かくして人生は始まる
私は春に産声を上げた。
両親から与えられた名はレイシー。
この時、「
◆
前世の記憶を引き継いだといえ、体は赤ん坊。初めの1年はもうひたすらに眠たかったしお腹が空いていた。母と父らしき影が何かを語りかけているのは分かったが、意味はまだ理解できなかった。
赤ん坊の見ている世界はこんななのか。
微睡みの中、なるほどなーと感心した次の瞬間には、母の腕の中で眠った。
◆
この世界もどうやら四季の巡りはあるようで、生まれてから2回目の春がきた。
なにはともあれ、言葉が分からない事にはどうしようもない。
というわけで、2年目は言語を学ぶことにした。
なんとなくだけど母が語り掛けてくる言葉の意味が分かるようになってきたのが楽しかった。まずは聞こえた音をそのまま繰り返す。何かの音を発した時、父と母が大はしゃぎしていたので、きっとこの音が「父」と「母」なのだろう。
なるほど、言語はこう学習するものだったか。
2年目はこうして両親にたくさん言葉をかけてもらい、言葉を学んだ。
◆
そして生まれてから3回目の春がきた。私は3歳になった。だんだん話せる言葉が増えてゆき、分かったことがある。
この両親。すっごい親バカだ。
わかる。わかるとも。あの神様が言っていたことには子宝に恵まれず、星に願うほどなのだ。自分も子供を産んだことがあるからわかる。その気持ちは想像に難くない。
とはいえ。とはいえだ。
「レイちゃ〜ん?ほら、くまさんでちゅよ〜!あらぁ〜可愛いねぇ〜!レイちゃんは天使だったのかにゃ〜!?」
「あなた……その言葉遣いやめてくださいな………。確かに私たちのレイは天使ですけど。ほら見て、レースの服がよく似合うわ。あと10着は買っておきましょう。複写魔法師も10人呼ばなければ。」
両親はこの調子なのだ。
たくさん話して言葉を覚えなければ。はじめはそんな考えで拙いながらもなるべくたくさん両親と話すように努めていたが、だんだん嗜めるために言葉を使うようになっていった。
仕事帰りで疲れているにもかかわらず、嬉々としてレイシーに洋服をあてがっている母を見て言う。
「かあさま、あたしそんなにおようふくいらないわよ。すぐにきれなくなってしまうのに。なににそんなにつかうの。」
「分かってないわね~。あなたに着せれば私が楽しいのよ!ほら、この色もいいんじゃないかしら。」
「りかいはできるけれど、そういうことじゃないのよ。」
確かに自分の息子たちにいろんな服を着せたなぁ、かわいかったのよねぇ、と過去に思いを馳せつつ頬に手を当てはーとため息ひとつ。
次に、同じく仕事着である紳士服のままぬいぐるみを抱える父に向かう。
「とおさま、くまさんこれでなんにんだと思っているの?」
「おや?レイちゃんはうさちゃんのほうが良かったかな?もちろんあるよ。ほら、うさちゃんににゃんこだ!」
「くまさんがいやというわけではなくてね。もったいないでしょうこんなに。こんどはなまえどうしようかしら……。」
同じくはー、とため息をふたつ。
「あら、レイちゃん。そんなにため息をついては幸せが逃げてしまうわよ?」
「幸せが逃げる!?それはダメだ。ほらレイちゃん、いま吐いたため息をすうんだ!ほら、すーっ!」
「かあさま、とおさま。うるさい。」
毎日こんな調子だった。
娘の幸せを願ってくれる、良い両親だとは思うんだけどね……。
ちらちらと横に立つ使用人姿の女性に目配せすると、すかさず助け舟を出してくれた。
「ほら、奥様。旦那様。そんなに詰め寄ってはレイシー様疲れちゃいますよ。お嬢様、絵本はいかがですか?」
「そうね、アン。よんでくれる?」
「はいっ!このアンにお任せください!」
事前にこの家は裕福だとは聞いていたが、使用人までいるのに気づいた時には驚いた。
使用人は何人か居るが、その中で一番若いのがこのアンという女性。
母と父が仕事中でレイシーが独りぼっちになるのを心配し、レイシー付きにしてくれた使用人さんだそうだ。レイシーにとってはもう姉のような存在。
「じゃあアン、いきましょ!」
そう言ってアンの手をぐいぐいと引き、図書館のような父の書斎に向かった。
そんなレイシーのこと見て母と父はなにやらつぶやくが、その言葉は届かない。
「あの子、たまに達観したようなこと言うのよねぇ……」
「まぁそれもあの子の個性なんだろうな」
「こう、かあさま~~!って甘えてくれてもいいのだけど。むしろ私はそれを望んでるわ。」
「いつかきてくれるさ。とりあえず仕事着のままなのもね。着替えようか。」
「……そうね。」
◆
1年はあっという間に過ぎ4回目の春の夜、4歳の誕生日が来た。少しづつ背も伸び、出来ることも増え、かつて母が10着も買っていた大量の服も着れなくなっていった。
すこしづつ文字が読めるようになってからは、よく一人で読書を楽しむようになった。アンが読み聞かせをしてくれることは減ったが、それでも一緒に書斎に赴きそばに控えレイシーが読めない言葉、汲めない意味を教えてくれる。
この日もアンと、アンに用意してもらったマドレーヌと甘いミルクティーを手に、父の書斎で読書を楽しんでいた。父は父で何か書き物をしている。お互い相手のことを気にしているようで気にしていない、気持ちの良い沈黙が続いていた。
その日読んでいたのは冒険譚で、もう少しで1章読み切るところで父から声がかかった。
「レイちゃん、そろそろ晩御飯の時間だって。」
「ええ~今すごくいいところなのに。もうちょっとだけ!もうちょっとだけ待って!」
「う~ん、でも今すぐ来てって母様言ってるよ。待たせていいのかな~」
「……はぁい。」
何度か読書に没頭したまま食卓に着かなかった時、母から雷を落とされたことがあったのを思い出し、いそいそと本に栞を挟んで元の場所に戻す。
タイミングを見計らっていたのか、父が手を差し出してくれた。
「じゃあ行こうか。お姫様。」
「それ恥ずかしいからやめてよ、父様」
「アン、その食器片づけておいてくれる?」
「承知いたしました、旦那様。後ほど私もそちらに向かいます。ではお姫様、後ほど!」
「アンまでのらなくていいの!」
レイシーはそんな文句を言いながら、食堂に向かった。
◆
「「誕生日おめでとう!レイシー!!」」
両親の祝福の言葉を皮切りに、同じく食堂に集まった使用人全員も口々に「おめでとうございます、お嬢様」と声をかけてくれる。
いつもはランプの光で煌々と照らされている食堂はこの日、お誕生日仕様になっていた。部屋は蝋燭の光で柔らかく照らされ、部屋にはいつもはない花々が飾られている。
毎年誰かの誕生日はお祝いしているけど、私の時だけなんかやたら豪華じゃない?そこまでしなくてもいいのに。ほんのり申し訳ない気持ちになりながらもみんなの祝福を無駄にしないよう、笑顔を顔に浮かべる。
「ありがとう母様、父様。みんなもありがとう。へへ、4歳になりました。」
「本当に、早いわね。もう4年も経っちゃったの?もう少しゆっくり大きくなってくれてもいいのよ」と母が。「もう一人前の淑女だねぇ」と父がしみじみと言う。
「そんな事言ったって、子供の成長は早いものでしょ」
「ま~!そんな知ったように!」
くすくすと母が笑う。
「とりあえず、母様。父様。ごはんいただこうよ。おなかすいちゃった。」
「そうだね、あったかいうちに食べようか。じゃあみんな席について。」
父のその声かけで初めて使用人たちは食卓につく。
「じゃあレイちゃん、掛け声お願い。」
「うん!ではみんな、両手を合わせて!せーのっ」
「「「いただきます!」」」
◆
レイシーがこの家に生まれるまで、『頂きます』と『ご馳走様』の掛け声はなかったらしい。
レイシーが3歳になった頃、言葉らしい言葉を発せるようになった時のことだ。ごはんを食べるたびに「いただきます」、たべおわると「ごちそうさま」というので、ある日母が尋ねた。
内心しまった、いつもの癖がと思いつつも何とか「絵本で読んだ」とか舌足らずな声で適当な言い訳をしたレイシー。母は「幼い子って何でも吸収するのねぇ」などと感心していた。その話を聞いた父は、「晩ごはんの時何か合図あるのいいじゃないか。みんなで食事している感じが出るんじゃない?」と言ったらしい。「あと僕もレイシーの『いただきます』と『ごちそうさま』聞きたい。」
そんな会話の後、全員が集まる晩御飯の時間はレイシーの掛け声で夕食の時間の始まりと終わりが告げられるようになった。
麗は幼い頃、あまりにお腹が空いたので「いただきます」を言わず食事に手を付けたことがあった。それを見た父からすごい勢いで頭を叩かれ、「ばかもん。お前が飯を食えるのはここまで育ててくれた農家の方や、ごはん作ってくれた母さんがいるからだろ。それが分かるまで飯は抜きだ。」と怒られたことがあり、翌日の晩御飯までごはん抜きになったことがあった。
叩かれる痛さ、あまりの空腹が嫌でそれ以降わかったふりをして毎日言うよう心がけていた言葉。大人になっていくにつれ、言葉の真意を理解してからはより大事にしてきた言葉でもある。
何でもないそんな花岡 麗の思い出と習慣が、レイシーになっても引き継がれ、家族にも引き継がれ。
自分の中で幽霊になってしまった「花岡 麗」がよみがえった気がして。
今生も、大事にしよう。
4歳になったレイシーはそう思いながら、家族との食事を楽しんだ。
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