天寿を全うした私。異世界のお嬢様学校で楽しいセカンドライフを送ります!

つじ みやび

ものがたりの始まり

20XX年、12月。しんしんと雪が降る日。

私の体から力が抜けていく。

ひ孫たちの声が聞こえる。何か言っているようだけど、もうあまり聞こえない。


泣いているかしら。そうだとしたら泣き止んでね。私はあなたたちにあえて幸せよ。きっとこれからも幸せな人生を生きて頂戴ね。


何とか涙を掬ってあげようとするけれど、もう腕が上がらない。

ああ、眠い。



享年92。


私、花岡 麗はなおか れいはこの世にお別れを告げた。



雪は降りやんで、雲間から光が差し込んでいた。



「はぁ~い。お疲れ様でしたぁ~。じゃあこっちの方来てくださいな~」


気が付くとそこは暗闇だった。

自分の姿も見えないほどの暗闇。なのに、今声を発した人物の姿と机は見える。どうやらその人物と机がほんのり発光しているようだ。

何だろうと思いつつ机の方に向かう。


「はいはい……。ハナオカ レイさん?92歳。ほ~長生きだねぇ。大往生ってやつだ」


その人物は机の上にあったバインダーを手に取り、けだるげにそういった。

他人に大往生といわれるといよいよ自分は死んだのだなと実感してしまい、なんだか悲しくなってきた。そっかー、私の人生。これで終わりか。長かったような、まだ続けたかったような。ひ孫たちが成人する姿とか見たかったなぁ。

ちょっと泣きそうになりながらも、人前で泣くわけにはいくまいと涙をこらえる。


「さて君は天寿を全うしたわけだけれども」

「はい」

「もう一回、人生送る気、ある?」


ああ、転生というやつか。ひ孫たちが楽しそうにいせかいてんせいがどうとか言ってたな。


「もちろん、君の子孫とはいっしょに暮せない。でも自分のやり残したことくらい、やっておきたいんじゃない?」


やり残したことか。と、そこで自分の人生を振り返る。


花岡 麗、92歳女性。

何でもないどこにでもあるような家の長女として生まれた、ちょっと強気で姉御肌の女の子。

5人の弟妹たちが後に生まれたが皆病気や戦争で先立ってしまい、20代になるころには自分と妹しか残らなかった。


結婚相手は親の決めた男性。当時はそれが普通だったし、それでいいと思い結婚した。

ひょろっとした頼りなさそうな、どこにでもいる次男坊が婿養子に来た。

自分が家を支えなければ、という使命感を抱きつつ、3人の息子を旦那と共に育て上げた。


息子たちはそれぞれお嫁さんをもらい、彼らなりに幸せな生活を送っていたようだし、嫁姑問題も特になく平和に過ごしていた。

可愛い孫たちも生まれ、旦那と大はしゃぎした。そんな旦那も病気で先だってしまったが自分はしぶとく生き続けた。

そしたらどうだ、ひ孫の顔まで見れた。


93歳になる年のお正月まで、毎年親戚は顔を見せに来てくれたし、静かなお正月を過ごしたことはなく。

なんとも幸せな人生だったと思う。


人生を振り返るといろんないい思い出があったな。思い返しても悔い等ない。そう思い口にした。


「いえ、やり残したことなんかありません。」


「ほんとうに?」


ほんとうに?とはなんだ。私は自分の人生に満足したのだから、それでいいじゃないか。



「言い聞かせてたりしない?」


なんなんだ。確かに人生のどこかで我慢することはあったろうけど、それはみんな一緒でしょ。


「若い子、うらやましいなとか。」


そりゃあるわよ。技術の進歩だってすごかった。世間の目だって変わっていってた。

うらやましくもなるわ。


「そういうの、叶えられるよ?」


そう言われて初めて、なにか心の中にあった壁が壊れたような気がした。


「……したかった。」

「うん。大きな声で言ってごらんよ。」


大きな声でといわれたからには言ってやる。

すぅと息を吸い、大きな声でこういった。


「私だって!!!勉強したかった!!!!」


ああ私息できたんだ。


「私だってね!!いけるものならまだ学校に行きたかったわよ!いいわね孫たちは、女性だからとか言われてる時代もあったけど、私の時代とは大違いじゃない!女性の社会進出?そんなの、私だってしたかった。家を守るのも大事な仕事だって言い聞かせて!本当はもっといろいろ見たかったし経験したかったし学びたかった!!!若い頃に女子校にでも行けたのなら行ってたわよ!でもあの頃はそんなお金なかった!だから!!孫たちには行って欲しいじゃない!!好きに勉強してほしいじゃない!!私ができなかったことできるようにすることで、救われようとしてたのよ!!!」


私だって!!!と息も絶え絶えに叫ぶ。

言った。言ってやったぞ。


死んで初めてこれを言ったところでどうにもならないけどね。

とつい愚痴が溢れる。


「そんなことはないさ」


そう言ってその人物はこちらに近寄り、手を取る。

その人が近寄って来たことで初めて自分の姿を見ることができた。


着古した着物に、素手と素足。見たことのある姿。幼い頃の自分の姿だった。


「ボクは神様だからね。叶えてあげる。君のその願い」

「……え?」

「ふふん、任せてよ」


自信満々にいうと自称神様は私の手を握ったまま何かをぼそぼそとつぶやく。


「……うん……うん、ありがとう。あのね、とある世界で女の子が産まれますようにって星に願いをのせた夫婦がいるんだって。」

「はぁ……?」

「その夫婦はまぁまぁ裕福でね。性格も申し分ない。」

「そ……うですか」

「もちろん君が望むなら勉強だってさせてくれるだろう。」

「えっと……??」

「しかもなんとこの世界、剣と魔法の世界だ。もちろん、女性だって社会で輝ける。」

「……何が言いたいんです?」



「この世界に転生してみない?」



「転生?あ、あの輪廻転生の転生?」

「そう。君の願いに答えて転生してもらうわけだから、願いの根源である記憶はもちろん残しておくよ。今生の記憶を来世に引き継げる。強くてニューゲームってやつだ。……まぁ、世界の法則も何もかも違うから『強くて』とも限らないけど。」


後半の自称神様の言葉はあまり頭に入らなかった。


転生。

解脱という考え方があってなと滔々と語る祖父の話を聞きながら、自分は転生できるならしたいな、と思った幼少期を思い出した。


私は自分の力で生きてみたかった。そのために勉強がしたかった。

それがもし、もしできるのなら。

やってみることができるなら、このチャンスを逃す手はないのでは?


幼き頃の自分が弱々しく声をあげる。

「いいんですか……?」


自称神様が答える。本当に神様なのかも知れない。

「ああ、いいとも。」


母になった自分が声をあげる。

「その世界に転生して、勉強もできて。もう一回人生を送るチャンスがいただけるんですか。」


神様は頷く。

「うん、その通り。」


祖母になった自分が涙声をあげる。

「私。やりたいです。」


ぼんやりとしていた神様の光が強くなってゆき、神様は頷く。

「うん。」


曾祖母になった自分はしわがれた声でうずくまり願う。

「だから、転生させてください。」


ついに天に浮き、私の頭上から神様は声をかける。

「りょーかいっ!」



そして自分の体もまばゆい光に包まれ、人の姿を取っていたはずの私は光の球になった。そして神様の声だけが聞こえる。


「じゃあいっくよ~~!せ~~のっ!」


光の速さで自分がどこかに飛んでいく感覚。

同時に神様はこういった。


「良いセカンドライフを!レイちゃん!楽しんでね!」


ええ、楽しみますとも。ありがとう神様。

声には出せなかったが、そう心で唱えた。

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