体験授業
「では、授業を始めよう。本日の教材はこれだ」
鼻先をぽりぽりと書きながらエフィムントはそう言いつつ、先ほどまでレイシーが見ていた本を手に取る。そして教卓をコンコンコンと3度叩くと、ヴォンという音と共に空中映像が出現した。
これ、さっき謎の乗り物の中でもみたわね。
レイシーとウクレムはその映像に目を向ける。
「あー、今日はこの国の歴史だな。じゃあウクレム。基礎知識だが、この国の名前は言えるか?」
「はい、先生!グラネメイコスれんぽーきょーわこくです!」
「そうだな。この国はグラネメイコス連邦共和国。4つの大きな都市と、首都から成り立つ国だ」
そのセリフと共に、スクリーンには地図らしきものが表示され、5つに分かれるように線が引かれた。
ふーん、ドーナッツみたいな形しているのね。
穴は開いていないけど、と内心で誰に向けてでもない補足をしながら、机に肘をつきつつ話を聞く。
「それぞれ『要塞都市ヨカミ』『商業都市キリル』『農業都市ベレケー』『工業都市ジガ』と呼ばれているが、まぁこれは頭の片隅にあればいいだろう。」
地図にそれぞれ文字が浮かび上がる。
北側にヨカミ、東側にキリル、南側にベレケー、西川にジガという順番だ。
「先生。真ん中は?」
「ん、真ん中は首都だな」
ドーナッツの穴にあたる部分に『首都ルプゥ』という文字が付け加えられる。
「さて、では今君たちがいる場所がどこかは知っているか?」
「知りません!」
「ウクレム。元気なのはいいことだが、知らないことを大きな声で言うもんじゃないぞ。レイシーはどうだ」
「そういえば、私も知りません。」
そうか、とエフィムントはつぶやくと再度教卓をコンッと叩く。
するとスクリーンに表示されていた地図はドーナッツの穴の下の方に向かってズームインしてゆく。
「今俺たちがいるのは、首都ルプゥの最南端。最も農業都市ベレケーに近い場所にあるのがこの塔だ。お前らの家も首都ルプゥにあるぞ。さて、自分たちの住む場所が分かったところで、政治の話も少ししておこう。退屈だと思うし、実際俺も退屈だ。簡単に済ませる。がんばってついてこい。」
そうして、この国の統治体制についての話が始まった。
要点としてはこの3つ。
①それぞれの都市では数年に1度各都市の統治者を選出する。
②国全体を指導する者は全国民によって同じく数年に1度選出される。
③この体制が敷かれたのはここ50年ほどの話であり、それ以前は王政だった。
「まあ、王政はひどかったらしいぞ。王族も貴族もいたが、貧富の差がそれはもうひどかったんだと。今もまだその名残はあるが、じじばばの話を聞くと『あの頃よりはまし』なんてみんな口を揃えて言うからなぁ。」
そんな歴史も少し交えつつ、10分ほど経った頃。
レイシーは興味深くその話を聞いていたが、ウクレムは船を漕ぎ始めていた。
「ウクレム。起きろウクレム」
「……ぬぅ……?んな……」
名前を呼ばれ、目をこすりながら再度エフィムントの方を見るウクレム。
「ふぁい。起きました」
「よろしい。今俺が言った内容、今度改めて聞くからな。答えられなかったらどうなるか、覚えておけよ。」
「ハイ……」
眼鏡をかけなおし、気まずそうにウクレムが答える。
「さて、簡単にだが今のお前らが知っておいて損は無い話はこのくらいか。何か質問や、追加で聞きたい事などあるか」
ウクレムは静かにしていたが、レイシーが手を挙げる。エフィムントがどうぞ、というので、どうしても聞きたかったことを聞く。
「あの、空を浮く箱は何ですか?」
「あれはホバームっていう乗り物さ!かっこいいよねぇ!僕あれ大好き!」
ウクレムから、僕知ってる!というノリで返事が返って来た。
「へぇ、ホバームっていうの。あれ。」
「乗り物でもあるし、汎用魔法機器でもあるな」と、エフィムントが補足する。
また知らない単語だわ……。
熱出そうだわ、と思いつつ追加で質問を投げかける。
「えっと。その『はんようなんとか』って何ですか。」
すると、今度は少し楽しそうにエフィムントが語り始める。
「汎用魔法機器っていうのはかつての王族が占有していた技術で、太古とも呼べる昔の技術、『魔法』を再現するための道具だ。すごいんだぞ。いまお前らの目の前に出している映像も汎用魔法機器の技術の一端だ。」
まだ見たことの無いエフィムントの笑顔を初めて見た、子供みたいな笑い方をするんだな、なんて感心しているとどんどん饒舌に語り始める。
「さっきレイシーの質問にもあったあの乗り物はホバームと呼ばれる汎用魔法機器の一種だな。いまやこの国の8割以上の人間が使っている交通手段だ。行先の座標を提示すると、そこまで自動で移動してくれる。王政時代の一般市民の乗り物は馬車だったわけだが、そのころ頻発していた交通事故なんかはもう今は起きっこない。乗り物が自分からよけてくれるからな。この投影機も汎用魔法機器だ。また世の中には専門魔法機器と呼ばれるものもあって」「先生、先生!レイシーさんの耳から煙出てますよ!」
長い。非常に長い。
すでにレイシーの頭はパンク寸前だった。
外から見てもその様子は明らかだったのか、ウクレムが静止に入る。
「煙は出てないじゃないか。まだ知りたいよな?レイシー」
「煙が出るって、比喩表現ですよ先生!実際に人間の体から煙が出るわけないじゃないですか!」
「あの……今日はこれくらいにしてくれると嬉しいです。先生。」
む、そうか。と不満げに一旦説明を止めるエフィムント。
きっとこの先生はなんたら魔法機器という物が大好きなんだろう。今度聞くときは覚悟を持って聞かないとだめね。
レイシーは静かに心の中で誓った。次先生に魔法機器の話を聞くのはもう少し大きくなってからにしよう、と。
◆
そのあと、「ちょうど時間もいいので、本日はこのくらいにしよう」というエフィムントの言葉で、この日の授業は終わりを告げる。
ウクレムは気の抜けた声で「ありがとーございました!」と唱え、いそいそと帰り支度を始める。エフィムントはまたしても教卓をコンコンコンと3度叩き、空中映像を消す。レイシーは片づける物などなかったので、立ち上がり身嗜みを整え、手持ち無沙汰に2人の準備が整うのを待っていた。
「じゃあ戻るか。」
ウクレムの身支度も終わったことを確認したエフィムントがコツコツと足音をたてながら廊下を歩く。その後ろを、レイシーとウクレムが横並びになってついていく。
ただ、エフィエントの足音だけが響くのに耐えられなくなったのが、ウクレムがレイシーに話しかけた。
「ねね、レイシーさん。今日の授業どうだった?」
「う~ん。まだ初回だから何とも。でも、新しい知識を得るのは楽しいね。」
「おお~すごい。賢い人みたいだ。」
「何よ、賢い人って」
クスクスとレイシーが笑うと、つられるようにウクレムも笑みを浮かべる。
「僕はねぇ。賢くないんだよ。」
「そうなの?」
「そうなの。近所の友達に言われるんだ。君の兄さんは優秀だねって。」
さっきまであんなに元気だったのに、ちょっと寂しそうな声で続けて言う。
「いじわるな子が言うんだよ。お前馬鹿のくせに塾行ってるのか。眼鏡かけてるのかって。」
「なにそれ。眼鏡かけてると自動的に賢くなるとでも思ってるの?その子。」
そんな事を言いながら、鼻で笑い飛ばすレイシー。そして言う。
「っていうか、自分が賢くないってわかってるから塾に行くんじゃない。」
続けて、レイシーはちょっといらだちをにじませながら言う。
「もちろん塾ってお金がかかるから、簡単に行けるものじゃないと思うよ?でもさ、幸い塾に行ける環境が揃ってて行かせてもらえるなら、学ばないと損じゃない。大体自分が馬鹿ってことにも気づいていないようなその子の言葉、しっかり学んでいるあなたが真に受ける必要ある?馬鹿っていう方が馬鹿なのよっ。」
これはかつての
馬鹿だと。何故そんななのに学習塾に行くのかと、先生や同級生に言われたと泣きながら帰って来た息子に似たようなことを言ったことがある。
学ぶために行くのが塾なんだから、馬鹿で上等じゃない。気にする必要ないわ、と。
同じような悩みを抱えるウクレムにかつての息子を重ね、思わずそんなことをレイシーは言っていた。
「同じ土俵に立つ必要なくない?ねぇ、ウクレムさん。」
そう言って横を歩いているはずのウクレムに声をかける。
横には誰も居ない。驚き後ろを見るとうずくまるウクレムが居る。
「ウクレムさん!?どこか悪いの、痛いの?大丈夫?」
そう言って近づくと、ウクレムは突然ばっと立ち上がり、レイシーの両肩をつかんだ。
「ありがとう。レイシーさん。僕、頑張る。」
彼の両目はほんのり涙がにじんでいた。
レイシーはそれを見なかったことにして、答える。
「うん。一緒に頑張ろ。」
エフィムントはそんな2人の様子をじっと見守っていた。
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