27、支部長のオ・ネ・ガ・イ🖤

「見ないうちにイイ感じになってきたじゃない、金多くん」

「ええ、おかげさまで……」


 素直に喜べはしないけれど。


「何かしら? 何か言いたいことでも?」

「いえ、ゼンゼン……」


 陽香とのブートキャンプを終え――ひとまず基礎は良いとして解放されたのだ  支部長が呼んでいると言われて金多は探索者協会支部を訪れていた。


 紅林リンドウ。

 うねる金髪を後ろ頭で結んだ、ボス然とした美女である。唇には紅いルージュが引かれ、目を惹き付けるほどに紅く紅い。胸元が弾け飛びそうなパツパツの紅のスーツに、タイトスカートからはタイツに包まれた艶めかしい脚が伸びる。その隙間に目を向けてしまいそうになるように脚を組んで、金多とは向かいのソファーに座っていたのであった。


「えっと……、支部長が陽香を寄越してくれたんですよね。ありがとうございます」

「いいえ、お礼を言われることではないわ。それでもありがたく思っているのなら、金多くんの躰を一晩貸してくれればいいわ」

「冗談……ですよね?」

「冗談だと思う? ……ふふ」


 チロリ、と唇を舐めるサマはまるで蛇のよう。


 ――やっぱ無理だ。この支部長には俺、勝てねぇよ……。


 そしてリリィ、姫織と関係を持った今の金多には、リンドウがすべて冗談で言っているワケではないこともなんとなく分かったのである。


「まあ、金多くんを貸してもらいたいのは確かなのだけれどね。私、貴方――いえ、貴方たちに期待しているの。ダンジョン攻略について」

「ダンジョン攻略……」


 思ってもみなかった単語に、そしてそれを支部長という立場にある人から言われて思わず生唾を呑んでしまう。

 元々は探索者で食っていけるとは言ってもギリギリであって、成長しない、先の見えない状態から配信者を志した。それでも芽が出ずに埋もれていた自分が、まさか支部長と話せるどころかダンジョン攻略について話を持ちかけられるとは。


「痛い……」自分で頬を抓ってみれば確かに痛かった。

「ふふ、じゃあ舐めてあげようかしら? 金多くんのそういうところ、とっても可愛いと思うわ」

「ご、ご遠慮します……」

「残念ね」


 と、やはり半分以上は冗談とは思えないリンドウが言うには、どうやら彼女はダンジョン攻略に乗り出すパーティを探していたということだ。


 ――だから俺の世話を焼いてくれていたのか。期待されているって……良いものだな。だけど、あれ? リリィをテイムしたことが、そこまで期待されることなのか……?


 疑問は残るがそこまで買ってくれることに悪い気はしない。しかし、


「ありがとうございます。俺も、出来るところまで挑戦はしたいと思っています。だけどまだまだ……」


 そうなのだ。

 確かに買ってもらえるのは嬉しい。そして陽香ズブートキャンプを経て、今までの〝力〟もそれなりに使いこなせるようになってきたと思う。だがその程度なのだ。


 Aランク冒険者である陽香も、出来うる限りの階層で配信は行っているものの、彼女をしてまだまだ攻略とは言えないレベルである。いまだ強くなったとは言え金多はEランク。しかもFランクに毛が生えた程度のEランクなのだ。

『毛!? どこに毛!?』とリリィがいたのなら言っただろう。


 そうしたことは雲の上のSランク探検者に頼むべきだろう。ちなみに雲の上とは言っても死んではいない。念のため。

 それで期待はされてもやります! 出来ます! とは言えたものではないのである。

 それは当然リンドウも思っていたことで、


「分かっているわ。でも、期待して便宜を図っても良いでしょう?」


 それは良い。が、


「なんか、申し訳なく思ってしまいますね……」

「それなら返せるように頑張ってくれれば良いの。ま、ここで答えて欲しいとは思っていないわ。頭の片隅にでも置いて貰えれば良いの。それが見えたときに、一歩を踏み出せるように……ね?」

「は、はい……」


 甘みを含んだ念押しに、金多はやはりこの女性には勝てないと思うのだ。だが、


「…………はい、頑張ってみます」

「ふふ、その意気よ」


 にっこりと微笑むリンドウは魅力的だ。

 彼女のオネガイならばなんでも聞いてしまいそうになってしまう。


 彼女が今回金多を呼んだ理由としては、彼女が手配した陽香のブートキャンプが終わったと言うこともあって、これから再びダンジョン探索に乗り出す彼にこれを言っておきたかったことと、


「それじゃあ金多くん、その一歩目として、貴方はDランク探索者に上げておくから、探索者カードを出してちょうだい」

「ふぇ?」

「ふふっ、可愛らしいわ。だけど今はそっちじゃなくって」


 うふふ、と笑うリンドウはエロティック。


「は、はい、俺がDランク冒険者……」


 夢みたいだ。


「ええ、ここ最近のことでポイントを稼いだし、Eランクのオークは一人で斃せるでしょう? 本当はDランクモンスターを斃した功績も欲しかったけれど、リリィちゃんをテイムしていることを加味してOKにしたわ。まあ、リリィちゃんのみで考えると、Aランクはかたいのだけれどもね」

「そ、そうですか……」

「金多くんとしてのランクを持ちたいのじゃないかしら? 貴方は」

「ッ」


 リンドウに言われて金多はコクリと頷く。


「ありがとうございます」

「お礼を言われるほどのことじゃないわ。むしろランクを低く見積もっているのだもの。だから、さっさとランクを上げちゃってちょうだい」

「はいッ」

「ふふっ、良いお返事」


 ――俺が、Dランクっ。


 金多は思わず噛み締めるように拳を握りしめ、その様子をリンドウは微笑ましそうに見詰め――あっ、舌舐めずりをした。金多は気が付かないのである。


 金多は探索者カードを出し、ランクを更新してもらっている間、リンドウに揶揄われたりなどもしつつ雑談し、新しくなったカードを大事そうに仕舞うと支部長を後にする。


「では、失礼します」




「ええ、頑張ってね、金多くん、いずれは「魔王」を斃せるほどに――」


 リンドウの風に舞う花のような言葉は、今の彼にはまだ届かないのである。

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