第一印象
「では奥様、お嬢様。行ってらっしゃいませ。アンはここでおまちしております。」
「いってらっしゃーイ!待ってるヨー」
浮遊する箱に乗りながら向かったのは、街のはずれにある高い塔の一番上のバルコニー。塔はレンガ造りのようだが植物に覆われており、細かい装飾はすべて蔦に隠されてしまっている。
ペコリとお辞儀をするアンとぶんぶんと手を振ってくれるイオに見送られながら、レイシーと母は建物の中に入っていく。
浮遊する箱の中で母、アン、イオに見てもらいながら練習した自己紹介を頭の中で反芻しながら母の後ろを歩く。
母は勝手知ったる様子でずんずんと進み、
バァン!
と勢いよく扉を開けた。
奥の部屋には灯がともっておらず、窓もないのか光は今開けた扉からしか差し込んでいない。
暗闇に沈む部屋の中に向かって、すぅっと息を吸った母が言った。
「エフィー!起きてる?起きてるわよね、起きなさーい!リムレイ、つまり私が来たわよー!」
あまり家では大きい声を出さない母が突然大きな声をあげる。
レイシーは驚きびくっと体を震わせたが、それ以上にその部屋に居た男が驚いていた。
「は!?もう来たの!?」
という声と共に聞こえるのは何かが大量に崩れたり、ばさばさと紙の束のようなものが地面に落ちる音。
そろぉっと母の背に隠れつつ部屋の中をじっとのぞき込む。
3秒ほど経った後、部屋から出てきたのは1人の背の高い男。
くたびれたシャツにぼさぼさの頭、左右で色の違う靴下を履く男。「ファッションセンス」という物が裸足で逃げ出したような恰好だった。
それに加え、分厚い眼鏡をかけているせいで表情があまり読み取れない。
ええ……怖い。何この人怖いよ……。
「エフィー、あなたまたこの時間まで寝てたわね」
母が腰に手を当てそういう。
「いや一回起きたわ。てかどっちでも良いだろ。今はただの引きこもりのおっさんだし。予定なんてほとんどないんだよ。」
エフィーと呼ばれた男はがしがしと自分の髪をかき回しながらそう言う。
「もーやめてよね。事前に行っておいたでしょ。今から娘と行くから準備しておいてって」
「ここんなに早いお着きだとは思わなかったんだ。ったく……。で、そのかわいいかわいいお嬢さんはどこなんだ」
「挨拶しなきゃ、練習したのに」と思う自分と、「小さい体で見るとこんなに怖いのか」と恐怖に足がすくむ自分がいる。情けない、しゃんとしなさいと自分を奮い立たせようとするが、できたのは涙ながらにか細い声でこう言うのみ。
「かぁさま……っ……」
「レイちゃん、大丈夫よ。ごめんなさいねこんなヤツで」
「へーへー、申し訳ないですね。こんなおっさんで」
「でも知識量だけは確かよ」
「だけとはなんだ、それ以外にも魅力あるだろ。……ほら、なんか……あるだろ」
「自分だって何も思いついてないじゃない」
レイシーを抱き上げた母VS謎の男、という構図であーだこうだとお互いに言い合っている。
「母様、あの人何?」
ちょっと楽しそうな母の言い合いを聞き、もしかしたら怖い人じゃないのかもと、少し冷静になったレイシーはそう問いかける。
「もうちょっとちゃんとしてくれるかと思ってたんだけど、ごめんねレイちゃん。あの人に講師してもらおうかなって。……今からでもやめておくべきかしら。じゃあ前金の」
「モウシワケゴザイマセンミジタクマス」
「よろしい」
そういって男はそそくさとまた闇に消えてゆく。
「あいつは私と父様の幼馴染。エフィーよ」
「母様と父様の?」
「そう。あんなだけど、腕は確かな所謂『魔法使い』とか『賢者』とか言われるヤツね。あんなちゃらんぽらんなやつを賢者って言い始めた人を見たときはどうしたもんかと思ったわよ。昔っからあんな感じなんだから。賢者なんて言われるような奴じゃないのにね」
「ふーん」
「きちんと身だしなみ整えたらそれなりになるのだけど。というか最近は貯金もなくなってきたし、生徒募集して1人いるんじゃなかったかしら。それなら安心と思ってきてみたけど、この様子だと……逃げた?」
「逃げてねぇよ。今日はまだ来てないだけだ」
ぱっぱっぱと部屋に光がともり、コツコツコツと足音が迫る。
先ほどまでの服装とはかわり、ぱりっとした黒いスーツに身を包み同じ素材のシンプルな黒いマントをたなびかせて、母の言葉にこたえるようにエフィーが戻ってきた。
ぼさぼさだった髪の毛は整髪剤で撫でつけられており、眼鏡もかけていないため顔がよく見えるようになっている。とはいえ目つきは鋭いし、ちょっと怖い大人のおじさん、という印象は変わらなかった。
「改めて初めましてだな。俺はエフィムント。今日から君の先生をやらせてもらう。さて、お嬢さんのお名前をうかがっても?」
笑顔でとはいかないが細めていた目を心なしか緩め、レイシーと目線を合わせるようにしゃがみこみ、先ほどよりは半トーン上がった声でそう問いかけてくる。
「えっと、あの。レイシー。レイシー・トレイラーです。9……じゃなくて今年で4歳になりました。よろしくお願いします。あの、マント汚れちゃいますよ。」
練習したようには言えなかったけど、大事なことは伝えた。
「よろしく。レイシー。マントは何度でも洗えばいいんだ、気にするな。さて、お前らはこれからどうするんだ?今日はもう帰るのか」
エフィーは母の方に顔のみ向けて尋ねる。
「授業ってこれからで合ってる?」
「そうだな」
「じゃあ、ちょっと授業見せてあげて」
「ん」
そんな短い会話で、授業を見学することになった。
「あの、私今日何も持ってきてなくて」
「今回は体験だからそういうのは無くてもいい。とはいってももうお前の父さん母さんから任せたといわれてしまっているから、次回以降も来てもらうことになるんだがな。その時に必要なものは後で話そう。」
「はい、わかりました。」
真面目に答えると、数秒の沈黙の後エフィムントがつぶやく。
「おい、この子本当にお前らの子供か?」
「何よ失礼ね。このお腹から生まれてきたんだから。」
「あの2人からこんなにしっかりした子供が生まれるのか。なんかもっとこう、ほらこう……。はぁ、世の中ってのは何があるかわからんな」
ギンッと母の視線が鋭くなる。
「お~こわぁい。さて、俺は授業の準備してこようっと。あ、レイシーはそこで待っててくれ。リムレイは1時間くらいしたらまた迎えに来い。」
そう言い捨てて、エフィムントはそそくさとその場を去って行った。
「ほんっと、余計なことばっかり言うんだから。」
母はレイシーの両手をきゅっと握る。
「じゃあレイちゃん、私は少し外すわね。また終わるころに迎えに来るわ。お勉強、頑張って!終わったらおいしいもの食べに行きましょ!」
母の手に少し手に力が入る。レイシーも「頑張るよ」という意味を込めて握り返す。それに気づいたのか母は笑を深め手を放し、じゃあ頑張ってね!というセリフと共にバルコニーの方へ去って行った。
◆
静寂に包まれた部屋に1人。静かに周囲を見渡す。
石畳の床に見渡す限りの棚と本。床の一部には布が敷かれており、棚に入りきらなくなったのだろう、布の上に山ほど本が積まれていた。一部山が崩れている部分があり、きっと入ってきてすぐに聞こえたばさばさという音は本だったのだろうなとレイシーは考えた。山ほど積まれた本の近くに大き目のソファーがあり、背もたれには掛布団らしきものがかけられていた。ソファー近くのサイドテーブルにも本が積まれている。
宝の山ね、ここ。父様の部屋より多いわ。
どうしても崩れた本の山が気になって、直しにいこうという使命感半分。どんな本が置かれてるのか気になるという好奇心が半分。どちらかとというと好奇心の方が少し勝っていたレイシーは、たたっと軽い足取りで近寄ってみてみる。
何か読めそうな本はあるかしら。
読める文字もあるけど、読めない文字もあるわね。えぇっと、う~んと…
学問書が多いのだろう、まだレイシーが読めそうなものは少なかったが、何か自分にもわかりそうな本があるんじゃないか、と期待を込めて目を走らせる。一冊だけルビがついているおかげでタイトルが読める本を見つけた。表紙にはポップな城のイラストが描かれている。
えっと、タイトルは……
『グラネメイコス
ぐら……なんて?
「おうおう、何見てんだ」
「びゃっ!?」
足音もなく突然声をかけられた。
「驚かせがいがあるなぁ」
にやにやと笑うエフィムントが立っている。
さっき着替えてきた時は足音してたのに。わざとだこれ。
なんかしてやられたようでむかつくわね。
「母様に言いつけますからね。これです」
きっと母様がこいつの弱点だなという対抗心を燃やしながら言い、手に取っていた本を渡す。エフィムントは嫌そうな顔をして受け取った。
「歴史か」
「それくらいしか読めそうなものが無かったので」
「じゃあ今日はこれにするか」
ついてこい、とひとこと言うとエフィムントはコツコツとまた足音をたてながら部屋の奥へすすんでゆく。奥に進むにつれ、書籍は姿を消していき冷たい石の床ばかりが広がるようになっていった。
しばらく床を見つめながら歩いていると、突然開けた場所に出る。
長机が2台。それに合わせて椅子が8脚程置かれている。
部屋の正面には少し高い台があった。
ああ、これ見たことある。教室だ。世界が変わってもこれは変わらないのね。
懐かしいなぁ
「んじゃ好きなとこに座れ。もうちょっとでウクレムも来るはずだから」
「ウクレムって誰」
「同級生だよ」
そういえばさっき母様が、もう一人生徒がいるって言ってたわね。
席はどこにしようかしら。今日は初回だし、後ろで見てようかな。
レイシーが後ろの席を選び席についたころ、エフィムントが「まってろ、ウクレムを迎えに行ってくる」とまたバルコニーの方に戻っていった。
◆
それから少し経って、2人分の足音が近づいてくる。
ちらりと様子を見ると、同じくらいの年齢の男の子がエフィムントと一緒に歩いてきていた。多分彼がウクレムだろう。
すぅっと息を吸い込み、言った。
「やぁ!君が僕の同級生かな?初めまして!僕がウクレム!仲よくしような!君はな?何て名前なの?」
「うるせぇ」
ばこんとエフィムントに叩かれていた。
これがレイシーとウクレムの出会い。
ずいぶん声の大きい子だなぁ。というかさっきこんな光景見たなぁ。
というのがレイシーからみたウクレムの第一印象だった。
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