19、動き出す悪意

 ――許せない許せない許せない。クールプリンセスはぼくのお嫁さんだったのに。


 ドロリとした想いが渦を描く。

 彼は推せる配信探索者がいないか探している時に、偶然彼女を見つけた。


『なんて、綺麗なんだ……』


 まるで大正時代の学生服のような袴姿で、冷気を纏わせた日本刀を手にモンスターたちを悉く切り伏せる。


 舞い散る氷の欠片。

 振り下ろされる澄んだ剣閃。

 長い黒髪をなびかせる彼女はまるで踊るようで。


 それに彼女はどうやら破廉恥が嫌いであったらしい。配信をしているというのに媚びる素振りも見せず、その立ち居振る舞いに魅せられた者たちが視聴者として増え、破廉恥が嫌いと言うことから男の影はないのだと意気を上げた。

 そうして形成されたのがユニコーンならぬナイトであった。ユニコーンであって、尚且つ彼女を破廉恥から守る騎士として彼らは酔い痴れた。


 彼もそうした男の一人であって、しかし、


『あっ、目が合った。そうだよね、ぼくらは相思相愛なんだ。ふふふ……』


 配信中のカメラ目線を、彼女が自分を見てくれているとした。いいや、それは独りよがりな思い込みなんかじゃあないんだ。だってクールプリンセスはぼくがした書き込みにしっかりと「いいね!」を押してくれたんだし。他にも押してるのはあるけれど、他の奴らへのものとは違ってしっかりとした熱い想いが感じられるんだ。クールプリンセスなのにね、ふふふ……。


 ドロドロとした想いを練って熱く焦がし、彼女が逢いに来てくれる刻を待っていた。

 それなのに!


「なんだよ、あの金多って奴は! ぼくのお嫁さんに近づきやがって! それに小っちゃいサキュバスも! あいつ、自分じゃ勝てないからってテイムモンスターをけしかけるなんて、なんて最低な奴なんだ!」


 とBランクがEランクに襲いかかったことを棚に上げて仰られます。

 そして彼は決意するのである。


「粛正してやる……それでぼくのお嫁さんを取り戻すんだ……」


 彼は知っていた。

 クールプリンセスが金多とリリィと共にダンジョンへと潜っていることを。彼らはなんら隠すことなく三人で、まるで仲睦まじい家族のようにしてダンジョンを探索していた。その目撃情報が多数寄せられていたのである。


 金多のアカウントは現在停止中であって、クールプリンセスの配信は滞っていた。彼女は元々配信者をしたくて活動していたのではなく、ただ勧められ、自分の動きの確認にもなると思って配信していたに過ぎないのだ。それでも三人の探索は配信に載せるべきではないと、自分の配信にはそぐわないと判断して配信は行っていなかった。それでも目撃情報が多数上げられるのがネット社会というものだ。

 それを知って彼は憤っていたのであった。


「だけどあいつは……テイムモンスターはクールプリンセスよりも強い……」


 それならばどうしたら良いものか。

 そうして考えた彼は、


「ふふっ、そうだ、あの手があったじゃないか。頭が良くて頑張り屋のぼくはこんな手も使えるんだ。ママにもお小遣いを貰って……ふふっ、ふふふふふっ……」


 不気味な笑い声が響く。



   ◇◇◇



「どぉーもぉー、金多のダンジョンチャンネルでぇー……「そんなつまらないコールは良いからセックスバキュン!しよう!」」


 冴えない風貌の青年がドローンカメラの前で言おうとすれば、いつも通りの可愛らしいロリサキュバスのリリィが割り込んで来た。が、問題の単語が発せられた時には上からピストル音が被せられていた。


 :え?

 :どしたん?

 :KISEI、KISEIですか!?


「あー……、」金多はその心あたりに安心すると同時に申し訳なくもなるのである。

「えっと、じゃあ、先に発表してしまいますね」

「ちょっと待った」


 :w

 :w

 :パパ、いったんタイムでw


 コメント欄が草を増やしまくる前で、


「だからぁ、パパは普通にしてれば良いの。パパのそんなのなんて誰も求めてないんだから」リリィの駄目だしが入ってきた。


 しかしそれは画面の前の皆も同じであったようで、コメント欄では「人気はリリィたんが稼いでくれるからパパは自然体で行こ」「むしろその方が助かる」「はげどう」と、リリィのダメ出しを擁護し、金多は腕を組んで俯き、まるで漫画の9コマ全てが顔で埋まるような逡巡を見せ、


「分かった、んじゃあこれで良いかよ」

「おっけ♪」


 :そうそう、パパは取り繕わない方が良いんだから

 :そうそう、取り繕うとマイナスだから


「クソがッ!」


 と言ったらなんだかスッキリとした。クソだけに?


 :汚ったねぇなw

 :でもいい顔してる

 :そりゃああれだけデカいの出せたらw

 :汚ったねぇなw


「あー、んじゃあ、発表するんだけど、」と金多は開き直って、「このたびこの俺赤鐘金多とリリィは、探索者協会の専属配信者となりました。その御陰で、さっきのように危うい単語が出た際や、危ういことになりそうだった場合にはフォローが入ります。それで、間に合わなかった場合は手動でのアカウント停止云々を判断できるような契約で、これまでのようにすぐに垢BANになることはないと! ……期待しています」


 :自信なさげで草ぁ!

 :まぁ、まずはおめ、で良いのか?

 :いやいやまずはそのまえにチャンネル名の適正化だろ

 :それな!

 :このチャンネルの正しい名称はリリィチャンネル、或いはパパとリリィチャンネルです


「違ぇから! このチャンネルは金多「とリリィ」のダンジョンチャンネルだから! ってリリィお前絶妙なところに入れてきたな。むしろ凄いな」

「ふふん、でしょー♪」

「いや褒めてねぇんだけど」

「もー、パパは照れ屋なんだからー」とリリィは金多に抱きつく。


 :こんな娘が欲しかった……

 :おい金多、そこ代われ!

 :チャンネル名もう金多いらなくね?

 :確かに!


「テメェらぁ……」


 グギギ、と金多が歯を噛み締めれば、


「ところで、私はいつ紹介してくれるのでしょうか旦那様」


 と姫織が割り込んで来た。


 :え?

 :は?

 :旦、那、様……?

 :緊急招集緊急招集! ナイト全軍に告ぐ! 敵はダンジョンにあり、敵はダンジョンにあり

 :まあ間違ってはいないけどw

 :いや、ガチ? ヤバいんじゃ……?


「おっ、おま……っ」

「何か?」


 と言うクールプリンセスこと氷川姫織はしれっとしていた。なんら悪びれることもない。引かぬ媚びぬ省みぬゥ! そこにシビれる憧れるゥ!


「いやっ、ちょっ、これ、洒落にならなっ……」


 コメント欄炎上中。

 コメント欄炎上中。


 確かに探索者協会のフォローは入るようになっていたが、初っ端から爆発物を投げ込まれては対処のしようがない。今日のフォロー担当は白目を剥いているに違いないのである。

 金多は、これは消化せねばならぬと必死で弁明した。が、


「破廉恥を禁止する前にちゃんと破廉恥を知れと……」


 :それ寝取りでよくみるシチュぅ!

 :あがががが

 :あばばばばばば

 :あばばばばばばばばばばば

 :脳破壊というか電流流したw?


「お前はちょっと黙っててくれるかなぁ!?」

「はい、……旦那様に命令されてしまいました(ポッ)」

「おまっ、更にキャラ拗らせてんじゃねぇか!」

「きゃー、これってDVー?」

「リリィもちょっと黙ってようか」


 ワチャワチャとしても炎上は止まらない。やがてダンジョン内部のそこに到達しようとする者も現われて――、



「嘘だッ!」


 そんな声が、洞窟の壁に反響するのであった。

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