11、凸(ナニカの形に似てる? 他意はない)

「ではこれで今回の配信を終わります。少しでもお気に入りいただけましたら、チャンネル登録を――「フフ……固いなぁ、パパは。ガチガチさ」…………」


 一通りオークを蹂躙すれば、今回の配信はここまでとして金多は挨拶をしようとした。が、


 ――なんだこいつ、ハ●チョウみたいな雰囲気で下ネタをぶっ込んで来やがったぞ?


 親の顔が見てみたい。あ、ダンジョンと俺だった。

 と金多がリリィにジト目を送って仕舞えば、


「パパ、こんなんじゃ登録者数が増えてくれるワケないじゃない、こういう時はね」


 リリィは浮遊するドローンカメラに向かうと、


「はい、今回の配信はここまでだけどー、キモキモリスナーの皆はブヒブヒ昂奮してくれたかなぁ?」


 :ブヒッ

 :ブッヒィ

 :ブキィイッ!


 信じられるか? これ、コメント欄なんだぜ?


 ――こいつら、すでに訓練されてやがる……。


 白目を剥きそうになる金多(パパ)を他所にリリィは意気揚々と、


「じゃあ、もっと見たかったら、どうしたら良いか分かるよねぇ、ほら、チャンネル登録をしなさい! そうすれば、ゴ・ホ・ウ・ビ🖤 あげちゃうかもよぉ? キャハハぁっ♪」


 それはそれは見事なメスガキ煽り貌だったのだと言う。


 :ブヒッ(チャンネル登録)

 :ブヒッ(チャンネル登録)

 :ブキィイッ(チャンネル登録)


「あははっ、なぁーんだ、キモキモリスナーの皆は良い豚さんじゃない。その調子で励みなさい? この豚がッ! ――って、やるんだよ。パパ♪」

「ベンキョウニナリマス……」


 我が娘ながら――娘じゃないけど――、オソロシイ。ロリサキュバスの片鱗を魅せつけられたのである。


 :さすリリィ

 :さすリリィ

 :なんだろう、パパさんを見てると、こう、弄りたくなると言うか……

 :分かる

 :そんなパパさんに免じてチャンネル登録、してあげました!


「あ、ありがとうございます……」

「むーっ」

「な、なんだよリリィ」

「デレデレするなら今夜は、すっごいんだからぁ!」

「デッ、デレデレなんてしてないぞッ!」


 :尊っ

 :尊っ

 :おお、オークだった躰が浄化されていくぞ! これで俺も人間に……

 :残念ながらオークのままなんだよなぁ


「ま、それは今夜ヤるとしておいてー、じゃーねー、キモキモリスナーの皆ー。リリィとパパの探索チャンネルはおしまいー。おつリリィ~」


 とリリィは笑顔で手を振った。


 :あら可愛い。おつリリィ~

 :おつリリィ~


「ちょっ、おまっ、勝手に挨拶作ってんじゃねぇ。しかも俺のチャンネルを乗っ取ってるんじゃねぇよ! リスナーの呼び方も勝手に……」

「だけどパパに任せておいたらダサダサの雑魚雑魚でしょ~?」

「くぅっ、ぐぐぐぅっ……」

「キャハハぁ、ざぁーこ、ざぁーこぉっ!」

「ちょっ、おいこらリリィっ!」


 と、二人がじゃれ合っている時だった。


「お二人とも、少しお話をよろしいでしょうか」


 そこに現われたのは、



 :あ、クールプリンセスだ



   ◇◇◇



 氷(ヒ)ィン――、

 まるで凍てつくような空気を纏った彼女は和風の美人だった。


 金多と同年代に見える彼女は、腰まで届く艶やかな黒髪はパッツンと切り揃えられた姫カットで、鋭く思える切れ長の瞳が眼鏡の向こうからこちらを見据えていた。生真面目そうな印象も受けるが、白い頬に紅い唇がやけに生々しい。胸はそれなりで、黒を基調とした、まるで大正時代の女学生のような袴姿で、腰には黒い鞘に青、氷華の意匠が設えられた日本刀を佩く。

 見覚えがあるほどに見覚えのあった彼女は、


「『氷侍クールプリンセス氷川ひかわ姫織ひおり……」


 ジロリ、と切れ長の瞳が睨み据えてきた。


「あまりそう呼ばれるのは好きではありません」

「あっ、あぁ、悪ぃ……」


 氷侍と書いてクールプリンセスと読む。侍なのに姫とはこれ如何に。だが、何故かしっくりと来てしまうのが彼女であった。


「えっと……じゃあ……」

「氷川と呼んでいただければ」

「おっ、おぅ、氷川……さん」

「はい」と彼女は鹿爪らしく頷く。


 :【悲報】、クールプリンセスクールプリンセスと呼ばれるのは不本意だった

 :しっ、まだ配信続いていることがバレるぞ


「えっと……、それで、なんのご用でしょうか?」


 金多パパは思わず敬語になりながら訊ねてしまう。


「はい、それは――」


氷侍クールプリンセス』こと氷川姫織は一度目を閉じて溜め、っと睨み付けるようにすると、


「破廉恥はいけません」

「え?」

「――へぇ?」


 リリィはチロリとピンクの舌で唇を舐めていた。


 :破廉恥警察キター!

 :破廉恥検非違使では?

 :この後破廉恥されて分からせられるのですね、わかります

 :我らがクールプリンセスを分からせるだとぉ?

 :ヤベェぞ、ナイトの奴らが来てるぞ!


「えっと……、まあ、破廉恥なこともないことは認めるけど……、それが何の関係が?」

「破廉恥、それは堕落への道標。私は、モラルを乱す破廉恥を許しません」

「まあ、否定はしないけど、俺、君に何かした?」


 金多は、少々イラッときていた。


「いいえ、ですが破廉恥を撒き散らす時点で害悪です。私の要求はただ一つ、今すぐに配信者を止めるか、その破廉恥モンスターを手放すかです」

「………………」――こいつ……。

「………………」――へぇ、そっかそうかあ。この女、パパからあたしを引き離そうとしてるのかぁ……へぇーっ。


 :気付けクールプリンセス、リリィたんの目に!

 :やっべぇ、この女どうブッコロコロしてくれようかって顔してんぞ?

 :なんだと? 我らがクールプリンセスがロリサキュバスに分からせられるだと?

 :おい、それなら悪くないって思っただろ? ほら、キモキモリスナーの俺らに言ってみ?

 :ナイトとキモキモリスナーの目も当てられない戦い

 :汚物VS汚物の大惨事!

  :目も当てられないよ……


 配信が止まっておらす、配信者に見られているとは思わない金多はイラッとした貌で姫織に言い捨てる。


「だが断る。なんでお前にそんなことを言われなくちゃいけないんだよ。リリィは俺のものだし、配信者はこれからも続けるぞ」

「パパぁ……🖤」

「くっ、女性をもの扱いするなんて」


 :リリィたんの牝顔いただきましたー

 :イラッとしているクールプリンセスたんはぁはぁ

 :↑このアカウントを特定します!

 :やべぇ、ナイトを刺激すんな!


 瞳を蕩けさせたリリィが金多にくっつき、それを憎々しげに睨み付ける姫織。まるで一枚絵スチルのような光景を、ドローンカメラはベストアングルで映し出していた。


「…………そうですか、私の要求を聞いてはくれないのですか」

「ああ、なんでそんなもんを聞かなくっちゃいけない」

「そう……」


 姫織の声音からは温度が消えていた。

 その剣呑な空気に金多は剣を握って気を引き締め、リリィは淡くその黒洞の眼を光らせる。


「でしたら、覚悟をすることです。貴方たちが破廉恥を行う限り、私は貴方たちの敵として動きます。それではご機嫌よう」

「チッ」


 今回は宣戦布告だとばかりに姫織は去ってゆこうとする。が、


「ちょっと、待ちなさいよ」

「…………なんでしょう?」

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