ある世界で
Eshi
第一章 神聖皇国リオン
第1話 ある世界で
かつて国があった場所は草木が消え、荒野となっていた。その真ん中で少年は何の感情も見せず、誰に言うでもなく呟く。
「時ハ満チタ。『世界ノ浄化』ヲ始メヨウ。」
世界の中心で彼は…「神」は、薄く笑った。
ここは世界で最も人口の多い国、リオンの東の区域であるディオドールの辺境。
「ふう…今日は暑いな…」
広い農場での種蒔きをほとんど終え、木陰で体を休める。春にしては強く感じる日差しだが、肌を撫でる風は心地良い。
「どひゃ〜!疲れるなぁ、カイン!」
「そうだなキグン。」
キグンと俺、カインはこの農場に出稼ぎに来て三日になる。キグンとはこの仕事の前の出稼ぎで偶然出会った仲だが、気さくで豪快な良い奴だ。
「お二方、お腹が空いたでしょう?パンと冷たい水をどうぞ。」
「おっ、ありがとうございます!おいカイン、こりゃうまそうだぞ!」
「わざわざ出稼ぎの俺らのために…ありがとうございます。」
「いやいや、任せっきりも悪いのでね。これぐらいはさせてください。」
このご婦人は農場の所有者のハウザーさん。俺たちに働き場を与えてくれた上、食事もくれる親切な人だ。
「主人が死んで息子も街に出たのでこの農場も売り渡そうかと思っていましたが…こうして手伝っていただけるのは本当にありがたい。」
「そんな…お礼を言うのはこちらの方です。」
「ふふふ。それでは、よろしくお願いしますね。」
サクサクと草地を踏みしめて家に戻るハウザー婦人。その姿を見送り、キグンとパンを分け合う。
「うめぇ!体に染み渡るうまさだなぁ!」
「水もうまい。この辺りは山も近いからいい水が流れてるな。」
もくもくと食べ進め、少し休む。
「あとどんくらいだ?」
「あの一角に植えたら今日は終わりだ。日が暮れる前に終わらせるぞ。」
「よっしゃぁ!爆速で終わらせてやる!」
結局この日は暑さのせいもあり、夕暮れ時まで作業は続いた。
「腰が痛ぇな。」
「無理もない。今日は長丁場だった。」
「ああ。だが臨時収入もあるし、今日は一杯やるか!」
「それもいいな。」
ハウザー婦人から「少し早いけど」ともらった給料が入った袋を手のひらで転がす。いつもは真っ直ぐ我が家に帰るところだが、たまには遊ぶのもいいだろう。
「折角だからアストラルの酒場に行こう。あそこなら酒癖の悪い輩もいない。」
「いいねぇ、そうするか!」
しばらく歩き、東西南北四つの区域の中心に位置する区域、アストラルに着く。ここは大聖堂や騎士団の本部があり、栄えている上に治安もいい。既に日は暮れ、辺りは暗くなっているが、まだ街灯がぼんやりと照らす道を進む。
「ここだここ。邪魔するよ!二人ね!」
「いらっしゃい!空いてる席にどうぞ!」
店内に入ると多くの人たちが酒の入ったガラスを片手に語り合っていた。その間をかき分け、窓際の席に座る。
「すごいにぎわいだな。」
「この国イチ、いや世界で一番の酒場だと言っても過言じゃねぇ。一日の疲れを癒やすため、国中の働き者たちがここに集まるのさ。」
「調子の良いこと言っちゃって。これで良いわよね?」
並々と酒が注がれたグラスが机に置かれる。久しぶりの酒を前に喉が鳴る。手を伸ばしたその時、店員が小皿を持ってきて机に置いた。
「おいおい、このハムは頼んでないぞ。」
「おまけ。さっき余分に切りすぎたのよ。」
「それじゃ楽しんで」と言わんばかりに手をひらひらさせて店員が去る。今日はなんだかツイているようだ。
「じゃ、この良き日に乾杯!」
「乾杯。」
グラスを傾け、琥珀色の液体を喉に流し込む。口の中に広がる刺激、鼻から抜ける香り、体中の疲れが一瞬で消えてなくなるようだった。
「ぷはぁ〜!やっぱり一日の終わりはこうでなくちゃなぁ!」
「うまい。さすがは『世界一の酒場』だな。」
何よりも、友人と酒を酌み交わすこの一時がたまらなく楽しかった。
「お兄さん方…そこのハムを一枚…恵んでくださらんか…」
グラスの酒も残り少しとなった頃、隣の席でちびちびと飲み進めていた老人が話しかけてきた。キグンは「めんどくさそうだな」とばかりに視線を送ってくる。
「どうぞ、ちょうどあと三枚残っていますし。」
「ああ…ありがとう…」
老人は塩がきいたハムを美味しそうに頬張る。ゆっくりと噛み、飲み込んで俺たちに向き直った。
「ありがとうお若いの。あなたのような若者に出会えたことが今日一番の幸福じゃ。」
「それはどうも。」
「お礼に、一つ昔話をしてやろう。」
「俺は知らんぞ」と言わんばかりに肩をすくめるキグン。ハムをあげた手前、無視するわけにもいかず、俺はこの老人の話を聞くことにした。
「これはもう三百年ほど昔のことではあるが…」
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