28、進撃の金多一家

「セイッ、やぁあッ!」

「ギャウンッ!」「ギャアアッ!」


 ヌけるような青い空。どこまでも続くような草原で、金多はウルフ相手に剣を振っていた。首を刎ねられたウルフたちは黒い煙となって、後にはコロリと魔石が残される。

 ウルフはEランクモンスターである。ゴブリンなどよりも明らかに俊敏で、凶悪な牙や爪を持つ。オークほどのパワーや頑強性は持たないが、Eランクと言われて納得の出来るモンスターだ。


 ――もうウルフくらいならば問題ないな。まさか俺がここまで来れるとはな。


 支部長が期待するのだからこの程度で感慨深く思っていてはならないが、金多本人としてはそうなのだ。そして、


「はいよ、リリィ」

「うん、ありがとうパパー♪ あーんっ」


 可愛らしい雛鳥のように口を開けて魔石を食べさせてもらうのは、モンスターの卵から生まれ金多のテイムモンスターとなったロリサキュバスのリリィである。黒髪ショートカットで可愛らしいくりくりとした黒目がちの瞳の美幼女だったが、


「レロレロレロレロ……」

「なんでこっちを見ながら舐めまくってる?」

「ガリボリィッ!」

「ぎゃああっ!?」


 思わず悲鳴を上げちゃったのはなんでだろう?

 金多、負けるな!


「ふふっ、パパに食べさせて貰えるのはクセになるわね。なんか、貢がせてる感じ?」


 ――こいつ、悪いことを覚えやがった……。


 幼女らしからぬ媚妖女の笑みを浮かべる彼女の今日の服装は、衣服の上部だけを留めて臍が出るようになったブラウスとホットパンツ。そしてブーツ。サキュバスの羽とお尻から生えた先がハートマークのサキュバス尻尾を器用に動かして、金多へと挑発的な視線を向けていた。


 リリィの服装は増えていた。だが金多の装備はくたびれた装備のままである。パパあるある。最近は以前より稼げているので、そろそろ買っても良いのだが、少なくともこの三階層の草原エリアでは今の装備でも問題はないため、もう少し金を貯めてから良い装備を買おうと画策していたのである。――ようやくスパチャ申請が通って収入にも期待が持てそうだし! 流石にその先は装備を替えねば心許ない。


「やはりこれならばもう先へ進んで良さそうですね、旦那様」

「ああ、そうだな」


 妻面した『氷侍クールプリンセス』こと氷川姫織も当然のことながらいた。金多も、もはや旦那様呼びをツッコみはしないのだ。

 姫カットの腰まで届く黒髪のクールビューティー。まるで大正時代の学生服のような黒い袴姿で、黒い鞘に青の氷華の意匠が施された日本刀を佩く。

 ノット破廉恥さんであったが、今は眼鏡の奥の切れ長の瞳も心なしか和らいでいる。


 ――なんか、こいつ丸くなってだんだん可愛らしくもなってきてるんだよな。


 金多がぼんやりと思って眺めていれば。


「破廉恥はいけませんよ。めっ」


 と、胸元を掻き抱きながら頬を染めて。


 ――ヤベェ、煽り破廉恥ハンパねぇわ……。


 控え目に言ってむらっと来ました。


「はっ、お前らは相変わらずだな。流石のオレも疎外感を感じるぜ」

「それならあんたもパパとスれば良いんじゃない? おば……お姉ちゃん。痛い痛い」


 ガッと目にも留まらぬ速さでリリィの頭を掴み上げたのはAランク探検者の朝比奈陽香。

 明るい髪のショートカットの彼女は見るからに快闊そうで――今は眉間に皺を寄せていたのだが。ヤンキーっぽい――、猫っぽいクリクリとした琥珀色の瞳も眇められ  ヤンキーっぽい。やはり面倒見が良いのもそっちの関係? ――今の彼女はそのたわわを胸当てのうちに押し込めて、手甲に金属の脚絆つきのブーツを履く。


 彼女もちゃっかりと金多パーティに合流していたのである。支部長のオネガイはまだ継続中であったらしい。――いつブートキャンプが終わったと錯覚していた? あれは陽香ズブートキャンプの中で最弱、基礎体力、基礎技能編だぞ?

と。


 リリィがちょくちょく危うい弄りをするのは、戦闘法が似通っていたからなのか――「フン、分かれば良いんだよ、分かれば」


 パッと手を離せば小柄なリリィの躰が落ちていた。

 下手をすれば不適切案件だ。


≪不適切な内容を検知しましたのでこのアカウントを一時的に停止します≫


 トラウマものの文言である。


 :不適切な内容を検知しましたのでこのアカウントを一時的に停止します

 :不適切な内容を検知しましたのでこのアカウントを一時的に停止します

 :不適切な内容を検知しましたのでこのアカウントを一時的に停止します


「止めろぉおッ!」


 むろん、この探索も配信していた。金ちゃん涙目。

 ちなみに最近の姫織のチャンネルは更新されていない。登録者数10万人越え配信探索者。


 陽香はコラボとして配信していた。登録者数60万人越え配信探索者。

 ガチ恋勢がいる配信者であれば、男である金多とのコラボには燃え上がるものであったが、幸いと言うべきか陽香のリスナーはガチ恋勢ではなく、


 :流石は姉御

 :姉御、エロジャリの躾、お疲れ様ッス!


 リスナーと言うか舎弟?


「くぅ、この腕力ゴリラ……「あぁん?」ぴぃっ!」

「…………なんか、リリィって陽香のこと苦手なのか? リリィもAランクモンスターを圧倒出来るくらい強いだろ?」

「そうなんだけど、なんて言うか、お姉ちゃんに逆らえない感じ? でもちょっかいはかけたい」

「お、おぅ……なんかすげぇ懐いてるな……」


 と金多がそう言えば、


「ふっ、フンっ、別に嬉しくねーし」

「あっ、お姉ちゃん照れてるー?」

「照れてねぇよ、このクソガキが!」

「えー、前はリリィたんって呼んでくれてたのにー」

「うっせ」


 :おやおやぁ、これは

 :尊っ!

 :目がぁ! 目がぁあ! 尊みの光で浄化されるぅうっ!

 :これだから姉御はたまんねぇぜ!


「お前らもうるせぇからな!」


 :きゃー

 :わー


 ――仲良いなぁ。うちのキモキモリスナーたちとは大違いだ。


 思わず遠い目になってしまう金多パパである。


「ま、この様子ならこのまま行けそうだからまずは三階層を越えてみようか。オレもいるし、問題はないだろ」

「ああ!」


 陽香に言われ、金多は自信を持って歩みを進めるのである。



   ◇◇◇



「ここが、四階層か……」

「おぅ、フィールドとしてはあんまり三階層とは変わんねぇけど、チラッとDランクモンスターが出るようになってるぞ」

「Dランクモンスター……ゴクリ」

「何を緊張してんだよ、Dランク探索者になったんだろうに」


 陽香が呆れた様子を見せるが、Dランク探索者だからといってDランクモンスターに余裕を持てるワケでも単騎で戦えるワケでもないのである。Fランクは別として、Eランクからは基本的にはパーティ単位での戦闘を想定していた。だからこそ、かつての金多はEランク探索者であってもEランクモンスターのオークに逃げの一択だった。


 四階層で出る可能性のあるDランクモンスターとしてはトロールだ。遭遇する確率は低いが、起伏のある草原であるため、丘を越えると急に遭遇することもあり得る。

 金多は身を引き締めるのである。


 尤も、Aランク探索者である陽香に、Bランク探索者である姫織。そしてAランクモンスター相当であるリリィがいるため、この程度の階層ではまだ危険度は低い。が、彼女たちに頼りっぱなしでは先はないと、金多は自戒していたのである。


「ハァアッ!」

「ぎゃぅんッ!」「ギャァアッ!」「ガァアウッ!」


 やはり四階層も三階層と同じくウルフ系のモンスターが目立った。四階層と言えどもFランクモンスターも現われ、ゴブリンやスライム、ホーンラビットと言ったモンスターも飛び出してきた。だが今の金多は危なげなく斃し、


「あぁーんっ、ガリッ、ボリィっ。ふふっ、クセになっちゃったかも♪」

「止めてくれ……」


 手に入れた魔石をリリィたん様の可愛らしいお口に入れて召し上がっていただく貢ぎプレイ。姫プレイの反義語である。

 だが、今までリリィに頼りっぱなしであった分、リリィに返せているような気もして悪くはない。


「俺の方がクセになるのかもな?」

「イケマセンよ旦那様!?」姫織がギョッとしたような顔をして「破廉恥は私に」

「お前の方がイケナイよ!?」


 破廉恥はイケナイが、妻で発散するのは良いらしい破廉恥むっつりちゃんだ。


「ははっ、ほら、やっぱ余裕だったろ?」

「まあそうだけど……」


 と余裕そうな陽香には返すが、やはり一階層、時々二階層で燻っていた自分が四階層とは躊躇ってしまうものなのだ。そして、思っていた以上にやっていける自分自身に対しても驚いてしまう。


「この様子なら5階層に行っても良いとは思うが、今のままの装備だとなぁ……、そろそろ金も貯まって来たんじゃねぇのか? そのクソガキに魔石を食べられてるとはしても。ハッ、金のかかるガキだなぁ」

「え、あたし金食い虫……?」

「いやっ、そんなつもりじゃなくて! お、お前のことだからどうせ『いい女は金がかかるのよ』とか言って返してくれるものだと……」


 しゅんとしたリリィに陽香が慌てたが、


「うっそぴょーんっ。お姉ちゃん慌てすぎー♪」

「このクソガキがぁっ!」

「きゃああー♪」


 :ほっこり

 :ほっこり

 :もっこり

 :おいキモキモリスナーが混じってるぞ!


 これは陽香のチャンネルのコメント欄だ。ちなみに金多のチャンネルでは比率は逆転しているのである。

 と、駆けていった二人はそのまま戻って来た。


「きゃあー、パパ、助けてー♪」

「ちょうど良くいたぞ、やってみろ金ちゃん!」

「――え?」


「GUMOOOOOッ!」


 愉しげな二人の後ろからは、緑のぶくぶくとした巨体が追ってきていた。

 トロール。

 Dランクモンスターであった。


「パパ頑張ってー!」

「お前なら出来る!」

「クソどもがぁあッ!」


 愉悦部に所属している二人であった。

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