23、決着

 バッとリリィが手を振ると、そこに在ったのは一つの魔石であった。

 見た目としてはEランクの魔石。

 なんの変哲もない魔石であったが、彼女にとっては意味のある魔石だ。


 ――パパがはじめて斃したオークが落とした魔石。本当はちゃんととっておきたかったけれど、もうそんなことは言っていられないわ!

金多の記念すべき魔石であって、それを金多はリリィにプレゼントしてくれた。本当は宝物として食べずにとっておきたかった。その想いを、リリィは今。


「あむ、ごくんっ」


 噛み砕くことなく呑み込んで、お腹の中でその熱を感じ取った。


「はぁあああ……感じるわ、パパの熱さを!」

「グゥオ……?」


 にっくき金多を潰し、後はもうすでに押している二人を斃すだけ。そう勝ち誇っていたアイスダーティナイトであったが、リリィが発する気配に不穏なものを感じたらしい。

 手にした大剣を構え、迎撃の態勢に移る。

 そして、リリィは、


「あぁあああッ!」

「グゥオッ!?」

「えっ、これはっ!?」


 :ほほぅ、これは良いですな

 :良い……

 :キモキモリスナーたちが悟ってやがるぜw

 :そんな、リリィたんが、ロリのリリィたんがーッ!


 一定数以上の嘆く豚たちがいる前で、リリィは、ロリサキュバスだったリリィたんは、


「成長……した?」


 脱げばぷにっとしたいか腹ボディだった筈の彼女は、――今日の衣装はTシャツにホットパンツだった――成長した豊かな胸にピチピチとTシャツが押し伸ばされ、むっちりと膨らんだ尻にホットパンツが窮屈そうにギチギチと食い込んでいる。伸ばされた翼も大きくなって、先がハートマークになったサキュバスの尻尾もしなやかで強靱に。可愛らしくぷにっとしていた顔は美しさを宿し、凜とした黒洞の瞳は煌煌とした輝きを湛える。

 十代半ばに見える容姿ですでにその圧倒されるほどのセックスポテンシャル。


 モンスターとしての〝力〟だけではなく、元が拗らせ中年男性であったアイスダーティナイトは、本能的にも気圧されてしまうのだ。

 しかしその佇まい、女性である姫織もゴクリと生唾を呑む。


 ッ!


 リリィが疾駆した。洞窟の地面をまるで雲を踏むように。


「グゥオッ!?」


 戸惑うアイスダーティナイトを置き去りに、その懐に潜り込んだ。


「グォッ!」


 だが相手も然る者。直ぐさま甲冑が纏う氷を分厚くし、大剣で彼女を薙ぎ払おうと剣を滑らせる。が、


「りゃあッ!」可愛らしくも成長した声音。振るわれたピンクのリボン状の魔力を纏った細腕。


 ギャリィイイインッ!


 まるで金属同士が衝突したような音を立て、

 火花が散った。


「グウオォオオオッ!」


 ガィインッ! ギンッ、ガァアンッ!


 熾烈な応酬。火花が散り、氷の飛沫が上がって、何度も何度も目まぐるしく、それはあたかも滑車を廻す独楽鼠のように、


「凄い……」


 姫織がポツリと漏らして、画面上のコメント欄も書き込む暇もなく二人の戦いに魅入られる。瞬きのうちに幾合が過ぎたろう。リリィが大剣を打ち上げた刹那、


 バギィイイッ!


 何度も叩かれたことでこれまでよりも大きな氷が大剣から剥がれ落ちた。


「シィッ!」リリィの気勢の乗った一撃。

「ゴォッ!?」


 氷で守られていた筈の大剣は直接の打撃を打ち込まれ、罅が。


「ぜぁあッ!」


 ゴギィイイッ!


 大剣がへし折られ、リリィはそのまま、


「アァアッ!」


 オン――、


 彼女の拳は――アイスダーティナイトに比べれば華奢な少女の握り拳だ。だがそれはまるで刺すように――、蜂の針のように巨体の腹へと突き刺さっていた。

 漆黒の甲冑には罅が広がって、


「これ終わりだと思った? そんなワケないでしょッ!」


 リリィの反対の拳が放たれた!

 ラッシュ。


「サキュサキュサキュサキュ」とばかりにリリィは、猛攻を放って体勢を立て直す暇も、傷を癒やす暇も与えぬのだ。


「サキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュサキュ!」


 サキュバスラッシュ。

 パパの恨みを思い痴れとばかりに拳を握って、想いの限りを叩き込み続けた。


「グォッ、ゴォオッ! ゴッ、ガゴォオオッ!」


 アイスダーティナイトの全身に亀裂が広がって、ボロボロと氷と漆黒の甲冑が剥がれ落ちた。怒濤の拳の勢いに呑まれ、彼は抵抗しようとするが抗えぬ。成長したリリィの拳は甲冑を破り、黒に染まった肉体を引き裂いて、


 :うわ

 :なんだあれ

 :まさか魔変石!?


 露わにされたのは赤黒く脈打ち肉体に食い込んだ一つの石だった。リリィは躊躇わずにその石をつかみ取ると、


 ブチィッ、ミチィッ!


「ゴォアアアアアーーーーッ!」


 :うっわ、グロ……

 :そりゃあ叫ぶわ……

 :そうじゃない、リリィちゃんのリョナがみたいのにー

 :↑こういうの本当に止めての欲しい

 :悦べよ、リリィたんがヤってくれるリョナだぞ?

 :確かにw


 ブチィンッ!


 リリィは黒い肉に食い込んでいた魔変石を容赦なく引き千切った。そして、


 ググ……、バキィインッ!


 その拳で握りしめ、握り潰したのであった。

 キラキラと魔変石の欠片が飛び散って、石は赤黒い脈動を喪ってゆく。


「グゴ、ガァア……」


 彼の纏っていた氷が、甲冑が剥がれ、黒い煙となって消えながら、そこには、


「うぁあ……」


 白目を剥き、カサカサの木乃伊ミイラのように干からびた男が、


 ――当然のことながらリリィは受け止めない。


 カサリと枯れ葉が落ちるように、彼は地面へと横たわった。


「フン、汚ったない」


 パッパッとリリィは手を払った。ここで、アイスダーティナイトとの決着は着いたのであった。



   ◇◇◇



 ――知らない天井だ。


 一度は言ってみたい台詞を金多は言えた。


 ――って、そんな場合じゃなくって、えっと、俺は……あ。


 思い出した。


 ――俺は姫織を庇ってあのモンスターに……俺は生きてるけど、二人は!


「……ん?」


 起き上がろうとすれば感じられるものがあった。

 ソッと布団を捲ってみると、


「すやすや……」

「リリィ……ははっ」


 もはや共にいることが普通になってしまったロリサキュバスのリリィがそこにいた。金多を心配してずっとそうしていたのだろう。金多は愛しさが膨れ上がってそのさらさらな髪を撫でる。その感触が心地良い。

 生きていると思えた。


「ンぅ……パパぁ……?」彼女はむずがりながら、

「ああ、すまん、起こしちまったか」

「ン……パパぁ!」

「うぉお……」


 ギュッとしがみ付かれた。


「パパの馬鹿ぁ、あんなむっつりちゃんなんて庇って……心配したんだからぁ……」

「ごめん……」


 金多の手が優しげにリリィを撫でる。


「許さないんだからぁ、今夜はカラッカラになるまで搾り獲ってやるんだからぁ……」

「お、お手柔らかに頼みます。ほら、俺は病み上がりだからさ」


 と言った金多は気が付くのである。


「あれ? だけど俺、全然痛くないな……」

「そりゃあそうよ、あのエロ支部長が、回復術士を手配してくれて、パパの躰はちゃんと治してもらえてるんだから。なかなか意識が戻らなくて心配したけど……」

「そうなのか、じゃあお礼を言わないとな……って、金とか大丈夫なのか……?」

「ふふっ、そこでお金の心配をするのはパパらしい。まあ、お高いらしいけど、色々と便宜を図って安くするって言ってたし、結納金とか言ってむっつりちゃんが払ってたし」

「ヒュッ」


 金多の喉から変な音が鳴った。


 ――ヤベェ、完っ全に外堀埋められてるよ。それに配信も付けっぱなしだったよなぁ……いったい世間はどんなことに……。


 ようやく意識を取り戻したばかりで冷たい汗が流れてしまう金多である。


「ま、あいつと結婚しようともパパの一番はあたしだしー。娘でテイムモンスターでママで……、そうね、ちゃんと妻になっておいた方が良いのかも。戸籍も職員を『魅了チャーム』して……ふふっ、ふふふふふっ🖤」


 ――あれ? なんかリリィ、ちょっと病み入ってる? もしかしなくてもだが、俺が怪我したから執着が強まったとか……。


「もう、パパは誰にも傷つけさせないんだから……パパを傷つけて良いのはあたしだけ、ねぇーっ、パ・パ🖤」

「………………………」


 無事生還できたワケであったが、それ以上の強大なものを目覚めさせてしまったような気がひしひしと感じられて、あまり生還できた気がしない金多なのであった。


「パパ、だぁーい好きっ、キャハハァっ♪」

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