第2話 遥か昔の世界
「…かつてこの世界には、国という概念は無かったのじゃ。それぐらいは知っておろう?」
「いや、読書も勉強もしないもんで…よくわからないです。」
「何?近頃の若いもんは教養が足りんなぁ。それなら尚更聞いとれ。」
その「教養」とやらを身につける時間も金も無いのだと言いかけて口をつぐむ。今はこの老人の話を遮らないのが得策だ。なんかめんどくさそうだし。
「昔の人類はあちらこちらに共同体を作って暮らしていたんじゃ。はっきり言って文明レベルは高くなかったがの。…最初に国を作ったのは北のユミアトロフ極帯にあるジアムートの建国者、ジアムート・ルフだと言われておる。」
ジアムートはこの国の遥か北の方に位置する国だ。よく知らないが、何かと物騒な国で、十年前もこの国に攻め込んできたという話も聞いた。
「その建国者の名を冠した国は突然、世界中の共同体に宣戦布告した!それからは惨憺たる有様じゃ。多くの血が流れ、草原や森林もほとんど焼け野原になった。」
唇を舐め、興奮した様子で老人は話し続ける。
「もうお終いかと思われたその時!空から一筋の光が差し込んだのじゃ。そして戦争に疲れ切った人々は彼の御姿を見た…『神』リオン・アストラルの誕生じゃ!」
「おいおい爺さん、それは神話だろ?急に現実味がなくなっちまったじゃねぇか。」
机に突っ伏していたキグンが顔を上げる。キグンはこの話を知っているらしい。
「黙って聞いとれ。その『神』は瞬く間にジアムート・ルフを消し飛ばし、世界に安寧をもたらしたのじゃ!さらに絶望の縁にいる人々に『力』を分け与えた!」
そう言うと手を広げ、息を吹きかける。すると淡く光る球体が生まれ、周りを明るく照らし出した。
「これが今で言う『能力』じゃ。わしのは『
「いやぁさっぱり知らねぇ。なぁ?カイン。」
「俺も知らない。」
そんな神話も今知ったため、「能力」なんてものがあることも知らなかった。いや、そういえばこの国の騎士団は皆、不思議な力を使うという噂があるが…
「まぁ良い。だが、この『能力』のおかげで世界は成り立っていると言っても差し支えんじゃろう。現代の世で『神』の姿を見た者はおらんが…こんな超常的なもの、『神』のようなものでないと作り出すことなどできん。」
どうやらあらかた話し終えたようで、老人は一息つく。そいて俺たちに頭を下げた。
「今日はありがとう。こんな老いぼれにハムをくれるだけでなく、話まで聞いてもらえるとは…お主らの未来に幸多からんことを。」
「おう、いいってことよ。」
「あなたにも、幸多からんことを。」
気づけば世も更け、お代を払って店を出ると街灯の光も闇夜に吸い込まれているようだった。
「うー、さすがにのみすぎかぁ?」
「あれだけ飲んでたらそりゃそうなる。」
「むー…きょーはよいがまわってるなぁ。」
ディオドールに進む城壁に辿り着くと、門の前に白銀の衣服を着た少女が目に入った。
「そこを止まれ。」
「んん、なんだぁ?」
見れば金髪に青く澄んだ目をした少女だった。
「これから家に帰るんだが…」
「こんな時間まで遊び歩いていたのか。全く平民区の者どもは…」
ディオドールは多くの一般人や貧しい人たちが暮らす区域で、平民区とも呼ばれている。呆れと侮蔑を含んだ物言いに酔いが醒める感じがした。
「おーおーてめぇなにさまだぁ?こっちはきょーもずーっとしごとしてなぁ…」
「キグン、こいつ騎士団だ。」
突っかかるキグンを止め、襟のエンブレムに目をやる。紛れもなく、この国の騎士団の一員である証だった。
「こーんなわかいやつがぁ?よもすえってやつだなぁ。」
「キグン、ちょっと…」
なおも突っかかるキグンをなだめ、騎士団の少女の顔を伺うと、顔をしかめて嫌悪感をあらわにしている表情が目に映った。
「貴様…騎士団を愚弄するのか?」
「あんだぁ?おまえみたいなこむすめなんてなぁ…」
「キグン!」
あまりにも速かった。瞬きの間に彼女の腰に挿してある
「ひっ!」
「安心しろ、鞘から抜いてはいない。」
少女は鞘が付いたままの剣を腰に収め、こちらを睨みつける。
「だが、もう一度その汚い口で騎士団を愚弄するようなら、その鼻がお前の醜い顔に付いたままである保証はない。よく理解したのなら…」
「すみません!すぐに帰ります!」
これはまずいとキグンを立たせ、まだ何か言いたげな少女を尻目に、そそくさとその場を立ち去った。
「キグン…お前、血の気が多すぎるんだよ。」
「あぁ?あれはどう考えてもあいつが悪いだろ!」
一連の騒動で酔いが醒めた様子のキグンが腹立たしげに地面の小石を蹴り飛ばす。確かに、あの物言いは気に入らなかった。
「俺らだって頑張ってるのによう!」
「…確かにな。」
「もう許せん!カイン明日は朝一番に農場に行くぞ!」
「…あぁ、俺もそのつもりだった。」
こういうポジティブな思考も、彼の魅力だろう。沈んでいた気持ちが徐々に回復するのを感じる。
「じゃあ、また明日な。」
「おう!寝坊するんじゃねぇぞ!」
途中の道で別れ、自分の家に向かう。物心ついた時には既に両親はいなかったが、今まで俺を守ってくれた家に。
「しかし遅くなったな…早く寝ないと…」
足早に家路をたどる。家が近づいてきたその時、道端に一本の木の枝が落ちているのに気がついた。
「木の枝?この辺りに木なんてないぞ…」
細長いそれを拾い上げる。だが拾い上げた瞬間、それが木の枝なんかではないことに気がついた。
ざらざらした感触、うねる胴体、こちらを向いた先っぽからチロチロと顔を出す長い舌。
「ヘビ!?」
慌てて手を離したが、遅かった。
ヘビはその長い体を腕に巻き付け、首をもたげ、そのまま…
俺の首に噛みついた。
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