第5話 審問

「まずは事実確認を行う。ディオドール警備部隊長殿と騎士団長殿は前へ。」

「はい。」


制服を着た二人が審問官の前へ出る。


「男は三日前の深夜、突然出現した『黒い蛇』の体内から出現しました。『黒い蛇』は周辺の民家を破壊し…」


耳を塞ぎたくなるような現実が淡々と話されていく。手足を拘束されているため身動きはとれないが、今すぐにここから逃げ出したい気分だった。


「…以上です。」

「ありがとう。それで、騎士団長殿はどう考える?」

「そうですね…」


騎士団長はちらりと一瞬こちらを見て、話し出す。


「騎士団としては、この事件を能力の暴走と判断しております。心神喪失の可能性も高いため、死罪は少し行き過ぎた罰になるのでは、と。それよりも、得体の知れない力を持っているからこそ、保護・研究が必要なのではないかと考えております。」

「何を言ってるんだ!」

「そんなの危険すぎる!」


背後の人たちの声が聞こえる。当然だ。記憶がないにしろ、俺がやったことは死罪をもってなお余りあるほどのことなのだから。


「静粛に!…それでは、反対意見のある者はいるかね?」

「審問官様、一つよろしいかしら?」


審問の場だというのに派手な赤いドレスを着た婦人が前に出る。


「おい、ベティー家の当主婦人だぞ。」

「貴族の中でも高位の御方だ…」

「よろしい、発言を許可する。」


少し気怠げな審問官の許可の後、貴族の婦人はけたたましい声で話し始めた。


「その男は大勢の人を殺し、家を破壊したのでしょう?私たち貴族は別に平民がどうなろうと知ったことではありませんけれども、保護するとなれば話は別。もしまた暴れ出したら?騎士団の手に負えなくなってしまったら?ああ、別に騎士団の皆さんを信用しているわけでは無いのですよ?でもそうなってしまった場合、次に被害を被るのは私たち貴族かもしれないのでは?」


得意げに胸を張り、息を荒くする婦人。審問官はげんなりした様子で顔を上げた。


「…だそうだが、どうかな?騎士団長殿。」

「では、我が騎士団の研究員であるラーベルク・オースタイルの計画書を証拠として提出します。どうぞ。」

「ふむ…これは…!」


驚いた様子で目を見開く審問官。紙の束をめくる手が止まらなくなっている。


「ええ、彼の能力を聖皇様の能力で制限し、研究を進める予定です。これなら保護は完璧に遂行できるとして間違いは無いでしょう。証人は他ならぬこのです。」

「確かに、これ以上無い厳重さだ…」

「お待ちなさい!物事に絶対はありません!不安要素は少しでも取り除くべきで…」

「では、死刑を執行するとして、誰がこの男を殺せるでしょうか?」


婦人も審問官も、この場にいる全員が彼の方を向いた。


「彼はをもってしても精神に何の異常も無く、無傷だった…この意味が分かりますか?」


婦人の顔がみるみる青ざめ、信じられないような物を見る目で俺を見る。審問所に静寂が満ちた。


「心配はいりません。するための保護・研究です。有事の際には、私ども騎士団が責任を持って処理します。」


騎士団長は胸に手を当て、高らかに、威厳のある口調で宣言する。


「この国と国民の皆様に誓って手出しはさせません。」

「他に異論のある者は?」


誰も声を上げない。いや、という空気だった。


「決まりだな。」


審問官がガベルを打ち鳴らす。


「『黒い蛇』の男の処分は騎士団に一任する。…これにて閉廷とする。」


どうやら命だけは失わずに済んだようだ。




「済まない、見苦しいところを見せてしまった。」

「いえ…」


審問所の外。縛られていたせいでひりひりと痛む手首をさすりながら歩いていく。


「半分脅しのようになってしまったが…結果良ければ全て良し、だ。」

「ですが、俺が今後どうなるかは…」

「大丈夫だ。私たちが守るべき人々の中に、君も入っている。心配はいらない。」


不思議なことだが、この人の言うことは説得力がある。実際、不安でいっぱいの心がほどけていくような感覚を覚えた。


「あっ、ライオットさん!貴族たちに啖呵切ったらしいですね!ほどほどにしといてくださいよ〜あの人たちうるさいんですから〜」

「紹介するよ。騎士団第九席で能力研究の第一人者、ラーベルク君だ。」

「面と向かって話すのは初めてですね〜。どうも、ただ今ご紹介に与りました、ラーベルク・オースタイルです。これからよろしくお願いしますね。」

「は、はい。よろしくお願いします。」

「それじゃあ早速研究所に行こう!私、もう待ちきれないんで!」

「ちょ、待って…」


半ば引きずられるような形で連れて行かれる。この人、怖い。なんか目がキマってるし。息も荒いし。


「ほどほどに頼むよ。」

「了解しましたぁ!へへ…まずはどんな実験から始めようかな…」

「あ、あの!」


少し距離があるが、感謝を伝えるには間に合いそうだった。


「ありがとうございました!」


徐々に離れていく騎士団長は微笑んでいた。


「こちらこそ、ありがとう。」




南方の区域、ニザルカーマ。その一角にそびえるのはフライハイト家の豪邸。一世代前は没落しかけていたが、栄えある騎士団長の輩出により再興の一途を辿っていた。


「失礼します、父上。」


父の仕事部屋の扉を叩き、中に入る。既に夜遅い時間だが、手を緩めること無く書類の山を片付けている父の姿が目に入った。


「どうしたレイ。早く寝ないと明日に響くぞ。」

「なぜ、あの化け物を処刑しなかったのですか。」


父は手を止め、持っていたペンを静かに机に置いた。


「この国の未来のためだ。」

「未来を思うなら尚更殺すべきでした!」


怒りに体が震える。平民の多い区域だったとはいえ、大勢の命を奪ったことは到底許されることではない。


「よく聞きなさい。」


うつむいていた顔を上げる。父は真剣な顔だった。


「この国には私がいる。それだけで他国、特にジアムートへの抑止力となっている。」


冗談ではない。父上の圧倒的な「力」があるからこそ、ここ数十年の国の安全は確保されていると言っても過言ではなかった。


「…だが、正直この力がいつまで対抗手段として機能するかは分からん。」

「父上の能力は偉大です。弱気なことを言わないでください。」

「だが、いつかは死ぬ。それまでに、私がいなくともこの国を平穏なままに維持できる人間が必要なのだ。」

「それが…あの男、だとでも?」


あの男、確かに恐ろしい能力を持っていたが、使いこなせないようでは本能で動く獣と同じ。そこまでの価値があるとは思えない。


「彼が機能するならそれで良し。もし処分することになったとしても、研究を通して得られるものは大きいだろう。」

「…それでも、納得いきません。」


そもそも、私がいるのだ。新しい人材など必要ない。この国の未来を守るのは私一人で十分だ。


「時が経てば分かる。」

「…失礼します。」


このまま話しても埒が明かないと思い、部屋を出た。少し話したら寝ようと思っていたが、どうにも寝られそうな感じではない。


「少しか…」


部屋の木剣を持って外に出る。夜風を感じながら、空気を切り裂くように木剣を振る。振る。振る。何百回と続けるうちに、頭の中から雑念が消えていくのを感じた。


「もっと強くならないと…」


強くなって、一人前として認めてもらわないと。そう念じるたびに手に力がこもり、空気を切り裂くような音はいっそう重みを増していった。

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