46、世界の危機

 ――もう二ヶ月になるのね……。金多くんたちが消えてから。


 とある探索者協会支部の支部長室で、女ボス然とした美女のリンドウは天井を見上げて嘆息した。

 あの日、ダンジョン教徒に襲われた彼らは、リリィが変身した際の魔力波でドローンカメラの電波が妨害され、あの後何が起こったのかは分からなかった。だが勝ったに違いない。ドローンカメラの電波に支障を来すほどの魔力波を起こせた――それほどの〝力〟の持ち主があのような輩に負ける筈などないのである。

 事実あの後駆けつけた探索者がダンジョン教徒を捕らえ、その言動から彼らが彼を打破したことは伝わった。同時に、


 ――おお、神よ、魔王よ……、貴女の誕生に立ち会えたこと、光栄の至りです……。


 良く分からない言動をしていた。が、それはリンドウには分かったのだ。


 ――リリィたんの魔王への覚醒――まだ時間がかかるとは思っていたけれど、存外に速かったわね。……いいえ、まだ? だからこそ彼らは姿を消したのかしら?


 ダンジョン教徒の供述は支離滅裂で的を得ないものも多かったが、どうにか聞き取ったところによれば、彼らはあの後現われた魔法陣によって消えたのだと言った。


 ――転移魔法陣。


 ダンジョンの罠としても報告のあるそれであったが、突如として現われて探索者を呑み込むなど聞いたことはない。ならば――、


 ――いえ、どれも希望的観測に過ぎないわ。誰の意図で何が起こったのか、確信は持てない。……まったく、こんな状況だから希望にも縋りたくなってしまうのね。


 そう思う彼女がニュースを確認すれば、幾つものテロ事件のニュースが。そしてあろうことか、幾つかのダンジョンが占拠までされてしまったと言うニュースまで掲載されていた。


 金多たちとの一件以降、何故か彼らの活動は活発化していた。これまでにもテロを起こすことはあったが、こうも頻繁に、しかも魔変石を使用して探索者を蹴散らし、ダンジョンを占拠するなど前代未聞。探索者協会は高ランクの探索者に討伐依頼――もはや彼らは討伐対象とされていた――をかけてダンジョンを解放しようとするも、Sランク相当のモンスターへとパワーアップし、彼らを討伐できる探索者もいるにはいたが、占拠されたダンジョンを解放するよりも同時多発的に起こされるテロへの対処に追われて手が回らない。ダンジョンの占拠は問題ではあったが、そちらは手を出さなければ仕掛けてくることはないため、どうしても後回しになりがちではあったのである。


 ――どうして彼らが急に活動的になったのか。それは十中八九リリィたんのことがあったからでしょう。何が起こったのかは分からないけれど、彼らにとっては契機になることだった。私としてはまだ魔王への覚醒は為されていないと思うのだけれど、彼らはそうは取らなかった? いいえ、それを見越して行動を起こした?


 リンドウは黙考するが答えが出るはずもない。ダンジョン教徒への対応は後手後手となって――しかし彼らの人員にも限りはあるのである。地道に対応していれば、こちらが盛り返すタイミングが来る。


 そう考えて皆が対応している日々のことであった。


「支部長! たいへんです! ダンジョンからモンスターが!」

「…………なんてこと」


 スタンピード。

 彼らが何をやったのかは分からなかったが、ダンジョンからモンスターが溢れる災害。ダンジョンが顕れてからはじめてとなる危機的状況が、今、引き起こされたのであった。



   ◇◇◇



 探索者協会会長はこれを受けて各支部へ総力戦を通達し、スタンピードを起こしたダンジョンへと高ランク探索者を一斉投入、その他の探索者は溢れだしたモンスターの対処へと駆り出され、事態の沈静化を図った。


 今のところスタンピードを起こしたダンジョンは一つであった。ダンジョン教徒たちは幾つかのダンジョンを占拠し、本命の目くらましを行っていたと考えられた。ダンジョン外でのテロ行為はその上の目くらまし。

 時間を稼いでいたのは向こうの方であったと言うのに、まんまと時間を稼がれて今の事態を引き起こされた。が、


 実際に少なくない犠牲者は出したものの、溢れたモンスターたちは駆逐され、ダンジョン教徒たち、彼らが変じたモンスターたちも順に討伐されていった。このままダンジョン内の異変を調査して順調に事態の解決が図られる筈。

 その様子に探索者協会も国民もホッと胸を撫で下ろす。

 そうした時であった。



   ◇◇◇



『これより人類の選別を開始する。ダンジョンの「憤怒」を思い知れ』


「ッ! あれはまさか!?」


 リンドウは画像でも全身の肌が粟立った。

 このまま事態の収束が期待されていた時、スタンピードを起こしていたダンジョンから再びモンスターの波が現われた。ダンジョン内部には高ランクの探索者が潜っていた筈だ。それが見る影もなく、新たなモンスターの軍勢と……魔王!


 ――「憤怒」の魔王がまさかそちらから出て来るだなんて……。本当ならこちらから攻略して斃そうとしていた相手。だけどまさかダンジョン教を率いているだなんて……。いえ、最近のダンジョン教の動向を見ていれば、予想して当然だったのかも知れないわ……。


 だが予想できる筈もないだろう。


「憤怒」の魔王。

 魔王なる存在。


 ダンジョン協会を含む世界の一部の者たちはその存在を知っていた。ダンジョンとはダンジョンにやって来る者たちの感情エネルギーを摂取して、「魔王」と言う存在を産み出す孵卵器であったのだ。


 魔王とは言え彼らがすべて人類と敵対する、人類の敵であるとは限らない。が、「憤怒」の魔王。少なくとも彼は人類の敵だった。ダンジョンを解放し人類の選別を行おうとしている。それを教えてくれたのは同じ魔王の一角であった。

 その者は愉快犯的なところがあったが、ダンジョンを解放して選別が行われては愉しみも少なくなってしまう。その思いから教えてくれたのだ。ただしそうとは言っても手を貸してくれることはなく、むしろ人類がそのタイムリミットまでに抗う様を見たがっている様子ではあったのだが。……


 そうしてダンジョン協会を筆頭として、世界ではダンジョンを攻略し、その魔王を探しだし、斃すことが目標として掲げられていたのであった。

 リンドウがリリィに目をつけたのもその一環であった。むろん、彼女たち自身が面白いという気持ちもあったのだが――何せ彼女はダンジョンの黒い卵から生まれたのだ。ダンジョンは魔王の孵卵器。ダンジョン自体に意思があるのかは今のところ分かってはいないのだが、今回の「種子」は人間に育てられることを選んでいた。


 ダンジョンは魔王の孵卵器とは言ったが、その「種子」の形は毎回異なる。そしてすべてが「魔王」に成るわけでもないのである。


 人間に育てられた「種子」が「魔王」となって、人間の味方となってもらいたい。リリィにはそうした願いがかけられていたのであった。そして、配信と言う場で悪意が投げかけられる懸念はあったが、それ以上の希望にも期待がかけられていた。


 リリィは順調に成長し、それに釣られて金多も――彼が彼のような人だったからリリィはあのように成長してくれたのだろう。そのまま「魔王」となって「憤怒」の魔王を斃してもらいたい。

 そう思っていたのだったが、


 ――リリィたんたちがいないこの状況で現われるなんて。はやいわ。堪え性のない男は嫌われるわよ?


 そう思って画面を睨み付けるが「憤怒」の魔王が顧みる筈もない。

「憤怒」の魔王はダンジョン教によって外に、地上へと出る〝道〟を整えられてしまっていた。それは着々と行われていたのであったが、ある時を契機に強行軍で押し進められることになったのだ。それは焦ってもいたのだろう。

 明確に人類側に立ちそうな魔王の誕生の兆しを感じ取って。……


 ――本当に、貴女たちはいったい何処へ行ってしまったの? 貴女たちこそが希望なのよ?


 リンドウは画面の「憤怒」の魔王を睨みながら、そう願いをかけていた。

「憤怒」の魔王の出現によって、他のダンジョンからもスタンピードの兆候が見られはじめた。世界は、危機に直面していたのであった。

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