第6話 騎士団会議

「カイン君、調子はどうかな。」

「体中が…痛くて…」


ここ数日、研究所では様々な実験が行われた。体内・体外問わず隅々までデータを取られた後は耐久力実験という、電流や圧力などの負荷への耐性を測定する実験もやらされ、目立った怪我は無いにしても疲労が蓄積されているのが自分でもわかる。


「ちょっと〜カインさん。まだ終わってないですよ…あ、団長!」

「邪魔するよ、ラーベルク。」

「来てたなら言ってくださいよ〜」

「連絡に来ただけだ。使いの者に任せても良かったが、研究の進捗も確認しておきたくてね。」


騎士団長は顔を覗かせたラーベルクさんに答える。


「何ですか?」

「本日正午より騎士団会議を行う。出席するように。」

「あー了解しました!じゃあそれまでに研究進捗もまとめて行きますね。」

「頼む。では、失礼する。」


騎士団長が背を向けて研究所を出ていった後、俺はラーベルクさんに聞く。


「騎士団会議って何ですか?」

「定期的に集まって各団員の報告を聞いたり、問題点も出しあって議論する会のことです。今回も問題は山積みでしょうね…いつ帰れることになるのやら。」


げんなりした様子で言うラーベルクさん。問題というのは間違いなく俺のことだろう。


「ま、ともかく、会議中は研究室に誰もいなくなるんで、くれぐれも外に出たりしないでくださいね〜。」


もう長いこと外に出ていないため外の空気を吸いたい気持ちはあるが、出た瞬間に殺されるかもしれない身でそんなことはできない。…いや、何を言ってるんだ。大勢の人を殺しておいて…


そう考えている内にも、時は止まること無く過ぎていった。




「暇だ…」


あんなに嫌だった実験も、暇の退屈さには勝てなかったようだ。少しでいいから外に出たいが、やっぱり気が引けてしまう。


「外に出たい…」


農場はどうなっただろうか。キグンはきっと俺を心配しているだろう。家もどうなっていることか…おそらく跡形も無くなっているだろうが…


「出レバイイジャナイカ。」


誰もいない研究室で、およそ人間のものとは思えないざらついた声が響き渡った。背筋がすくむのを感じながらゆっくりと振り向く。


「外ニ出タインダロウ?」


そこには、頭の先から尾の先まで漆黒に染まった「蛇」がいた。




「あ、団長。お疲れ様で〜す。」

「ああ、お疲れ。」


アストラルの騎士団本部にある会議室。開始まで少し時間がある中、大量の書類を鞄に入れてやってきたのはラーベルク研究員だった。


「お疲れ様です。」

「あぁレイさん。相変わらず早いですね!」

「騎士団の一員として当然のことです。」


騎士団第九席、ラーベルク・オースタイル。飄々とした人だが、無能力者で騎士団員になったその辣腕は評価しなければならない。この人の研究によって、これまで全く未知の世界だった能力の構造が解明されることになったのだ。その世界への功績は計り知れない。


「いつもなら着いている頃だが…」

「よぉ相棒!久しぶりだな!」


突然扉が開け放たれ、筋骨隆々の男が入ってくる。


「ジャック、確かに久しぶりだな。」

「全く、仕事を詰めすぎなんだお前は。ゆっくり酒を飲んで語り合うこともできやしねぇ。…おっ、レイ嬢。今日も肩肘張ってんねぇ。リラックスリラックス。」

「…お疲れ様です、ジャックさん。」


騎士団第二席、ジャック・エルギス。この人は面倒見が良く多くの人々に慕われているのだが…いや、どう見ても団長と同じ年齢の人とは思えない。細身で頭脳明晰な団長とは真逆…正直苦手…


「今なんか失礼なこと考えてただろ。」


…察しが良い。だから苦手だというのもある。


「すいまっせん!遅くなりやした、団長!」


元気良く飛び込んできたのは騎士団第八席、カロニア・バーンス。最年少入団記録を保持していて、簡単に言えば犬みたいな男だ。気に入らない人や物にはすぐに噛み付くが、一度戦った相手には敬意を持って接する人間でもある。


「あ、レイ!くっっそ今日も負けたぁ!お前いっつも早すぎんだよ!もっとのんびりしてこいよ!」

「すみません、うるさいです。」


呻く彼に向かって吐き捨てるように言う。相変わらず声が大きい。


「ちょっとカロニア、声が大きいわよ。外にまで聞こえてるわ。」

「はわわ…また近隣の住民から苦情が来ちゃいます…」


鍔の広い三角帽子を身に着けた女性と、いかにも高貴な出で立ちで入ってくる女性。騎士団第三席、ラスニア・ホムスと騎士団第七席ラクティカ・ヘクトゥスである。


「ちわっす、姐さん!ラクティカさんも!」

「誰が姐さんだ。」


ラスニアさんは伝説のエルフ族の一人だ。私もこの目で見るまでエルフの存在は信じられなかった。彼女が百年以上騎士団に在籍し、国を支えてきた古株であることは周知の事実だが、それを言うと何故か怒り出す。


「カロニアくん…そんな…いいっていってるのに…」


こちらの顔を赤くしているのは上流貴族のご令嬢であるラクティカさん。貴族の生まれながら嫌味なところは見たことがなく、慈愛の心で人々に接している。街に出れば数々の求婚を受けるぐらいにのある騎士団員だ。


「あとは…」

「ちょいちょい、レイちゃん。ここ開けて。」


振り返ると、窓の外に写真機を首にぶら下げた少年がいる。


「…レジリアさん、今日はどうしたのですか。」

「いや〜街の情報屋にとっては最高の特ダネがさっき入ってね。これでも急いで来たんだけど…」


そう言って頭をかくこの少年は騎士団第五席、レジリア・カンタレラ。言わずと知れた情報マニアで常に走り回って面白い情報をかき集めている。元々情報屋として活動し、それで日銭を稼いでいたらしい。


「や〜ラーベルク、久しぶり!最近の研究はどう?」

「レジリア君!実は最近面白いことがあってね…」


ちなみにラーベルクさんと仲が良い。


「ライオット、あと一人来てないぞ。時間だし始めるか?」

「いや、はとうに来ているよ。」


会議室を見渡すと、さっきまで誰もいなかったはずの空間に一人の少女がたたずんでいた。


「…こりゃたまげた!ラムザ嬢もえらい気配消しが上手くなったなあ!」

「別に…まだまだです。…あと、みんな遅い。」


騎士団第四席、ラムザ・ドロイア。突然いなくなったと思ったら背後にいる、そういう芸当ができる人だ。どんなに手練の兵士でも、彼女の気配は悟ることができない。天性の才能を持った人物である。


「それでは、全員そろったことだし…」


騎士団第一席であるライオット・フライハイト団長の声が会議室に響く。思い思いに話していた団員たちも、素早く席についた。それに合わせて、騎士団第六席である私、レイも席につく。


「定例騎士団会議を始めよう。」


今回の会議も、長くなりそうな予感がした。

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