21、VSダーティナイト

「グォオオオッ!」


 ッ!


 強く地面を蹴ると彼は飛び出してきた。

 冷気によって少々下げられた運動能力を温めて取り戻すように、怒濤の勢いで剣を振り下ろす。


「これは私が凌ぐわ」

「任せます」


 しゅるんっ


 リリィの腕に巻かれたピンクのリボン状の魔力が渦を巻く。振り下ろされた剣の側面に腕を当て禍々しい気配の魔力ごと逸らしたのである。これは、その魔力を纏っていなければこちらがダメージを受けていたほどの禍々しさ。


 :ワザマエ!

 :タツジン!

 :WASSYOI!

 :アイエエエ、忍殺、アイエエエ!


 コメント欄が俄に沸き立つ前で、コメントでは追えないほどの攻防が繰り広げられる。


「グゥオオオオオッ!」

「キャハッ、おーにさんこーちらー♪」


 ヂャリンッ、ヂョリンッ!


 腕で剣の腹を逸らしているものが、まるで金属同士の摩擦ような火花が飛び音がする。


「………………」――思うところがないワケではないですが、今はそれどころではありませんね。


 同じような言葉であしらわれ〝分からせ〟られてしまった姫織としては何も思わないことが難しい。が、


「フッ、そこっ」


 氷川流剣術裏伝〝氷燕〟。

 姫織が振るった刀の先から氷の飛礫が飛び出し、ダーティナイトの意識を逸らし、リリィの援護を行ってゆく。


 氷川流剣術は純粋な剣術として道場を開いていたが、その家には裏伝として伝えられる特殊な剣術が存在していた。つまりは魔法に基づいた剣術だ。

 ダンジョンが現われるまでは『ご先祖様もそうした時期があったのだな……』と、まるでぼくの考えた最強の剣術のような裏伝を生温かい目で見ていたのだったが、ダンジョンが顕れ、魔法やスキルの存在が確認されたことで、『嘘、まさかうちのご先祖様って……』と、それが魔法かは知らないが、特殊能力者がいたことを否定できなくなった。他にも「雪女」なる存在にある当主が惚れたなどという言い伝えもあって、裏伝も強く学び直された。


 姫居はまだ氷川流剣術免許皆伝の実力ではなかったが、裏伝の適性が誰よりもあった。彼女はそれを熱心に学び、より高みに至るためにダンジョンへと潜っていたのである。


「グゥオオオッ!」

「行かせないわ。イっても良いけれど♪」


 動きの起点や関節を狙って飛ぶ〝氷燕〟に、流石にクールプリンセスたんからのご褒美だとはダーティナイトでも笑えなくなってきた。そしてその崩れた分だけ天秤はリリィへと傾いて、


「ハァアアアッ!」

「グゥオアアアアッ!」


 ロリな可愛らしい声だったが、腕に巻かれたピンクのリボン状の魔力が回転する腕がダーティナイトの腹へと突き刺さった。ビキミシ……。鎧が砕かれる音を響かせて、ダーティナイトはその巨体をくの字に曲げ、浮き上がったのである。


 :FWOOOOOーーーッ!

 :小っちゃい子が巨体をカチ上げる、良いよね……

 :はぁ、栄養摂取、栄養摂取、ペロペロ……

 :やだぁ、ヘンタイがいっぱい湧いてるよぉ……

 :いやお前ら、確かに押してるけどまだまだ油断は出来ないからな?


 コメント欄が俄に沸き立ち、しかし金多は、


 ――すげぇ、やっぱりリリィはすげぇよ。だけど俺は……。


「もういっちょぉ!」


 リリィは小さくとも凶器な拳を握りしめると、もう一発ダーティナイトの腹にブチ込もうとする。突っ込まれれば気持ち良くなって逝っちゃうような拳を。


「グゥオオオオオッ!」

「むっ」


 ダーティナイトは気持ち良くされてなるものかと言わんばかりに咆哮を上げると、禍々しい魔力を吹き上げて距離をとったではないか。そのまま砕かれた鎧がぐぢゅぐぢゅと肉が盛り上がるようにして治ってゆく。


「再生能力も強力、と。じゃあ、これはどうかしら?」


 距離をとられたことで選択肢が増えたのはダーティナイトだけではなかった。

 リリィはその黒洞の瞳を妖しく輝かせると、


「『魅了チャーム』」

「グッ、オォオッ!」

「ま、流石に抵抗レジストはするわよね。だけどこれだけでも致命的なデバフなんだから!」


 ぼくを魅了して良いのはクールプリンセスだけなんだから!

 とでも言わんばかりにダーティナイトは抗っていたのだが、


「氷川流剣術裏伝〝氷鉄砲〟」


 ン! と。


 密かに魔力を練って溜めていた姫織が、氷の大砲を撃ち放っていた。

 この技は溜めが必要であって、尚且つ隙も大きい。相手が動きを封じられたここぞと言うときに放つ技であって、姫織はそれをすかさず撃ち放ったのだった。


「ゴォオオ汚オッ!」


 ダーティナイトの腹から巨大な氷柱が突き抜けた。

 紅い血が飛び散り血華咲く。

 凄惨ながらも美しいとも思えた。が、


「やったか!?」

「パパそれ駄目」

「あ……」

「もーっ、パパったら小者っぽいんだからぁ♪」

「うっせぇやい」


 自分を不甲斐なく思っていた金多であったが、そんな駄目なところもしょうがないなぁ、と許してくれるような口調で言われては、自分がどうであっても認められているようで、そして思わず甘えたくなってしまうような感覚で、


 :くんくん、匂うよ匂うよぉ、駄目男製造機の匂いだ

 :すげぇ嗅覚だなw

 :もーっ、駄目なんだからぁ、ってリリィちゃんに呆れられながら愛されながら叱られたい人生だった……

 :それな(血涙)

 :いやいやそっちじゃなくって! あいつ変だぞ!


 まともなリスナーと余裕で見ているリスナー、どちらが多いのか。


「グォオオオッ!(こっ、これは、クールプリンセスの魔力! おおっ、おいちいおいちい! そうか、これが殺し愛って言う奴だな。ぼくはクールプリンセスの愛を受け取ったッ!)」

「とても不愉快で、そして不気味な気配です」


 言葉は通じないし、ダーティナイトも実際は意味のある思考はしていない。だが、確かに気色の悪い歓喜は受け取れた。


「ッ!」リリィが目を見開いて距離を置いて、


 姫織は感覚的にしくじったことを悟っていた。

 普通ならば――たとえイレギュラーがあったとしてもこれで死んでいなくてはおかしい。が、妄執的にクールプリンセスを求め、そしてその歪んだ想いを核として魔変石が発動したモンスターであったなら。



 ――渇望していた彼女に貫かれ、

 ――その痛みは絶頂に似て、

 ――渇望は泥飲を可能にして、


 ズズッ、ずっ、ぐびり、ゴクリ……


 ダーティナイトの腹を突き抜けて生えていた氷柱が、呑み干すような音と共にダーティナイトに吸収されてゆく。


「くっ、これはっ! 〝サキュバス砲〟ッ!」


 リリィは咄嗟に両手の平を上下に重ねると、指を開くようにして魔力砲を打ち出した。その形はまるで竜の口にも似ていた――。


 :ド●オーラっ!?

 :なつい……

 :いやサキュバスがド●オーラを打てるって……

 :やべぇ、サキュバスの危険度が跳ね上がったw

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