初めての散策
「ちょっと待って母様、受験!?」
「さっき言ったじゃない。選ぼうと思えばどこでも選べるけど、あなた賢いのだし、せっかくなら受験しましょうかって。やっぱり嫌?」
受験。いや、自分で生きていく力をつけるという意味では勉強したくて転生しているのだし結果としては良いかもしれない。良いかもしれないけど……
「いやいや。受験勉強ってお金かかるでしょ?」
思わず絞りだしたのはそんな言葉だった。
確かに勉強はしたい。自分で生きていく力の大部分は知識と知恵だと思っているから。でもその分お金がかかるのも知っている。
費用が掛かる、それがどれほどの負担なのか。前世で見てきたから知っているし、今生でもなんとかやりくりするかと考えていたから、どうしてもそこが気になってしまう。
「将来への投資だもの。実質無料よ」
「暴論すぎる……」
「何のために母様働いていると思ってるのよ」
何のため?
「遊ぶお金欲しさ?」
「……ふふ、レイシー。後でそんな事教えた人を母様に教えて頂戴ね。あなたがやりたい事を全部叶えてあげたいからよ。」
そもそも、レイシーが生まれるまでだいぶ時間があったから半分趣味なのも嘘じゃないのよ。今後もしかしたら生まれてくる子が、大変かもしれないけど幸せな人生を歩めるようにと思って働いていたんだから。だから。
「私たちのところに生まれてきてくれて、ありがとうね。レイシー。だからね、あなたは何も気にせず、やりたい事をやればいいの」
ほかに気になることはあるかしら。
母様はじっとこちらを見つめる。
やってみいてもいいなら。
「やってみたい」
チャンスがあるなら掴まなければ。
「じゃあ、この後行きましょうか。アン、準備しておいて」
「承知いたしました。では私は先に失礼いたします。」
いつの間にか朝食を終え、静かに話を聞いていたアンは自分の食器を持ち上げ先に食堂から去って行った。
その姿を見送ると母は思い出したかのように言う。
「思い返せば、レイちゃんと一緒に街に行くの、初めてだったかしら」
「言われてみればそうかも?」
「じゃあ思いっきりおめかししましょう。イオ、洋服選んでくれる?」
「おっけ~奥様。任せといテ。お嬢と一緒に並んでいい感じになるヤツ、見繕ってあげル。」
母の近くに控えていたイオと呼ばれた使用人がそう答える。メリハリのあるボディラインと褐色の肌、八重歯が魅力的な女性だった。あまり話したことはなかったが、こんな人だったのか。
「イオさん、よろしくお願いします」
「はいナ〜」
私がそういうと、にかっと歯を見せて笑い「でハ、私もこれデ。失礼しまス」と言い残して食堂を後にした。
◆
そのあとの朝食の時間、始終母は上機嫌だった。
やっと最近仕事落ち着いてきたのよね。ごめんなさいね全然一緒に遊べなくて。でも今日一緒にたくさん遊びましょう!
そんなことを繰り返し言っていた。
「そういえば、父様は塾について知ってるの?」と聞くとすでに話はしていて、レイシーが行きたいというならいくらでも行けばいいよと言っていたわ、と教えてくれた。
もう今日この話する気満々だったんだ。
今日は仕事があった父は今家に居ない。帰ってきたらありがとうと言っておこうと、心の中で誓った。
◆
朝食後、イオが選んでくれた洋服を着て街に散策に出た。
イオが選んだのは、母と娘でお揃いの空色のワンピース。曰く、
『母娘であるくんなラ、やっぱりお揃いが一番かわいいでショ。同ジ格好でも違和感が無いと言ったらやっぱりワンピースしかないジャン?異論は認めなイ。ちゃんと用意してたんだよネ。奥様は綺麗メでお嬢ハ可愛い感じにしたいカラ、奥様はジュエリー多め、お嬢はフリル多メで用意しましタ~』
という説明と共に、持ってこられたのがこの服。
母はワンピースに落ち着いた色の羽織りにいくつかのアクセサリーを身に着け、髪はハーフアップに。レイシーはパニエを履いたワンピース姿に編み込みがセットになったポニーテール。二人は手を繋いで街を歩いていた。一荷物持ちとしてアンとイオが後ろからついていている。
ずっと家に引きこもって本ばかり読んでいたレイシーもかわいい服を着て多少は浮ついていたが、それ以上に母がうっきうきだった。
「は~~~!レイちゃん可愛いわ!!!!イオ天才!」
「デショ」
「ええ、さすがイオ。お嬢様のこの服、ちょっとアレンジ加えたのもあなたです?さすがですね。」
「もっと褒めテいいヨ!」
「この服イオさんのアレンジ入ってるの?すごい」
花岡 麗だった時代も自分の服を繕うくらいはしていたが、アレンジまではしたことが無い。レイシーは純粋な尊敬の念をイオに向ける。
「その裾とか袖のレースは追加でつけてみましタ。あとお嬢、私のことはイオだけでいいでス。雇い主なんですカラ」
「う、うん。わかった。」
ぐっと顔を近づけてそういうので、気圧されつつ答える。
「でも、雇い主だと遠い感じがするな。お友達くらいでどう?」
「良いんデスカ?じゃあレイシーちゃんって呼びますネ」
「ばかっ!せめてお嬢様はつけなさいよ!」
ぱこんとアンがイオの頭を叩く。
その様子見て、あっけにとられたレイシーは母を見る。
いつの間にかこちらを静かに見ていた母と目が合い、二人でくすくすと笑った。
「じゃあレイシーちゃん。本当はこのままピクニックしたいのだけど、先に塾の見学に行ってしまいましょうか。見学終わったら遊んでいきましょ。おいしいお菓子もいっぱいあるのよ。」
「お菓子!食べていいの?夜ご飯食べられなくならないかな」
「食べられなかったらその時よ。今日くらい許してもらいましょ!」
母はお茶目にそう良い、アンの方をちらりと見る。
アンは「何も聞いておりません。ええ、お嬢様が夜ご飯食べられないのだとしたら、疲れ切っているという事なんでしょう。きっと。」と瞼を閉じながらそうつぶやく。
母と娘は揃って、今度はいたずらっ子のように笑った。
◆
そうしてレイシー一行は家の前に待機していた車らしきものに乗り込む。車らしきもの、だと思ったのには2つ理由がある。1つ、乗り込んだ後目的地まで運んでくれるため車と使用目的が同じであること。2つ、とはいえその車に操縦席があるわけでもなく、車輪があるわけでもなかったこと。ではどうやって移動したのか。
「す、すごい!母様見て!私たちの家があんなに小さいわ!」
レイシーが乗った箱は宙に浮いていた。
一行が箱の中に乗り込むとヴォン、という音と共に光でできたキーボードとモニターが出現する。キーボードにアンが何かを打ち込むと光は音もなく消え、次の瞬間、箱がふわっと浮いた。はじめ内臓が浮くような嫌な浮遊感はあったものの、そのあとは快適な空の旅が始まった。レイシーは窓から外の様子を見て「あれなに?」「雲が近い!」「母様見て!」と大変はしゃいでいた。
「レイシー、ちょっと落ち着きなさい」
「はい、母様」
そうは言うものの、どうしても外が気になるレイシーはちらちらと窓の外に目線を向ける。
窓の向こう、地上にはレンガ造りの家や石造りの建造物が建っている。窓の向こう、空中にはレイシーが今乗っているのと同じような形をした乗り物が空に浮かぶ。
昔、子供たちが夢中になって遊んでいたゲームの世界みたいね。
ニコニコと、そんなことを思い出していた。
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