幼稚舎

4歳の誕生日の夜、レイシーは夢を見た。


自分の背中には立派な羽が生えており、念じると自由に動かすことができる。なんとなく空を飛べるような気がして、えいっと力を込めた。直後浮遊感が襲ってくる。気付いた時には自分は満点の星空の一部になっていた。


「久しぶり、レイちゃん。どう?楽しんでる?」


そんな声が背後から聞こえてくる。

どこかで聞いた声のような気がして、振り返るとそこにはあの自称神様が居た。


「お久しぶりです。神様。ええ、それなりに楽しませていただいております。」

「そっかそっか、それはよかった。」

うんうんと神様は頷く。


「まさか、再会できるとは思っていなかったです」

「これは君の夢だからね。ボクだって出るさ」


そんな幽霊か虫のようにいわなくてもいいのに、と笑う。


「最近はさ、どう過ごしてるの?」


神様がそう言うので、最近の過ごし方をつらつらと語る。


この世に生を受け,親バカな両親に大事にされ、姉のような使用人のアンと本をたくさん読んだこと。まだ読めるのは絵本だけだが、父の書斎にある絵本は全て読み切ってしまい、最近は新しい本をねだるようになったこと。どんどん体が成長するので、子供服もどんどん新しいものになること。母がそれを寂しがってなかなか洋服を処分しないため、クローゼットがいっぱいになっていること。アンが作る焼き菓子が美味しいこと。


そんな日常のなんでもないことを、思い出した順番に語る。話している内容に脈絡なんかないし、ストーリーをつけようと思ってない。昔、息子が学校であったことを語り聞かせてかれた時もこんな話し方だったなとふと思い出す。


神様はひたすら「うん。うん。」と微笑みながら楽しそうに聞いてくれた。


「それで最近は私が号令をかけるようになったんです。いただきますって。晩御飯のとき号令かけながらみんなの顔見るのが好きで。」

「そっか、きっとみんな笑顔なんだろうね」

「はい。それはもう。」


そして大体のことを話しきる。4年も会っていなかったのに、意外と話すことないものですね、とレイシーは神様に笑いかける。


「そんなことないさ。たくさん聴かせてかれてありがとう。じゃあボクは行こうかな。」

「え、本当に話だけ聞きにきたんです?」

「そうだよ?だめかな。」

「ダメじゃないですけど。暇なんですか」

暇とは失礼だな、と呆れたように笑い神様は続ける。


「だって、君はボクが初めて転生させた子なんだ。行く末が気になったっていいだろ?じゃあまた話聞かせて。その時は色恋沙汰もあると嬉しいな」


ええ〜私勉強したいからきっとそんなのないですよ、とレイシーが肩をすくめて答えると「そうかな〜」とニヤニヤ笑いながら去ってゆく。神様なのに俗っぽいところもあるんだなと感じた。


そしてレイシーの4歳の誕生日は終わった。



「奥様、お嬢様。おはようございます。朝ですよ。美味しい朝食ご用意していますよ。」


アンの声が聞こえる。


ああ、朝か。


目だけをうっすら開けて、目の前にいる母を見つめる。

4歳になってもレイシーは母にくっついて寝ていた。まだ4歳でしょと母は言っていたし、昨夜は寒かったので一緒に寝れるのは好都合だと思ったからだ。


おかげで今もすっごくあったかい。最高。なんか夢も見たし。


微睡の中頭を動かしてそんなことを考えていたが、ベッドの暖かさに勝てず二度寝しようとした。


「アン〜あと10分まってぇ〜」

母は抗議していたが、奥様は出立の時間よろしいのですかと言われると跳ね起き、えっそんな時間!?と慌ててベッドから出て行ってしまった。


「……アン。今日母様仕事ある日なの?」

「いいえ」


しれっとアンが答えたので、やっぱり今日はお休みの日だったらしい。

母様かわいそうに、南無三。


ベッドにも冷たい空気が入ってきたし、私も起きるか。


そうしてレイシーも体を起こす。新しい1日の始まりだった。



アンに手伝ってもらいながら着替え、朝食の席に着く。すでに身支度を整えた母が着席しており、レイシーと一緒に食堂へ入ってきたアンへ冷たい目線を送っていた。アンはまたしても素知らぬふりをしていた。


レイシーが自分の席につくと、母が咳払いしたのちに切り出した。


「突然だけどレイちゃん。幼稚舎行きたくない?」

「ようちちゃ?」

あっ噛んだ。


母はにっこりと笑い、教えてくれた。


幼稚舎とは、各学園に通う13歳になる年までに入る機関のことで、ここで一般的な知識を身につけるそうだ。


なるほど、小学校みたいなものかな。

レイシーは、かつて孫たちに買い与えたランドセルのことを思い出す。



「「「「おばーちゃん、ありがとう!」」」」

「どういたしまして。みんな好きな色買えた?」

「うんっ!わたしは赤!」

「おばーちゃん!あのね、あたしね、水色にしたの。ね、ね、見て!かわいい?」

「うちは茶色。みてばあちゃん、おねえさんみたいでしょ」

「ぼ、ぼくは黒。一番普通なのがいいかなって」


同じ時期に入学する4人の孫たちに一斉に買い与えたため、なかなかに出費がかさんだものだな、なんて思っているうちに各々が好きな物を買えたようで背負ってみせに来てくれた。


あら、綺麗な赤ね。水色も素敵、よく似合っててかわいいわよ。茶色なんてあるのね、チョコレートみたいな落ち着いた色でいいわね。黒は普通なんて言うけど、あなたが持つと輝いているように見えるわ。


そんなことを言ったような気がする。内容はあまり覚えてい。とにかく孫たちがかわいくて仕方がなかったのだ。この笑顔を見るだけでお金を出した価値におつりがくるという物。こちらも思わず笑顔になる。


「ほら、じーじにもみせてあげて。きっと喜ぶわよ。」

「「「「はーい!」」」」

「じゃあじーじのところいこっ!」

「うん、じーじにもかわいいっていってもらお!」

きゃっきゃと孫たちが旦那の方に向かっていく。


「すみません。全員分一度に買ってもらっちゃって。いいお値段でしたよね。」

子供たちがいなくなるのを見計らって、長男のお嫁さんがそう申し訳なさそうにする。

「あら、良いのよ。あの子たち好きな物買えたんでしょ?」

「はい、楽しそうに選んでました。」

「じゃあ誰がお金出したかなんて些細な問題じゃない。お金は大事よ、あなたたちのお金はあの子たちの将来のために残しておきなさい。あとね、ちゃんとあの人からも仰せつかっていたのだから、私が出さないと怒られちゃうわ。ねーあなた、そうよね」

旦那の方にこえをかけると、そうだぞー!この子たちの好きな物買えばいい!じいちゃんが出してやる!と声が返ってきた。

長男のお嫁さんは困ったように、ありがとうございます、大事に使わせますと言って頭をぺこりと下げ、子供たちの元に向かった。


そんな事もあった。



「という事なんだけど、興味があるなら今から行きましょうか」

過去の思い出に浸っていると突如母からそう声がかかった。


やばい、あんまり話聞いてなかった。

でも幼稚舎の話だよね。興味があるならって言ってるし、ここはうなずいとこう。


「うん、行きたい!」

「じゃあ行きましょうか。幼稚舎受験学校に!」


えっ受験?


一緒に食卓を囲んでいるアンがソーセージをパリッと噛み切る音が食堂に響いた。

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