20、ダーティナイト襲来
「嘘だッ! クールプリンセスがお前の奥さんだなんてぼくは信じないぞ。何故ならばクールプリンセスはぼくの奥さんなんだから!」
:え、何々?
:うわヤベェやつ出てきた
:うーん、あの容姿はまるで自分を見ているようですねぇ
「……えっと、誰……?」
現れて来たのはとてもふくよかな体型をした中年だった。でっぷりとした腹に脂ぎった肌。髪もボサボサで目が血走っていてあまりにも危ない。その上に不似合いな高級そうな鎧を装備して、その手にもこれまた高級そうな剣を持っていた。
その彼が口角泡を吹いて叫ぶのだ。
「クールプリンセスの旦那様だ!」
「そうなのか?」金多は恐る恐る、
「いいえ、知らない人ですね。あと不愉快で不潔な人です」
残念ながら破廉恥とは言ってもらえなかった。
「そんなっ! ぼくがコメントすればいいねをして返してくれたし、画面越しにぼくとよく目が合っていたじゃないか」
「「うわぁ……」」金多とリリィの声が重なった。
ついでにコメント欄も。
今まで炎上していた筈だったが、一気に汚水によって鎮火させられたもよう。或いは爆風消火とも言った。
「気持ち悪いので斬って良いですか?」とクールプリンセスが。
どうぞどうぞと言いたかったが、
「流石にそれは……」
と、金多が戸惑っていれば、
「くそぉ、お前なんかが、お前なんかが出て来なければぁ!」
「ッ!?」
それにまず身構えたのはリリィであった。
「パパ! それにむっつりちゃんも! あたしの後ろにいて!」
「何を……」
「…………ッ!」
金多はただただ戸惑ったままで、姫織は悔しそうに唇を噛みながら言われた通りにする。その前で彼は何やら赤黒く脈動する石を取り出すとそれを「使って」いたのだった。
「くふふ、これで邪魔者を殺せるし、クールプリンセスもぼくのものだ……」
不気味な笑みを浮かべる彼の手で、赤黒い石は脈動を増して、
「――え?」
その声は金多のものであって、と同時に彼のものでもあった。
「ぐっ、あぁあああああッ!」
「ちょっ、何が起こってるんだ!?」
「魔変石……」
「って、なんだよリリィ」
「旦那様、もう少し勉強された方が良いかと。……魔変石とは、ご禁制の品、つまりは破廉恥です」
「お前取り合えず破廉恥言いたいだけだろ」
「………………」
「イチャイチャするなぁあッ! おぐぅうッ!」
苦しみながらも中年男性は咆哮を上げた。魂の咆哮であった。
「まあ、魔変石って言うのは、見ての通り、使用者を魔に変える石よ」
「は?」
「へ?」
リリィの言葉には金多だけではなく中年男性までも疑問符を上げてしまう。
「なっ、これは、ステータスアップの石だって……ぐぅうッ!」
「違うわ」
呻き声を上げる男にリリィは淡々と。
「――それは、」
人をモンスターに変える石よ。
「は?」
「嘘、だぁあッ、ぐっ、アっ、グウォオオオオッ!」
リリィの言葉に呆気にとられる金多の前で、中年男性は人間とは思えぬ咆哮を上げた。たるんだ腹やボサボサの髪は黒い甲冑のようなモノに覆われ――否、それはまさしく鎧であった。
まるでオークのように膨れた躰は漆黒の鎧に覆われ、見るだけで威圧感を覚えさせる。ぼさぼさだった髪は禍々しい形状の兜に覆われて、鬣のように思える意匠が施されている。
その手には長大な大剣が握られ、
「グォッ、グゥオォオオオッ!」
「マジ、かよ……、マジでモンスターになっちまったのかよ!」
:え、CGとかじゃないんだよな……?
:通報しました通報しました
:魔変石って聞いたことあったけど、こんな……
:元の姿よりもモンスターの姿の方がメッチャイケてるの草生えるw
:それは否定しないが草生やしてる場合じゃねぇだろ、逃げてくれリリィたん!
:リリィたん一択w
:ナイトの風上にも置けぬ男、今、真のナイトが馳せ参じますぞクールプリンセスぅッ!
:それでモンスターがもう一匹増えるんですね、分かります
愕然とする金多に、コメント欄の速度も加速する。
リリィは拳を握りしめ、油断なく相手を見据える。姫織も刀を構え、冷気を纏わせて研ぎ澄ませる。金多も、引きそうになる脚を踏み止め、剣を構えていた――。
「パパ、ぶっちゃけこいつかなり強いから、あたしの後ろにいて欲しい」
「旦那様は私が守ります」
「ぐっ、そう……だよな……」
――情けねぇ……。
前に出る二人の背中に思ってしまう。だが、
「だけど危ない時は下がってくれ。二人が逃げるくらいの時間は稼いでみせるから」
「………………」
「………………」
「どうした?」
「うぅん、今夜はどうしようかなーって」
「ええ、私も婚前交渉はイケナイとか言ってはいられないと思いました」
「ホントにどうした!?」
:おやおやこれは
:俺たちの戦いは今夜だ!
:これは死亡フラグか生存フラグか!
:ここで生存しても死亡っぽいんだがw
:しかしこれはクールプリンセスはまだ処女と言うことで……しかし生き残ってしまうとががががが……
:せんせー、ここでモンスター化しかけているナイトがいまーす!
「グォオオオオオッ!(イチャイチャするんじゃないっ!)」
今、はっきりとモンスターの声が聞こえた気がした。
奴は重たげな躰で一歩を踏み出す。
二メートルを超える体躯はオーク、と言うよりは、金多はまだ逢ったことはなかったがオーガのように見受けられた。剣を握る手に力を込めれば、ぶわりと禍々しい魔力が噴き荒れる。
ダーティナイト。
それがのちのち彼に付けられた名であって、他に類を見ないモンスターであったために推定とはなるのだが、Aランクに位置付けられることとなる。
魔変石は人をモンスターへと変ずる。が、使えば強力なモンスターに変わるという代物ではなく、その人の資質に依った。今回魔変石を使用した中年男性は、慾望が強く、そして歪みながらもその想いは強かった。だからこそ、これほどまでの禍々しく強力なモンスターへと変じたのであった。
「ま、パパはそこで腕でも組んで後方父親面をしておけば良いわ」
「私はサポートに回りましょう。その方が確実です」
「ちゃんと身の程を弁えているのは良い心がけよ」
「今は、と注釈がつきますが」
「ふふっ、それを含めて、ね!」
ひゅるる……
リリィの腕にピンクのリボン状の魔力が巻き付いてゆく。以前姫居の〝氷柱舞い〟をやり過ごしたそれに、姫織は内心忸怩たる思いを抱くが、今はその場合ではない。眼鏡の奥の切れ長の瞳を鋭くさせ、腰を落とし気味にして冷気を放散させてゆく。
洞窟内の気温が薄らと霜が降りるまでに低下していた。
「グゥオオオ……(クールプリンセスの冷気! 今、ぼくはクールプリンセスに包まれている!)」
「とても不愉快な気配ですね……」
「うわぁ……、M同士本当は相性が良かったんじゃない?」
「冗談でも御免です」
モンスターと成った彼に理性らしきものは存在しない。言葉を発することも出来ず、ただ、人であった頃の想いも混ぜた本能の怪物だ。
見合い、そしてその均衡は破られる――。
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