第2話

 佳月が物件に関する問い合わせを確認したのは、その日の昼過ぎだった。


「またこの物件か」

 ため息をつきながらも、内見希望者の情報を確認する。

 内見希望日はその他を選択されており、最短を希望すると記載があった。


 氏名欄を確認した佳月は眉をひそめた。

「なんで瑕疵物件かしぶっけんなんかに女が……」



 瑕疵物件、それはいわゆる事故物件である。

 この物件も、駅が近く築年数も浅い上、家賃も低価格だが、以前の住人が首吊り自殺をしてしまっている。


 今までも意気揚々と内見に来た客は数人いたが、事故物件と伝えると全員尻込みし、掲載開始から2ヶ月程経った今も、契約に至らない状態だ。



 氏名欄には内海真紀と書いてある。ほぼ確実に女性だろう。

 偽名を使っている可能性は大いにあるが、契約時に本名がわかってしまうのに、偽名を使う必要もない。もし偽名なら、偽名を使った冷やかしだ。


 それか、物件概要の備考欄を見逃しているのかもしれない。

 今どきの奴は、安いものにすぐ飛びつくな。

 呆れながらも、佳月は業務的に、書いてあるメールアドレスに返信をした。

 どちらにしても、契約にはありつけないだろう。



 瑕疵物件はなかなか借り手が見つからない。スーパーの訳あり品とは違うのだ。

 以前働いていた不動産会社でも借り手が見つからず、事故物件と告知しなくて済むよう、佳月が短期間住むことが何度もあった。


 社員の中でも心理的瑕疵物件に住むのは嫌がられる。住んでみれば何も無いことが多いのだが、やはり気味が悪いのだろう。


 みんな見えない幽霊なんかに怯えやがって。人間と天災の方が俺は怖いね。

 飲み会で酒が入り、そう豪語していた佳月に、上司から短期間瑕疵物件に入居するよう依頼が入るのに時間はかからなかった。

 これを承諾してしまった佳月は、度々心理的瑕疵物件に住む羽目になった。


 誰も引き受けないため、渋々引き受けていた佳月だが、「事故物件には佳月を住ませろ」と影で言われていた事を知り、我慢の限界が来て退職を決意した。


 今回は女が相手だ。十中八九無理だろう。


 内見の日程希望は最短、時間は18時からと書いてある。

 佳月はスケジュール帳を開き、予定を確認する。

 幸い、明日の18時、佳月は何も予定が入っていなかった。

 チラリと、佳月の予定の隣に記入してある相原の文字が目に入った。


「せっかくだし、相原を同行させるか」


 佳月の会社にも、今年の春から新入社員が入ってきた。

 佳月の会社は地元に特化した小さい会社であり、新しく社員が入るのは3年振りだった。

 どんな奴が来るかと楽しみにしていた佳月の前に現れたのが、相原だ。


 今どきのアイドルのような、少し女々しさを感じる顔立ち。行動や言葉遣いに、意欲が見られない。

 佳月が苦手とする、典型的な最近の若者だった。


 あの新入社員の指導役にはなりたくない。山崎さんが指導してくれないだろうか。

 そう願っていたが、指導役に任命されたのは佳月だった。


 前の職場の新入社員も、心理的瑕疵物件となると良い顔をしなかった覚えがある。

 間違ってもお客様の前で恥をかかせるようなことはしないが、これをきっかけに普段の態度が変わったり、今の態度だと瑕疵物件ばかり扱わせるぞと軽く脅すことができるかもしれない。


 怯える相原を想像してほくそ笑みながら、佳月は相原を同行させるための準備に取りかかった。

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