18、三階層探索

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……し、死ぬかと思った……」

「大丈夫よパパ、あなたは死なないわ。だってあたしが守るもの」

「その原因を作った奴が何を言ってるのかなぁ!?」

「ナニをイってる? もうパパったらぁ、夜まで我慢できないの?」


 ――頭ン中サキュバスかよ……。あ、サキュバスだったわ。


「は、破廉恥です……はっ、それならば破廉恥なことを出来ないくらいに搾り出せば……!?」

「そこも良いこと思いついたみたいな顔をしてんじゃねぇよ!」


 このMっつりちゃんが!


「ま、でもこれくらいならパパでも楽勝でしょー?」

「決して楽勝ではなかったがな」


 何回死ねたと思っているものか。或いは精子に群がられる卵子の気持ちが分かったとも言うか。

 ただ、強くなれたとも思いはするのだが。


 ダンジョンというものが現われてから、そこを探索する者たちは身体能力の上昇と特殊な能力の獲得が認められるようになった。ある者は魔法を使い、またある者はスキルを使えるようにも。それはダンジョン内に満ちる魔力の影響であって、モンスターを斃した際にはより質が良く量も多く得られることも分かってきている。


 そのため強くなるためにはモンスターを数多く、そして強いモンスターを斃す必要があるのである。逆説的に言えば、モンスターを数多く、そして強いモンスターを斃せば強くなれる。尤も、人それぞれに適正と成長速度もあるのだが。


 そして金多は最近の活動によって、自分自身でも強くなったことが感じられるほどに手応えを覚えていたのだった。

 こんな鬼畜プレイを乗り越えられるくらいには。


 ――だけど俺は必死だったけれどこいつらは涼しい顔してんだよなぁ……。


「どうしたのパパ、もしかしてムラムラしちゃった?」

「破廉恥はイケマセン。ですから妻である私が発散してあげましょう」


 破廉恥は女性にとってイケナイ。妻は夫を支えるもの。だから夫の破廉恥は妻が解消する。見事な論理構造に思えた。ただし偏った内容と偏った内容が魔合体してご都合主義になっていることをにさえ目を瞑れば。


 ――どうしてだろう、女性を守るという対面でこいつらにメリットしかないのは……。


 ザ・Mっつり。


「ダンジョンでそんなことをするわけにはいかないだろ?」

「まさか貴方に正論で諭されるとは思ってもいませんでした」

「俺もな!」

「もーっ、二人でイチャイチャしないのー!」

「してない」

「そんな、お似合いの夫婦だなんて……」


 どうしよう、やっぱりMとは無敵のMだったに違いないのである。


「良いから、先に進もう、この先に俺を連れてってくれるんだろ?」


 男として情けない言葉だとは思うけれど。

 あ、姫織的思考がうつっちゃった。


「うん、イこイこー」

「はい、お任せください旦那様」

「はは……」


 金多は乾いた笑みで二人と共にダンジョンを進むのである。



   ◇◇◇



 結論から言えばダンジョン探索は順調であった。

 先ほどの大コウモリの襲来のように、金多にスパルタが課されることにさえ目を瞑れば。そして本当に危ない時には助けてくれるのである。二人は三階層に入ってもまだまだ余裕そうに思えた。

 それも無理もない。何せBランク探索者様とその彼女に容易く勝ったロリサキュバス様であったから。


 三階層は一気に開けて草原エリアとなっていた。


「ダンジョンって不思議だよな」

「じゃあ、対抗して生命の神秘を感じてみるぅ?」

「止めろ、下腹部を撫でながら物欲しそうな目で指を咥えながら言うんじゃない」

「キャハハ、パパ説明口調~♪」

「仲が良いですね」

「何せ娘だから」

「ママだったのでは?」

「ある時は娘、ある時はママ、しかしてその実体は!」とリリィはぺったんこな胸を張る。


 ――なんかチョイスが古い気がするんだよなぁ……、まあ、ネットサーフィンしてればそうもなるか……?


 リリィたん、今日もかわいーネ。ナンチャッテ。

 とか言うような人に繋がってないことを願うばかりなのだ。


 ――ちょっと確認しておいた方が良いか? パパとして――じゃなくって飼い主? 主として!


 妙な不安を抱かせられつつ、二人と共に草原フィールドを進めば、


「ウォウッ!」

「ウォフッ!」

「ウルフか、Eランクモンスター……」

「そだねー。じゃあパパ、イってみようか」

「ああ!」


 ウルフもオークと同じくEランクモンスターであった。体長2メートルを超える狼であれば、もはや見た目からして危険が危ない。

 剣を構える。


「グルルル……」

「ゴルルル……」


 牙を剥き出しにする肉食動物は恐ろしい。鼻面に皺を寄せた黄色い眼光などお漏らしをしてしまいそう。実際運動能力と言う点では、人間は飼い猫ですら牙や爪を持った相手には生身では難しい。が、金多は曲がりなりにも探索者なのだ。

 そして、オークに怯えて進めなかった以前とは違うのだ。


「こい犬ころ、切り捨ててやるよ!」

「「グァアアアッ!」」

「おぉおッ!」


 金多は襲いかかってきたウルフたちの動きを見極め、その攻撃をやり過ごして、


「はぁッ!」


 一匹のウルフの首が切り落とされた。


「ガゥッ、ギャゥウッ!」


 残ったもう一匹もその勢いのままに剣を切り上げて、


 ズバンッ!


 金多の剣は確かに安物ではあったが、最近のレベルアップで魔力を流し、強度、切れ味を上げていた。ウルフの首ならば――気を張ってやらねばならないのだが――、こうして一太刀で切り捨てられるほどにはなったのである。


「ふふっ、これくらいはやってもらないと」

「流石は旦那様の剣です」

「ねぇ、今のは破廉恥じゃないの?」

「………………」


 パーティの雰囲気も良い(?)のであった。



   ◇◇◇



「ふふふん♪ 順調順調。ガリッ、ボリッ、ボリッ……」


 リリィの上機嫌な魔石を噛み砕く音が鳴る。

 金多から貢がれるEランク魔石を、リリィは容赦なく噛み砕き摂取していた。


「ってか、よく食うな、リリィ。やっぱりまだまだお腹空いてるのか?」

「――ごっくん、んぁ♪」


 ――おい、今なんでお口の中が空っぽだってこと見せた? 答えなくていいからなっ!


 金多が頬をヒクつかせていれば、


「うん、あたしはまだまだ生まれたばかりで、魔力が足りていないの。だからまだまだお腹が空いて空いて……ペロ」


 ――そこでどうして俺の股間を見て舌舐めずりをしながら言う? マジで頭ン中サキュバスじゃねぇか。あ、サキュバスだったわ。


「…………それならばこれ、食べますか?」


 そんな二人のやり取りに、姫居が魔石を取り出してきた。

 それは見るからにすごく、大きくて……、


「なんか、すげぇ力がありそうだけど、これって……」

「Bランクの魔石です」

「うぉお、これが……だけど良いのか?」

「はい、リリィの力が増せば旦那様の力も増す。それならば私が差し出さない理由はありません」


「姫織……」――まさかこの子悪い男に騙されるタイプ? 貢いじゃう系か?

「何かよろしくない気配を感じるのですが……」

「いやっ、気のせい、気のせいだと思うな、ウン。そ、それで、良いのか?」

「はい」

「じゃ、じゃあ、リリィ、もらっておけよ、ははは」

「もーっ、パパったら挙動不審すぎ。娘として、ママとして恥ずかしいわ。だ・け・ど、娘からのプレゼントだから、ありがたく味わっていただくわ♪ れろっ、ぬるぅっ……」


「破廉恥です!」

「流石、舐める勉強になりますね……」

「なぁ、今俺とお前の台詞逆だったんじゃね?」

「………………、破廉恥です!」

「お前のキャラがだんだん分かって来た気がするよ……」


 遠い目になる金多を他所に、リリィはピンクの舌をぬるぬると魔石に這わせ、口の中でもたっぷりと味わうようにしてから、


「ガリゴリィッ!」


 ――どうしてだろう、なんか、金玉がひゅんってした気がした……。


 金多の金玉……金多、負けるな!


「これがBランクの味……うぅん、ジューシーで……だけどあたしはパパの方が……」

「それ以上は言わせねぇよ!」

「やっぱりそうなのですね。……破廉恥です!」

「お前も無理して破廉恥言わなくて良いからな?」

「旦那様……これが優しさ……(とぅんく)」


 やだ、この子チョロすぎ……?

 と金多が思ったのかどうかは知らなかったが、


「ごっくん♪ ――むふー」

「それでリリィ? なんかいつもと違う感じとかあるか?」

「うーん、そうね」とリリィは羽を動かしたり尻尾を動かしたりして、「えいっ♪」

「うぉっ!?」


 しゅるん、とリリィの尻尾が金多に巻き付いた。

 ギュチっと腕ごと締めつけられて動けない。


「はぁはぁ、破廉恥です。はぁはぁ……」


 ――おいMっつり?


 まあMっつりちゃんだからシカタガナイ。

 とリリィが続ける。尻尾を金多に巻き付けたままで。


「こんな感じで力は上がったみたい。足りないから数で補おうとしてたけど、質には叶わないみたいねー。パパぁ、あたし、もっといい魔石食べたいなー」


 パパ活ってこんな感じなのかな?

 と馬鹿なことを思うが、自分が強くなるためにはリリィに魔石のお小遣いをあげなくてはならぬのだ。


「では私がとってきましょうか」

「えー、娘からもらうのも良いけれどー、そうだ、パパにあげて、パパからあたしに渡すのなら良いかもー」


 女から貢がれた男が別の女に貢ぐ。社会の縮図がここにあった。


「…………なんか、それをやっちゃうと自分がどうしようもないクズ男になりそうだから、まずは行けるところまでは自分でやるよ」

「さっきは受け取ったのに……」

「うぐぅっ!」

「いえ分かりました。夫を立てるのも妻の役目!」


 今たたき落したのに?

 まるでDV夫のような手口である。


「じゃ、じゃあ、続き、行こうか」

「うんイこイこー」

「そうですね、雑談が多すぎます」


 ――やっぱり立てるじゃなくって叩くの間違いだよなぁ!?


 納得はいかなかったが、金多は二人と共に次の獲物を探しに行くのである。

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