃなかったんですか!?」


驚きの表情でラクティカさんが叫ぶ。無理もない。他でもない能力研究の第一人者である彼が世に知らしめた情報とはデータが目の前にあるのだ。


「私もそう思ってたんですが…はっきり言いますが、彼は異常です。彼の体が示すほとんどの情報が私の集めていたデータに当てはまらない。」


淡々と話すラーベルクさん。その表情からは悔しさと、新たな未知への期待が読み取れた。


「現状は体などに異常はありません。再暴走の予兆も見られず、無事に明日、聖皇様に能力をかけていただけそうです。」

「ただの『例外』か、重大な『異常』か…」


団長が立ち上がる。


「それはこれから見せてもらうとして、皆に提案がある。」

「何だ?」

「何ですかぁ団長!」


つまらなさそうに椅子にもたれかかっていたラスニアさんとカロニアさんが興味を示す。全員の視線が自分に向いているのを確認し、団長は驚愕の一言を発した。


「彼を、五日後の騎士団入団試験に出場させようと思う。」

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