22、死闘

 ォオンッ!


 轟音と共にダーティナイトに直撃した。

 もうもうとピンク色の煙が立って、非現実的な色にまるで戦隊ヒーローの演出のようにも思えたが、これは紛れもない現実であって、


「グゥオォオ汚オ……」

「チッ、これは本当に厄介ね……」


 ピシッ、パキィッ……


 ダーティナイトは今やその漆黒の甲冑に氷の外装を纏っていた。リリィの〝サキュバス砲〟が直撃したにも関わらず、表面の氷が割れた程度で済んでいたのである。


「グゥオオオオオッ!」


 ダーティナイト――否、アイスダーティナイトは歓喜の咆哮を上げていた。何せ愛するクールプリンセスが自分に愛を与え、それによって自身は窮地を逃れて強化もなされた。これを愛と言わずに何と言う。

 彼にはもはや理性はない。だが本能で彼女を求め、彼女の魔力と一体になれたこの状況に歓喜していた。

そして、自身が受け入れられたなら、


「グ、ウ、ウ、……」


 ダーティナイトの一部分が盛り上がっていた。目線は姫織に。


「あたしサキュバスだけど燃えないわ。サキュバスだって、好みや美醜もあるんだから!」

「もうあれ、切り落として良いですよね?」


 リリィが吐き捨て姫織がゴミを見る目を向ける。一部の人にはご褒美であったが、


 :え、これ負けるとガチでヤバいやつじゃん……

 :だけどこの世界のモンスターって異世界ラノベみたいに苗床にしたりとかはしないんじゃ……

 :普通はそうだけど、あいつは人間から変化したモンスターだぞ?

 :モンスター姦が見られると聞いて!

 :クソが湧いてるぞ……


 ――ヤバい、これ、マジでヤバい奴なんじゃ……。さっきまではリリィと姫織で押してたけど、これ、もっと戦力がないと……。くそっ、俺がっ、俺に力があればッ!


「グゥオアオオオッ!」


 金多がほぞを噛む前で、アイスダーティナイトは金多に向かって飛び出した。


「ッ! 行かせないんだからッ!」

「旦那様は私が守ります!」

「グゴォオオオッ!」


 リリィが立ち塞がって先ほどのように相手の攻撃を逸らすが、


「くっ、力が増してるし冷気が……、今はこちらが逆にやられるってことね……チィッ!」


 攻撃は受け流せる。だが甲冑の上に纏った氷によって発せられる冷気がリリィの感覚を鈍らせ、尚且つ受け流す度に氷が砕け、飛び散っては鋭利な刃物のようになってリリィに襲いかかるのだ。


「ハァッ! 〝氷燕〟ッ!」


 姫織もリリィを援護して氷の飛礫を放つが、表面の氷が砕けるだけで気を逸らす程度にも効果はない。関節部も氷が鱗のようになって守って、それどころか姫織の氷を吸収して力を増す始末。こうなっては冷気で相手の動きを鈍らせる効果も望めない。


「くっ……、私では迂闊に攻撃出来ません。もっと、私に力があれば……」

「あんたはパパを守っててッ! こいつ、パパを狙えば私たちが庇うしかないことを分かってる!」

「旦那様、こちらに!」

「くそぉ、俺は、弱い……っ」

「今はです。ですから、こちらにっ……」


 :パパ足手まとい

 :これだからテイマーは

 :パパつっかえw

 :いやいやパパが足引っ張るおかげでモンスター姦見れんじゃねw


 三人がピンチであることが拡散されたのだろう。それに惹かれてやってくる者と言えば、質の悪い輩がコメント欄に書き込むようにもなってきた。


「ハァアッ!」

「グゴォオオオッ!」


 リリィが拳を打ちつけるも、表面の氷が砕けることで内部にまで力が伝わらない。アイスダーティナイトは狂喜するように剣を振り回し、打ちつけるリリィの拳は徐々に凍傷、裂傷と凄惨な傷が増えてゆく。


「チィッ」――このぉ、このままじゃジリ貧ね。それに見ている人たちは増えてくれているけれど、明らかに良くないモノも……うっ、気持ち悪い……。


 一瞬、リリィが顔を顰めたとき、アイスダーティナイトはチャンスと見たに違いない。


「グゥオオオオオッ!」

「なっ! 待ちなさい!」


 手にした剣を大きく振り上げると、冷気を纏わせ振り下ろした。


 ギギギギギギッ!


 破滅が音となって溢れだす。

 氷柱を形成しながら奔る氷の波濤が、怒濤として金多たちへ――、


「パパぁッ!」


 その光景を金多はまるでスローモーションのように見ていた。

 姫織が目を見開きつつも金多を逃そうとして、リリィが悲痛な声を上げる。そこで金多は、


「――は?」


 姫織を押して逃していた。


「旦那様ぁあッ!」


 涼やかな美貌を悲痛に染め、悲鳴を上げる姫織の目前で、


 ガシャアアアアッ!


 まるでダンプカーにでも跳ね飛ばされた様子で金多の躰が宙に舞った。

 怒濤の氷の波濤は行き過ぎて、


 ドシャリ、と。


「パパぁああッ!」


 リリィが悲鳴を上げて駆け寄った。


「グゥオオオオオッ!」歓喜としか思えぬ咆哮を上げ、アイスダーティナイトは勝ち誇る。

「パパッ、パパぁッ!」


 リリィが涙を零して金多に縋りよった。

 そして、


「――許せない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。――殺す!」



   ◇◇◇



 金多一行の有り様を、探索者協会支部長の紅林リンドウは自室のタブレットで視聴していた。

 ドローンカメラは倒れた金多に縋って俯くリリィを映し出し、コメント欄は心配する声と嘲笑する声などなどが入り交じって混沌の様相を呈す。


「――ふぅ」


 と彼女は、紅いタイトスカートから伸びるタイツに覆われた艶めかしいおみ足を組んで、支部長室の椅子の背もたれに背を預けて嘆息した。今にも弾けそうな豊かな胸元がますます強調され、ボス然とした美貌は天井を眺めてぽつりと零すのだ。


「これは拙いわね。せっかくの種子がどす黒く染まってしまう。本当、人間の情念は度しがたい。だけど、――ね」


 リンドウは天井を見上げ、


「それでも希望は残っている。その花が咲くことを、私は期待するわ」


 彼女の独白を聞くものはない。


 今、支部では彼らを助けに行くメンバーを必死で集めているのである。ダーティナイトの時点で推定Aランクであったが、アイスダーティナイトはもはや完全にAランク、しかも上位に位置するだろう。そのような相手では生半可な者を送り込んでも返り討ちにされるだけ。近場にいる高ランク探索者と連絡を取って、応援に向かえないか交渉もするのだが、近場にいる高ランク探索者は少なく、尚且つこのような状況で足下を見ようとする者も少なくないのだ。

 そこに、


「支部長! 見つかりました! Aランク探索者の――」

「そう、条件もそれならば良いわ。じゃあ、すくに行ってもらってちょうだい」

「分かりました!」


 慌てた様子で職員が駆けてゆく。


「扠、どうなるかしら?」


 リンドウは再びチャンネルの視聴へと戻るのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る