29、VSトロール
:これは酷いw
:これは愉悦w
:陽香ズブートキャンプ実践編だ!
「GUMOOOOOッ!」
野太い叫びを上げるのはぶくぶくとした緑の巨体である。
三メートルに届くのではないのかと思わせる巨躯で、どたどたと重たげな巨体を揺らしてやって来ていた。手には無骨な木の棍棒を持って、オークはまだ武器を持っていればいけるのではないかと思えたが、分厚い脂肪にその巨体。武器を持っていても臆してしまう威圧感がそこにはあった。
「なんでお前らトロールなんて引き連れて戻ってくるんだよ……」
元の場所に戻して来なさい!
でもついて来ちゃったんだもん……。
――それで許されるとお思いか?
「「や(ヤ)れば出来(デキ)るっ!」」
「そこでハモるんじゃねぇっ!」
仲良しか。なか×しではない。念のため。いや、リリィは怪しいかも知れぬ。だが、そう冗談を飛ばしたところで走り寄ってくる巨体が消えるわけではないのである。
「「大丈夫大丈夫」」
――だからそこでハモんじゃねぇっての!
叫びたくなるような気持ちを押し殺して、金多は剣を構えた。
「GUMOOOッ!」
リリィと陽香が金多で別れるようにして駆け抜け、丸太のような棍棒を振り上げたトロールが金多に打ちかかった。
そのままリリィたちを追い掛けることなく振るわれた大質量の攻撃を、金多は颯爽と躱してトロールへと剣を滑らせた。
だが分厚い皮と脂肪に覆われていては深くは切り込めぬ。更には、
「チッ、聞いたとおりに再生力が高いな……」
あれ? ぼく何かやっちゃいました? とばかりに切りつけた筈の皮膚は元通りとなっていた。オークよりも大きな巨体にその再生能力。流石はDランクモンスターであったが、
「GUMOO?」
まさしく、
あれ、ぼく何かやっちゃいました?
キョトンとした様子で飛びすさった金多を見つけられずにキョロキョロとしていた。
頭が悪いのだ。
巨体に膂力も再生能力も脅威であったが、小回りが利かずに頭も悪い。たしかにDランクモンスターではあったが、Dランク止まりのモンスターでもあったのだ。
とは言え常人には脅威に違いない。そして、それは下位の探検者にとってもだ。
「この肉の壁を越えて、再生能力も超える攻撃をしないと駄目ってことか……『身体強化』!」
金多の四肢に力が漲り、全能感――にはまだ足りない、万能感で己を発奮させる。
「おぉおッ!」
金多は、持ちうる限りのスピードで剣を振るった。
ビュォオオ、とこれまでにはなかったスピードで剣が風を切り裂きトロールの肌に傷をつけてゆく。
:ひゅー、パパタイムだぜぇ!
:がぁーんばれ、がぁーんばれっ(ブリーフ一枚で腹の肉を揺らしながら)
:う゛ぉえッ!
:なんでそんなやる気をそぐようなことをw
:そらトロール側なんやろw
:すげぇ納得したw
「おぉッ!」
「GUMOOOOッ!」
巫山戯たコメント欄を読む暇があろう筈もない。
『身体強化』を上げた金多の剣戟は先ほどよりも明らかに深くトロールの肌を傷つけ、鈍いトロールと言えども鬱陶しく、
「GUMOOOOッ!」
怒りの感情を昂ぶらせていればようやく効いていることが見て取れた。
だが、
――くっ、まだまだ浅いし、致命傷まではほど遠い。だけど!
「GUMOOOッ!」
トロールが怒りに任せた薙払いを使った。
――今ッ!
金多はそれを飛び上がって避けると、転がりながらトロールのアキレス腱を狙った。
バツンッ!
強力なゴムが切れた音がして、トロールは前のめりに倒れ込んだ。
「おぉおッ!」
流石のトロールでもダウンし、アキレス腱という大きな腱を切られては即座の再生も難しい。金多は直ぐさまトロールの背中を駆け上がると、
「
トロールの頸椎へと剣を突き立てた。そのまま、
腰から躰を回転させ、トロールの首を掻き切った。
ザァアアア……
トロールの首から大量の黒い煙が吹き出して、そのまま巨躯も消えてDランクの魔石だけが残った。
「うぉおおおおおーーーーッ! やったぞーッ!」
金多の、魂からの雄叫びであった。
:やっぱりパパの戦いは泥臭いから良い
:無双じゃないけどこの頑張れば斃せる感
:俺らも頑張れるんだなぁって。明日ハロワ行こ
:パパ効果SUGEEE!
:ふぅ、パパの泥臭い戦いからしか得られない栄養があるわ
:パパペロペロ
:いい話だったのにw
:このチャンネルには男女問わずにヘンタイが常駐してるからw
:いや、女か? なんとなくオネエみたいな……
:それ以上はイケナイw
と、コメント欄が祝福?の言葉を投げかけている前で、
「よっと」
金多ははじめて斃したDランクモンスターの魔石を拾うと、「リリィ」跪いて目線を合わせると、その小さな手を取って乗せたのだ。
「前の魔石、とっておこうとしてたのに使わせて悪かったな。代わりと言うか、Dランクモンスターをはじめて斃した魔石を貰ってくれないか?」
「……………………」
「リリィ?」
返事がない。だから金多は顔を上げて彼女の顔を見た。
「――え?」
見れば、可愛らしいリリィたんのお顔は、
「ははっ、顔、真っ赤だな」
「パパの馬鹿ぁあッ! そう言うのは言っちゃ駄目ぇっ!」
「ぐぉうっ!?」
パァン! と。
金多の頬に小さな紅葉が張られてしまった。
「ははっ、可愛いとこあるんじゃねぇか、リリィたん」
「おばさんは五月蠅いの!」
「照れ隠しのガキに言われても可愛いだけだからなー」
「旦那様から……狡い……」
真っ赤なリリィを揶揄う陽香に、それを羨ましそうに見詰める姫織。
:こんな娘が欲しかった(泣)
:こんな妻が欲しかった(泣)
:こんな旦那が欲しかった(泣)
:こんな家族が欲しかった(泣)
:ちょっ、ガチすぎるだろお前らw ……ぐすっ(泣)
:ヘンタイの目にも涙
何故かほっこり家族配信となってしまい、陽香を追い掛けるリリィの手には、大事そうに金多から貰った魔石が握られているのであった。
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