第3話
佳月が確認を終えた頃、相原がやって来た。
「おはようございます」
事務室に入り挨拶をした相原は、自分の席に座る。相原の席は入口の近くだ。
佳月は席を立ち、目を擦りながら荷物を整理する相原に近づいた。
「おはよう。早速だが、これが今日の内見の書類だ。お客様は18時頃来店される。午前中に事務作業はしなくて良いから熟読しておいてくれ。17時半には事務室で待機だ」
佳月は、書類を相原に渡す。
「分かりましたー」
立ち去る前に、受け取った相原が書類に目を通すのを佳月は確認する。
わずかに、相原の眉間に皺が寄った。
「佳月さん。今日の物件、心理的瑕疵物件なんですか」
書類から顔を上げ、相原が訊ねる。
「それって、事故物件ってことで合ってますよね?」
佳月を見上げる目は弱々しく、潤んでいるようにも見えた。
「うちが扱う物件は普通の物件だけだと思ったのか。残念だが事故物件もある」
「わ、分かりました。そうですよね……」
相原の消え入りそうな声を聞き、佳月は心の中でガッツポーズを取った。
内見は全然大丈夫だったんじゃないのか?
そう皮肉を言ってやりたい気持ちに駆られたが、グッと飲み込むと、自分の席に戻った。
相原の反応に胸がすく思いがした佳月だが、ずっとそんな気分でいる訳にもいかない。
山のように重なった仕事をこなし、一息ついた時にはもう17時を過ぎていた。
事務室には誰もいなかった。
佳月は自分のデスクに座り、外出した時に購入したコンビニ弁当を頬張る。
書類を片手に事務室に入った山崎は、そんな佳月に目を丸くしながら声をかけた。
「あら佳月さん。もしかして今お昼ですか?」
「ええ。何だかんだ食べていなくて」
「大変ですね。倒れちゃう」
柔和な笑みを浮かべ、山崎は自分のデスクに座る。
「何年もやってきたので慣れましたよ。普段なら昼飯抜きでもいいんですが、この後内見があるので、何か腹に入れておきたくて」
山崎は、壁に掛かったホワイトボードを確認する。
「本当だ。私朝礼中抜けてたから気づかなかった。どの物件でしたっけ?」
「駅近くの瑕疵物件です」
山崎は思い出そうと目線を宙に泳がせたり、小さく唸るが、該当物件は出てこないようだ。
「あの、あれだ、あれ。パンダの人形が立ってるパン屋の向かい側のアパートです」
佳月のうろ覚えな助け舟を聞き、手を叩く山崎。
「頻繁にあるもんでもないんで、相原を同行させるんですが……」
そこで言葉を切り、改めて事務室を見渡す。腕時計を確認して、ため息をついた。
「その相原はどこだ」
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