第7話
佳月の脳内が真っ白になる。
昼間はこんなもん、ぶら下がってなかったぞ?
何故だ?
誰だ?
こんなシャレにならんことをするのは誰だ?
「申し訳ありません、すぐ片付けを」
佳月がロフトに上がる梯子に近づこうとするが、足が動かない。
まるで足裏に接着剤でも塗ったかのように、足の裏を床から離すことができない。
「佳月さん、あれ取ってくださいよぉ」
「取りたいが足が!」
内見中ではあるが、声を荒らげてしまう。
いいか佳月。お客様の前で、決して取り乱すな。
取り乱した後に契約なんて、間違いなく出来やしない。
必死に足を動かそうとしながら、新入社員の頃、先輩に教えられた言葉を思い出す。
先輩、こんな時は、どう対応するのが1番なんですか?
今まで、瑕疵物件の内見は何度も行ってきた。
契約に結びつかない時も、逆に契約まで進む時もあった。
だが、俗に言う心霊現象に立ち会うのは初めてだ。
「内海様」
無事ですか、と佳月の言葉は続かない。
入室してから無表情だった内海は、気味が悪い程顔を歪め、笑っていた。
ショックで気を失うという体験を、佳月は生まれて初めて味わった。
「相原君、急に外出してどうしたんでしょうか」
山崎は、業務日誌を書く手を止め、ソファでシャチ型の浮き輪を膨らませる社長に訊ねる。
ポンプの電子音に負けないよう、大きな声を出す。
「忘れ物って言ってたよ? バスに乗っていったから、家に帰ったんじゃない?」
「コンビニとかで用意できないものを忘れたのかしら」
「じゃあ、商売道具忘れちゃったのかなぁ?」
「商売道具?」
シャチが十分膨らんだのを確認し、社長はポンプを切る。
「詳しくは聞いてないけど、聖水とか十字架とか? 今日は佳月クンがいるし、相原クンはさすがに頑張らなくていいはずなんだけど」
山崎の眉間に皺が寄る。
「社長、相原君ってそっちの担当なんですか?」
「最近出番ないから急がないけど、ゆくゆくはそうなればって感じかなー」
「ちなみに、相原君は一体何者なんです?」
「えーっと、死んだ祖父がエクソシスト」
山崎は静かに肩を落とした。
「おじいちゃんがエクソシストだから何なんですか……」
「おじいちゃんがエクソシストとか関係ないよ。驚かずに聞いてね」
社長は、シャチからポンプを抜く。間髪入れずに蓋を閉めたが、僅かに空気が漏れた。
「相原クンね、少しの間神を下ろせるそうだよ」
「では、私の発言も驚かないで聞いてくださいね。佳月さんは何の能力もありません!」
「え、ええええっ!」
社長の驚きように、山崎は大きくため息をついた。
佳月の巨体が崩れ落ちる。
「か、かかか佳月さん!」
慌てて相原が近寄ると、佳月は白目を剥いている。
「死んでるっ!?」
実際は息をしているのだが、今の相原に正常な判断は不可能だ。
「じいちゃんじいちゃんじいちゃんじいちゃん」
流れる涙を拭くこともせず、ポケットから小さな金属を出して、力いっぱい握りしめる。
それは、小さいながらにしっかりとした作りの十字架だった。
ずっとロフトから垂れ下がるロープを見ていた内海は、ゆっくりとロープに向かって歩き出した。
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