第4話 聖皇
アストラルにある大聖堂。大理石でできたここは遥か昔、戦争を終わらせこの国を作った「神」リオン・アストラルを祀っている。その中で、神像に向かって祈りを捧げる少年がいる。目を閉じ、手を胸の近くで組み、一心に祈りを捧げていた。
「聖皇様。」
その静寂は、一人の男によって破られた。
「おかえり。随分遅かったね。」
「昨夜の騒動の報告に参りました。」
聖皇と呼ばれた少年は立ち上がり、ライオットの報告書を受け取る。一通り目を通し、少し表情を曇らせた。
「…これはまた無茶をしたね。僕の能力で制限をかけているにせよ、周辺への影響は計り知れない。」
「警備部隊に周辺住民を避難させ、安全を確認した上で発動しました。事後調査でも周辺住民の避難が完了していたことを確認済みです。ですが死傷者がかなり多く…」
「そこまで確認できているのなら問題無い。今回のは一筋縄ではいかない事案だったようだしね。被害を最小限に止められたと思いたいが…」
報告書の下の方、一枚の顔写真に目をやる。
「彼の正体は掴めたのかい?」
「ラーベルク研究員によれば、彼の体から能力の反応は見られなかったそうです。」
「…妙だね。これだけの被害、能力の暴走と見て間違い無さそうだが…能力の反応が見られないとなると話は別だ…それなら彼は無能力者ということになる…」
しばらく報告書とにらめっこしていたが、顔を上げ、ライオットを見る。
「とにかく、住民への支援を怠らないように。住処の無い者には騎士団の宿舎、ここでも良い、寝泊まりする場所を確保しなさい。」
「承知いたしました。」
「それにしても気になる…彼に会いに行ってもいいかな?」
「カーヴァ様、それは大変危険です。いつまた暴走するかも分からないのです。お会いになられるとしても、原因の究明までお待ちください。」
ライオットに諭され、不満げな表情を見せる。小さな抵抗はライオットには届かず、先を促されるまま大聖堂を出た。
「と、言われたのだけど…来ちゃった。」
「聖皇様…」
地下牢。薄暗がりの中、厳重に閉められた檻の中で彼は困惑した様子で座っていた。
「あの、私はなぜここに…」
「やはり覚えていないんだね。」
さらに困惑する彼に事の顛末を説明する。巨大な「黒い蛇」が現れ、街を破壊し、それを騎士団長が鎮圧した跡に彼が残されていたということを。
「そっ、それは何かの間違いです!俺は能力なんてもの持ってない!」
「うん。うちの研究員からの報告もそうだった。そこで君に聞きたいんだが…」
穏やかな表情を少し引き締め、口を開く。
「君、何かに会わなかったかい?例えば…『黒い蛇』とか。」
「聖皇様!安全確認ができるまでお待ちくださいとあれほど…」
「あー…ごめんごめん。」
地下牢を出るなり出くわしたライオットに叱られる。
「全く…これじゃどっちが上だか分からないな。」
「…それで、何か掴めたのですか?」
「…何も。暴走直前の記憶が抜け落ちているようだね。友人と酒を飲み、別れたところまでは覚えていたけど。」
「そうでしたか…ですがこのまま証拠が集まらないようでは…」
「うん。近いうちに審問会だ。貴族連中は早急な処分を望むだろうね。今回ばかりはディオドールの住民たちも同じように思うだろう。」
審問会は罪人を裁く機関だ。通常、事件から三日以内に開かれる。
「ということは…」
「…私は処分を保留したい。これは極めて稀な事例だ。危険を冒してでも研究する価値がある。」
自分の二倍ほどの背丈を持つ騎士団長の顔を見上げる。
「騎士団も、協力してくれるかい?」
「承知いたしました。元より騎士団は聖皇様の手足…この国の平穏のために必要とあらば、協力しない理由がありません。」
「そうだね…悪い聞き方をした。よろしく頼む。」
跪く騎士団長を立たせ、歩き出す。暖かい陽光が、辺りを明るく照らしていた。
「…ところで、次は研究所に行っても良い?」
「仕事が溜まっています。今日はもう執務室から離れられないと思いますが。」
「ぐっ…意地悪…」
さらに二日後、あの時と同じ、白銀の衣服に身を包んだ少女が地下牢に降りてきた。
「時間だ、立て。」
「…俺は、どうなるんだ。」
「知らん。それを決めるのは私ではない。」
久しぶりの太陽。暖かい春の日差しは、責め立てるように容赦なく降り注いでいた。
「入れ。」
開けられた扉をくぐり、審問所に入ると大勢の人の視線が突き刺さった。
「この化け物!」
「お前のせいで家を失った!」
「俺には足の悪い母親がいた!逃げ切れずに潰されて、骨も残らなかった!」
「早く死んでしまえ!」
予想できていたはずだった。自分に記憶が無くとも、街を破壊したのは紛れもない事実。そのことが今になって重く突き刺さる。そしてここからは…
「静粛に。…これより、三日前に発生した『黒い蛇事件』の審問を開始する。」
記憶が無いでは済まされない、審判の時間だ。
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