第3話 静かな夜に
「下劣な平民め…」
逃げ出した二人の男を睨みつけ、小さくため息を吐く。
「どんな者だろうと、騎士団を侮辱することは許さない。」
既に二人は闇に消え、辺りには静寂が満ちた。
騎士団付き人としてこの門の門衛に配属されたのが一年前。当時はもっと騎士団らしい、高貴な仕事をしたいと思っていたが、治安維持も立派な仕事だと騎士団長に諭され、決意と覚悟を持ってここにいる。
「…思い出すだけで気分が悪くなる。」
だのに私、もとい騎士団を愚弄したあの男ども!虫唾が走る。思わず拳を固く握りしめた。
「どうした?レイ。余計な力が入っているぞ。」
「…!父上…いや団長!」
肩に手を置かれ、慌てて振り返る。声の主は、敬愛する父親でもあるライオット・フライハイト騎士団長だった。純白の制服、暗闇でもひときわ輝きを放つエンブレムが彼の荘厳な気配を形作っていた。
「どうしてここに?本日はもうお休みになられたものと…」
彼はディオドールに広がる闇を見据えた。その目はいつになく鋭い。
「何か…変な予感がしてな。」
「ご安心を!この区域は私が責任を持って管理しておりますので!」
自信たっぷりに答える。そうだ、今日も異常など無い、いつもと変わらない一日だった。あの二人を除けば…。
「ふふ、それなら心配は無さそうだ。私の勘違いだったようだな。」
「ええ、団長は安心してお休みください!」
にこやかに返答する団長に敬礼する。その瞬間
何かが爆発したような音が夜の街に響き渡った。
「何だ今の音は!」
「ほ、報告します!」
駆けてきた警備部隊の者が声を張り上げる。
「と、突如出現した黒い物体が暴れまわり!周辺住民に被害が出ています!」
「場所は!」
「ディオドールの南の城壁近くです!真っ直ぐこちらに向かっているようです!」
「対象の特定は!」
「か、確定しておりません!遠目から見たところでは『黒い蛇』のようなものが…」
「『能力』か…!」
緊迫した状況下でも団長は冷静さを失わず、的確に指示を下す。
「これよりディオドール警備部隊の指揮は私が執る!全隊員に伝達!『能力』を所持している者は直ちに現場に急行、所持していない隊員は住民の避難を誘導せよ!」
「拝命しました!」
「レイ、お前はここに残れ。」
「ま、待ってください!私も向かいます!」
受けた指示を理解できず、食い下がる。報告から考えておそらく私の能力が一番相性が良いはずだ。
「だめだ。お前は避難してきた住民を守れ。」
「しかし!」
「レイ。」
団長は私の目を見据える。その視線は鋭い矢のようだった。
「騎士団誓約第一条は。」
「…命に変えても、この国と国民を守り抜く。」
「わかっているのなら良い。これはお前のためでは無い。この街の住民たちのためだ。平民だろうと、貴族だろうと、やることは変わらん。」
団長は私から目を離し、警備隊員が連れてきた馬に乗る。
「自らのすべきことを全うせよ。」
「…拝命しました!」
「よし…対象のもとまで案内を頼む。」
「拝命しました!」
数人の警備隊員を連れて馬を繰り出す後ろ姿を見送り、集まってきた警備隊員たちに向き直る。
「総員、避難経路の確保!安全を確認次第、迅速な避難誘導を開始せよ!」
「団長殿、あれです!」
門を離れて少しすると、周りの民家をなぎ倒しながら歩を進める怪物の姿が視界に入った。
「あれか…相当厄介だな。」
馬を止め、降りる。怪物は禍々しいオーラをまとい、真っ直ぐに進んでくる。
「思ったより凶悪なようだ…ここは私が対処する!総員退避せよ!」
「団長殿を一人残すわけにはいきません!」
「あれは生半可な力では止まらん!私の『能力』を使う!」
「そ、それは失礼しました!即刻退避させます!」
慌ててこの場を離れる隊員。他の隊員たちも距離を取ったのを見計らい、体中に力を込める。
「目には目を、と言うが…」
怪物が動きを止めることなく近づく。
「これを本物の怪物に使うのは初めてだ。」
「黒い蛇」が鋭い二対の牙を見せ、目の前の私に噛みつこうと体を伸ばす。
「『
「黒い蛇」の動きが初めて止まる。まるで得体のしれない怪物を見たかのように。
「どうした?お前にも怖いものがあるのか?」
萎縮したような蛇とは対称的に前進する。
「悪いが、お前は排除しなくてはならない。」
目と鼻の先まで近寄っても、蛇が攻撃してくる様子はない。
「多くの罪なき人々の生命を脅かした報い、ここで受けてもらう。」
腰から剣を抜き、高く振り上げる。
「さらばだ。」
力を込めて振り下ろした直後、「黒い蛇」の体は暗闇に弾け、溶けていった。
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