45、リリィ覚醒

 ――クソォ、こんなのじゃあ使うしかないじゃない!


 リリィは心底から憤った。その手には新しく金多からもらった、彼がはじめて斃したDランクモンスタートロールの魔石である。最近ではCランクは当然、Bランクの魔石を主に摂取してきたリリィであったが、この魔石は別腹――もたらす効果が違うのだ。


 ――パパが想いを込めてくれた魔石をまた使わないといけないだなんて。本当に最悪! だけど前みたいな思いをするのはもっと嫌!


 リリィは、本当は使いたくなかったその魔石を、


「はむっ、ごくんっ、――アァアアアッ!」

「リリィ!?」


 雪原の雪が舞い散って、それは彼女を中心として雪華が花開くよう。十代の少女の姿にまで成長していたリリィであったが、その手脚は更に伸び、漆黒の髪も伸び、胸も尻も更に大きく、漆黒の翼を広げ、サキュバスの先がハートマークになった尻尾を伸ばして――、


 ビヂッ、ヂヂヂィッ……


 :は? え? ノイズ!?

 :ちょっ、さらに成長したリリィたんの御姿がぁ!?

 :運営か!? 配信サイトの運営の陰謀か!?

 :探索者協会! 探索者協会ぃッ!

 探索者協会公式:画像の乱れは現地の魔力波の影響であると推測され、担当者は関与していないと明言いたします。

 :濡れ衣被せんなよってことかw

 :いやっ、そうじゃなくって、魔力波って、リリィたんから!? なんかこれもこれでヤベェんだってばよ!


 ブツン


≪不適切な内容を検知しましたのでこのアカウントを一時的に停止します≫


 と、書き込んだ者がいたとかいなかったとか。

 だが実際は、リリィの放つ魔力波にドローンカメラが耐えられなくなったのだ。



   ◇◇◇



 とある支部の支部長室――、

 真っ暗になった画面には彼女の凄惨とも言える美しい貌が映り込んでいた。


 ――嗚呼、ようやくここまで育ったのね。〝ダンジョンの御子〟。良いわ。順調よ。そのまま一気に「魔王」へと駆け上がりなさい。そして、人類を救ってちょうだい……。



   ◇◇◇



「いっ、いったい何が……」


 モンスターリーダーはリリィの変貌に、そして彼女から放散され渦を巻く魔力波に戸惑いを隠せない。部下たちを吸収した魔変石を摂取した今の自分はSランクモンスターにも届きうる。それが何故もこうも気圧されなくてはならぬのか。


 ――今の我が身が畏れるのはダンジョンの神のみ! それが……、!?


 と彼はそこで気付くのだ。


 ――……神? まさか!?


 今のリリィの衣服は破け、キワドイサキュバスの衣装が剥き出しとなっていた。扇情的な肢体で指をくねらせるように伸ばし、モンスターリーダーへと向ける。

 その様はまさに魔を統べる王のよう。


『跪け』

 そう言われれば跪いて悦んで頭を垂れただろう。どうぞ踏んでくださいと。


「リリィ……?」


 と金多が呆然とした声を上げる。が、成長したリリィの肢体を舐めるように眺めると、


 ――ごくり。


 ――ふふっ、パパったらそう言うところ度胸があるのよね。あたし、パパの娘になれてよかったわ。


 リリィは内心でそう独り言ちると、


 ――今はまだこの状態は持たないわ。だから、これで決める!


 リリィは手の平を上にしてモンスターリーダーへと指を向けると、彼女の黒洞の眸が輝いた。それは妖しく怪しく、どこまでも尊大で美しくて――、


魅了チャーム


 ――否、


 態々そのようなことせずとも魅了できよう。だからこれは、


支配ドミネイション


圧搾グラスプ


 バキィイイイイインッ!


「なっ!? ……馬鹿、な……」


 ぐらり、と傾くモンスターリーダーは、異形の姿から元の人の姿へと戻っていた。リリィは、彼の躰の中にあった魔変石のみを砕いたのであった。


「はっ、すっげぇな……」陽香が感嘆し、

「旦那様の妻の座は譲りません……」姫織が破廉恥じみたことを言い、

「ははっ、流石はリリィだ」金多は彼女のことを褒めそやす。


 その姿は圧倒的で、傲然と、まさしくこの場の支配者であった。


「ぐぁっ、そんな、そんな……申し訳ございません、「魔王」様、おお、神よ……」


 以前のダーティナイトの時のように、男は干からびた状態で芋虫のように蠢いていた。だが、彼女を見て思うのだ。


 ――嗚呼、なんと美しい。


 そこで彼は気付くのである。


 ――私は敗れた。だが、そう、これは誕生である! 私が彼女の誕生を促したのだ!


 そう気付いた時、彼の窪んだ瞳からは滂沱と涙が溢れてきた。


 ――然り、然り! これは誕生なり! これは、新たな――、


「ははっ、やったな、リリィ」


 金多はリリィを褒めそやし、成長し、妖艶な美女と化した彼女へと近づいた。姫織も、陽香も。彼女たちも含めてリリィのことを怖がってはいなかった。

 それを見てリリィは実感するのである。


 ――あたし、パパの娘になれて良かった。それに、貴女たちにも逢えて――、


 そして四人が集った。

 その時であった。


 ゴゥン――、


 それはまるで刻を告げる鐘のように。


「ッ、何だ!?」

「これは、魔法陣……」

「これはいけない! はやく退かないと!」

「――大丈夫よ」

『え?』


 金多、姫織、陽香は、リリィの声に疑問符を浮かべると、


 パァア……


 その魔法陣は輝いて、その魔法を紡ぐのだ。


「ダンジョンがあたしたちを認めてくれたのよ。そして必要だからこうなった。ダンジョンが、種子の揺籃があたしたちを招く」


 リリィがそう告げ、輝きを増した魔法陣は弾けていた。

 まばゆい光が散った時、その場にはもう誰もなく。



「おお、神よ、おお、魔王よ……新たに芽生えたのですね」


 ただ、ダンジョン教徒だけが呟いていた……。

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