6、リリィたんのパパ、一緒にダンジョンに行く2
ガリッ、ボリッ、ゴリッ、ゴクンっ……。
まるで飴玉でも噛み砕くような音を立てながら二人がゆく。
「おっ、薬草見っけ。ホント、いつも思うけどダンジョンって不思議だよなー」
「まあ、ダンジョンってそーゆーとこだしねー」
「ま、それを言うならお前もだけどな」
「ぅん? パパ、あたしに興味津々―?」
「まあ、興味がないって言ったら嘘になるだろ」
「やーん、パパのエッチー🖤」
「そう言う意味じゃねぇから!」
頬に手を当ててくねくねするのはたいへん可愛らしい。先がハートマークになったお尻の尻尾もくねくねと動いて気になってしまう。
その金多の視線もリリィはお見通しなのである。
「パパのエッチ🖤」
「おっ、おっ、あっちも薬草があった。おぉっ、毒消し草も」
「クスクス……♪」
可愛らしくも妖しい笑声を聞き、金多は誤魔化すように採集に精を出す。
しかし、やはりリリィのことも含めてダンジョンとは不思議な場所である。十五歳になって探索者免許を取得して、かれこれ四年ほどダンジョンには通っているが、すでに疑問に思わなくなったこともリリィと出逢ってから改めてそう思う。
――なんか、先に進めるほど強くも才能もないし、最近は一階層と二階層の浅いところで採集してただけだもんな。それだけで一応食ってはいけるからそうしてたけど……。そうだ、ダンジョンに潜って最初の頃は、この不思議な場所に感動したりもしてたっけ。
それがいつの間にか挑戦をしなくなり、代わり映えのないダンジョンの風景に何も思わなくなってきた。配信をして承認欲求を満たそうとしていたのも、そうした現状の不満からだったかも知れない。何せ、食ってはいけても最低限。夢も希望も、徐々にダンジョンの壁のように無機質なものとなっていっていた。
――リリィには感謝しても良いのかも知れねぇな。だけど躰が保たねぇしメスガキだけどな!
「あ、ゴブリン、『
「ゲギャアッ!」
ゴツン!
嬉々として自死を選ぶゴブリンにはぞっとしてしまう。もしもあの力が自分に向いたら、とまったく思わないでもなかったが、リリィがそのつもりであればむしろとっくの昔に吸い殺されているし、それはないと思える繋がりも感じられていた。
――これがテイマーの繋がりなんだろうか?
この世界ではダンジョンが見つかって以降、魔法やスキルと言った特殊能力が発現する人間が現れて来た。テイマーの能力を持つ者もその一つである。が、残念ながら金多は、一般人よりも身体能力が上がる程度の能力上昇しかなかったのだ。
しかし卵を手に入れることでリリィの主となれた。そして、ここではじめて身体能力以外の感覚も得られたのである。
それもあって、昔の憧れも思い出したのかも知れない。
だから、
「リリィ、もしもお前が大丈夫なら、もっと進んでみるか? ……えと、俺のことを護ることになるだろうけど……」
たとえモンスターであってもこんな小さな女の子に護られることは恥ずかしい。況してや、自分のことをパパと呼ぶような女の子であったなら。
しかし、リリィはそんな金多の心情を分かっていたに違いない。
「ニヒっ♪」
あどけなくも可愛らしい、無邪気でも妖しいそんな笑み。
するりと彼女の小さな手が金多の股間へと伸びてきた。
「ちょっ、おまっ、何を!?」
慌てる金多にリリィは笑みを崩さない。
「良いよ、パパのこと、護ってあげる。だ・け・ど、ちゃあんとご褒美くれなくっちゃ駄目なんだからね? テイムモンスターでも、ちゃあんと飴がないとぉ🖤」
紅い唇を開いてチロチロっとピンクの舌をくねらせる。
それは、
「…………チッ、分かったよ。ちゃんとご褒美ヤるから、俺のことを護れよな」
「毎度ありぃ🖤」
「くぅっ、ここでそんな風に撫でるんじゃねぇよ! ……チッ、勝てる気がしないんだが……」
善い女だった。
メスガキで、モンスターのクセに。
「じゃあイこっかぁ、パパ🖤」
「おぅ」
金多は、愉しげに揺れる先がハートマークをしたサキュバスの尻尾を、観念したように追い掛けるのである。
◇◇◇
その後もダンジョン探索は順調だった。
ガリッ、ゴリッと魔石を砕く音を響かせて、その横で金多が採集を行ってゆく。時折同業者とすれ違っては、飴でも噛んでるのだろうか、と言う顔をして見られ、彼女の頭に生えた角、背中から生えた翼、そしてお尻から伸びた尻尾に気が付いてあっ、と言う顔をするのである。
『リリィたんだ。本物だ』
『リリィたんのパパもいるぞ』
――待て? 俺の認識そんななのか? 確かに元々の認知は底辺だったけどさぁ!
解せぬ。
が、
「ちゃんとチャンネル登録してくれてるー? 今はまだ停止ちゅーだけどー」
「してるしてるー」
「おっけー♪ じゃあ停止が空けたら、さぁびす🖤しちゃうんだからー」
「きゃーっ、その貌エッチー」
「………………」――男女問わずのこのアイドル性よ。
コミュニケーション能力も、何よりも華があった。
底辺配信者とはスペックが違うのである。
「なぁにー? パパー、嫉妬ー?」
「くっ、うるせぇよっ」
「キャハハ、大丈夫よー、あたしがいるのはパパの御陰なんだしー、だから、パパはあたしにご褒美くれれば、あたしがパパのこと、養ってあ・げ・る🖤」
これが本当のパパ活か。
「くっ、行くぞ、リリィ」
「うん、イくイくぅ♪」
そして二階層への階段へと辿り着いた。
「此処を下るのも久しぶりな気がするな」
「ふぅーんー、じゃあ、これからはあたしと一緒だともう飽きるくらい通ることになるわね」
「……ああ、そうだな」
「ほら、イこっ♪」
「おう!」
金多は、リリィに手を引かれ、二階層への階段を下るのだ。
◇◇◇
「この豚野郎!」
「ぶひぃいいッ!(悦)」
――なんかあの豚野郎、悦んでねぇか?
じぇらっ。
――えっ、ちょっ、嘘だろ!? 俺、羨ましいとか思ってねぇからなっ!?
二階層を順調に進んだ金多たちは、Eランクモンスターであるオークに出くわしていた。オークはEランクモンスターであって、金多はEランク探索者であったが、ハッキリと言って手には負えぬ。何せFランクモンスターであるゴブリンたちであっても、三体以上に囲まれては金多は戦えないのだ。強さを持たない底辺配信者は伊達ではない。が、尤も、たとえFランクのゴブリン一体であろうとも、ダンジョンの適正を持たない一般人にとっては太刀打ち出来ない相手ではあるのだが。
だが今回はリリィがいるため、何体ものゴブリンに囲まれようとも、気にせずズンズンと奧へと進んでいけた。そして如何にも『魅了(チャーム)』にかかりそうなゴブリンだけではなく、大鼠も、スライムすらもリリィの『魅了(チャーム)』を食らっていたことにはたいそう驚いた。
その途中で、
『なぁリリィ、リリィって『
『ふぅーんー……ま、そうよね、分かったわ♪』
と言ったリリィは撲殺天使ならぬ撲殺サキュバスと化したのだ。
『うわぁ……、こっちも危険と言えば危険だけど、まあ、こっちの危険の種類なら……。でも強ぇえ……、俺、いつもあの手で……』
リリィがその気になっていればいつでもぐっちょん♪しちまえた。
そうしてスライムを踏み潰し、大鼠を蹴り殺し、ゴブリンを殴り殺しているうちにオークに出くわし――オークはまさしく豚人間と言うに相応しい容貌であった。二メートル近い身長にでっぷりと脂肪の付いた躰周り。その下に筋肉が蓄えられていると思うとあまりにも恐ろしい――、そのオークを、リリィは握りしめた小っちゃなお手々で、
「この豚野郎がッ!」
「ブヒィイイイイインッ!(悦)」
――ワケが分からないよ。
「まさかリリィがここまで強かっただなんて……いったいランクはなんなんだ……」
「Aよっ!」とぺったんこな胸を張っていた。
「そんなことは聞いてないッ!」
「そんな、好きなクセにー🖤」
「そう言う趣味じゃなかったんだけどなぁ……」
「ニヒヒっ♪ ――セイッ!」
と、リリィが一際大きく気勢を発せば、彼女は飛び回し蹴りをオークの首に叩き込んでおり、
ゴキィッ!
ズズゥッ、ン……
「………………」
「この魔石も貰って良いんだよね? Eランク魔石だけど?」
「ドウゾドウゾ」
「ン、ありがと、パパ♪ あぁーんっ、ガリッ、ゴリィッ……」
――よくよく考えなくても俺、あの手だけじゃなくってあの口や足でも……ぶるるっ。
自分がどれほどの猛獣と危険行為に耽っていたのかが良く分かった。
「ガリッ、ガリィッ、ごっくん♪ ふぅ、お腹もけっこういっぱいになってきたかも。だけどパパのは別腹だし這入るところも違うからー……🖤」
「おやつ程度に考えておいてもらえれば助かります」
「もー、仕方がないなー、じゃあ、パパはおやつに入れておいてア・ゲ・ル🖤」
「ははは、タスカリマス……」
どうやらバナナはおやつに入れてもらえたらしいのだ。
「で、正直なところ、リリィはどこまで行けそうなんだ?」
「えっ🖤? パパがシてくれるなら何回でもぉ……🖤」
「そろそろシモからは離れようか!?」
「えーっ、だってあたしサキュバスだしー」
「くっ、なんて説得力だ……」
思わずorzしてしまいそうになる。
「ふふっ、まあ、真面目に返せば、見ての通りオークなら囲まれてもまだまだよゆー♪」
「それはすげぇな……」
俺とは違って……。
「………………ふぅーんー……」
「な、なんだよ」
「うぅん、じゃあさ、次はパパも一緒にヤらない? ――豚野郎退治」
リリィは、そんなことを宣ってくるのだった。
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