42、氷川姫織
氷川姫織は所謂良家のお嬢様だった。
由緒ある剣術を伝える大家。そこで育てられた彼女は、一種古くさいと言われる価値観に身を染め、しかし強要されていないのに何故か魔熟成されてあのようになった。特出してなんやかやあったエピソードがあったワケもなく、なるようになった、としか。
彼女は元々氷川流剣術の表伝を学び、ある時に伸び悩んだ。彼女が家で剣術を教えてもらえていたことから、別段剣術は女がやるものではない。そうしたことを言われてきたわけではなかったのである。それがどうしてああなった?
伸び悩んだ彼女はダンジョンへと潜りはじめ、そこで得た魔力で自身が氷川家に伝えられる裏伝に適性があることが分かった。そこから裏伝を学んでめきめきと実力を伸ばした。が、探索者としてBランク止まりとなっていた。
――私はどうしたらもっと強くなれるのでしょうか。
そう思って、自身の動きを見返すために、そして家族からも自分の無事を知るためにと勧められて配信もはじめたのである。その結果は見ての通りであったが――当初は少しは成長した気にもなったが、やはり伸び悩み、そうして金多に出逢って今のようになったのだ――。
ロリサキュバスであるリリィに煽られ乗せられて前破廉恥を行って、やがては自分の意思で金多と結ばれた。正直なことを言えば――と言うか当然のことながらはじめから彼が好きだったワケではない。が、彼と共に過ごすうちに、その時間が心地良くて――彼女の氷が溶け始めたということであった。
それが良かったのか――姫織は徐々に自身の力が増していくのを感じた。
徐々に、徐々に。
金多とリリィが力を持っていくにつられるようにして。
そうして、彼女は成ったのであった。
◇◇◇
チ、チ、チ、
姫織が象る氷が擦れ合って音を立てた。
雪原地帯である20階層。そこに現われるBランクモンスターである氷大蛇に、以前の姫織は阻まれた。それは相性もあっただろう。氷で出来た大蛇に姫織が氷をぶつけても斃せず――それは以前のアイスダーティナイトの時と同様だ――、氷を使った剣術でも、以前の姫織の技量では断てなかったのだ。だが、
――イけますね。
破廉恥を葬った姫織はそれを確信した。
「GI、O、O……、」
氷大蛇はBランクモンスターであるとされる。だが限りなくAに近いBランクであって、尚且つここは奴の力を増し、躰となる氷雪に覆われた地帯なのだ。環境、そして相性。姫織にとって不利なのは間違いがない。
だが、
彼女の研ぎ澄まされた冷気は氷を支配し、まるで鱗のようになったそれらが擦れ合って千々に音を立てていた。鱗のように重なった氷は彼女の刀を覆っていた。それは言わば蛇腹剣。氷の鱗で形成されたそれは長大し、目前の氷大蛇とは皮肉にも雌雄を決する不倶戴天の蛇のよう。
「行きます」
「ああ、行っちまえ」
「頑張れ姫織」
「さぁ、開けっぴろげになるのよ!」
陽香、金多、――リリィはいつものよう。この階層を越えるに当たって姫織はここは自分がやりたいと彼らに言っていた。そして陽香がOKを出したのである。
「GIOOOOOッ!」
鎌首をもたげた長大な氷大蛇に、
氷川流剣術裏伝〝
「覇ァあッ!」
姫織が雪原を蹴って飛び出した。
「GIAAAッ!」
氷大蛇はその巨大な口から氷柱を吐き出した。丁度、姫織の〝氷柱舞い〟のような具合だ。
「シァアッ!」
姫織こそ蛇のような声を上げ、氷で出来た蛇腹剣で氷柱を撃ち堕とす。氷の飛沫が舞い、キラキラと散乱反射が場を際立たせる。
キィンッ、ギィンッ!
氷大蛇が氷柱を打ち出せば蛇腹剣で砕かれ、そのまま氷大蛇の本体を狙うのだ。以前であれば冷気を纏わせた刀で打ち払って、〝氷燕〟を飛ばしたがそれで氷大蛇 相手も氷で出来ていれば吸収されて歯が立たなかった。だからといって〝氷鉄砲〟も同じ。そもそも撃つための溜めも許してはもらえなかったのだ。それが、
氷で出来た蛇腹剣は蜷局を巻き、氷大蛇へと氷柱を弾きながら襲いかかった。
「GIAAッ!」
氷大蛇はその大蛇の巨体をくねらせて弾こうとする。それにお互いに氷なのである。お互いに砕けようとも、氷大蛇の躰はすぐに飛び散った氷、そして足場の雪原の雪をもとにして再生されるのだ。が、
「GIAAッ!?」
氷の蛇腹剣に砕かれた氷を取り込むことは出来なかった。
――支配権を奪えない。
お互いに氷使いであるのなら、より〝強い〟方がその支配権を獲得しよう。今、その支配力は姫織が制し、砕かれた氷の飛沫は蛇腹剣に吸収され、より凶悪に、より重厚に。
「GIIIIッ!」
氷大蛇はすぐさま足下の氷雪を吸収しはじめた。が、自分のものであった氷を支配するよりも、そして雪から氷へと固めるためにはより多くの魔力を必要とするのである。
が、
「GIIAAAAAーーーッ!」
己の身を削りゆく姫織の氷の蛇腹剣――〝氷戦刃〟に、なりふり構ってはいられないと、魔力を廻してその速度、硬度を上げにかかった。
氷大蛇が纏う氷の密度は分厚くなって、それはあたかも姫織の〝氷戦刃〟にも似通っていた。氷の鎧を纏った氷大蛇がその巨体をくねらせる。
「本気になったと言うことですか。しかしはじめからそうするべきでしたね」
姫織の言葉に氷の蛇腹剣が鎌首をもたげ、氷大蛇に巻き付きはじめた。
「GIAAAッ!?」
「覇ァあああッ!」
姫織が魔力を廻して、蛇腹剣は氷大蛇の巨体を締め上げ、
「GIIIIッ!」
氷大蛇ものたうち、叫びながら魔力を廻した。
これは氷遣い同士の力比べ。
氷大蛇は氷の鎧を硬く分厚くし、姫織は蛇腹剣を鋭く強く巻き付ける。
ギ、ギ、ギ……
軋ッ、ピシィッ……
それはどちらの悲鳴だったのか。
両者氷の蛇は、
破ギィいいいーーーッ!
氷大蛇の巨体が砕かれ、黒い煙となってザァっと消えてゆく。姫織の蛇腹剣は勝利を謳うようにその身をうねらせる。
「……勝った」
その言葉はポツリと雫のように。
「勝ちましたッ! あいつにッ!」
姫織は思わず拳を握って声を上げ、そこに金多たちが祝福の声を上げて駆けつける。コメント欄も祝福の言葉が乱舞して、皆、姫織が壁を越えた目撃者となったのであった。
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