7、この豚野郎がッ!

「ほら、パパ、がーんばれ、がーんばれぇ♪ キャハハぁっ」

「なんか仄かに虐めっぽいんだが?」

「違うよー、ほら、出来る出来る、君には出来る! 頑張るんだあぁっ!」

「熱血とブラックが入り交じっているようだ……」

「もー、パパったら我が儘ー。じゃあ、頑張ったら後でいっぱいエッチなことシてあげるからぁ🖤」


 正直これが一番ヤる気が出た。

 と、巫山戯ているのか本気なのか良く分からない声で、金多はリリィに背を押された。向かうは豚人間ことオークである。


 ――まさかオークと戦おうと俺が思えるようになるなんてな……。


 今までであれば逃げ一択であって、目にしただけ、怪しい気配だけでも逃げていた。それが、


「大丈夫、パパはあたしのご主人様でもあるんだから。テイムモンスターとの繋がりで強くなってるし、危なそうだったらあたしが助けてあげるからー」

「分かった、頼むぞ」

「うんっ🖤」


 リリィが魔石を摂取するにつれ、何か金多にも力が流れ込んで来た。だから、やろうと思ったのだ。


「フゴォオオッ」


 金多には鼻息荒いオークが足音を立てて近づいて来ていた。護身用の剣を握りしめ、お前もまさかオークと戦うハメになるとは思ってもなかったろうなと、妙な感慨も抱く。が、


 ――あの豚野郎、なんかお前が戦うのかよ、お前じゃなくってそっちのロリサキュバスと戦いたい――いや、罵られて殴られたい。チェンジで。って言ってってるように思えるのは俺の気のせいか?


 モンスターが人間を見れば襲ってくるものだ。ダンジョンではよくある小説のようにゴブリンやオークが攫った人間を苗床にする、と言うことはなく、ただただ殺される。それを思うと彼らは実際に生きている生物なのではなく、所謂ダンジョンのギミックの一つである、と今では結論づけられている。そして斃すと、黒い煙となって消え、魔石などのドロップアイテムを落とすのである。


 そんなオークであったから、そうした意味でリリィを狙っていたワケではないだろう。いや、モンスター同士であるのだから……それでもそうした話も聞いたことはない。が、さっさと金多にかかって来ずにチラリとリリィを見ているのは  、


 ――ああ、そう言うことか。


 そこで金多は気が付いた。


 ――こいつ、ただリリィを警戒してるのか? ……ははっ、頼もしいこったな!


 金多は構えた剣を握る手に力を込める。正眼に構え、後ろにリリィが控えていることもあるのだが、こうして対峙してみれば以前のような恐怖心は感じない。それどころか、全身に漲るこの〝力〟は。


 ――これがテイマーに成ると言うことか!


「良いぜ、豚野郎。お前を斃して糧にしてやるよ!」

「それで強くなったパパに襲われちゃうのね、きゃーっ🖤」


 後ろで嬌声を上げるリリィには頼もしく思うやら複雑な心境だったが、


「フゴォッ!」

「おぉおッ!」


 分厚い脂肪に覆われた豚の太腕が、金多に向かって伸ばされた。いくら巨体であってもその実オークは筋肉質である。脂肪の鎧を纏って想像以上に素早く動き、


 ――だけど見える!


「ハァッ!」

「ブゴォッ!?」


 金多はその腕を掻い潜ると伸びきった肘に剣を当てた。正直なところ安物のなまくらであったが、スパッとオークの腕に傷を付けられていた。


「おぉっ、やれる、やるぞぉっ!」

「いっけぇパパぁ♪ そのまま殺(や)っちゃえーっ」

「ブゴォオオッ!」


 激昂したようになるオークの攻撃を避け、その肌を切り裂いてゆく。残念ながら分厚い脂肪に阻まれて深く切り裂けてはいなかったが、


 ――……体中から黒い煙を吹き出して……いけるぞ!


「ブゴッ、フゴォッ……」


 ぜっ、はっ、とばかりに肩で息をするオーク。

 先ほどまでのリリィの戦闘は、ただただリリィが殴りまくって勝利する――正直なことを言えば、傍から見ても遊んでいるように見えるほどに圧倒しまくっていた。それに比べればなんと泥臭いことなのか。彼女に比べて仕舞えばハッキリと言って無様だったろう。

 だが、オークの攻撃を避け、斬って、避けて、斬った。


「ハハッ、いけるッ! 俺もっ、俺がオークを斃せるんだぁあッ!」

「ふふっ、パパったらあぁんな少年みたいな貌をしちゃってぇ、……お腹の奥ぅ、ジュンジュンしちゃうぅ……🖤」


 下腹部を押さえながら蕩けた貌を浮かべるリリィの前で、金多は汗を弾けさせながらオークを切り刻んだ。


「うっ、おぉおおおッ!」

「ブゴォオオオオッ!」


 もはや何度避け、何度斬ったろう。

 汗だくになりながら金多は、


「ッ、これでッ! くたばれ、この豚野郎がッ!」

「ブギィイイイッ!」


 シュッ!

 崩れたオークの喉笛を一気に掻き切った。


「ブ……ギ……」


 オークは膝を付き、チラリとリリィたんの方を見て、


「ブギャア……(あっちの方が良かったなぁ……)」


 倒れ、黒い煙となって消えるのであった。


 ――カロン


 ゴブリンたちFランクモンスターよりも少しだけ大きな魔石が落ちた。同時にオーク肉のドロップアイテムも。


「よっしゃああああッ!」


 金多は手に汗握って快哉を叫んだ。それは魂の叫びであって、まだ有名配信者ではないものの、ようやく彼が手に入れたはじめてのトロフィーであった。

 と、


「ニヒヒっ♪ パパ、おめでと~っ、よく頑張った、偉いえらーい♪」

「ちょっ、おいっ、リリィっ!?」


 リリィは背中の羽を使って飛び上がると、金多の頭を掻き抱くように抱きついて来たではないか。


「いい子、いい子、むちゅーっ♪」

「ちょっ、おいっ、止めろって、そ、それに俺、汗だくだからさっ」

「それが良いんじゃない、クンカー、スーハー、ペロペロペロペロ……」

「ちょっ、おまっ、止めろぉおッ!」


 半分本気で半分照れ隠しで、リリィの薄い胸に抱かれて頭を撫でられながら、金多の目尻には光るものがあったのだった。



「…………尊ひ……」



   ◇◇◇



「リリィ、ああゆうのは止めろよな。なんか見てた人もいたし……」

「えーっ、良いじゃんパパーっ、あたしとパパの仲でしょー?」

「いやむしろだからと言うか……」

「んぅ?」

「あーっ、もうっ」


 と金多はガシガシと頭を掻くとオーク肉は拾って仕舞い、Eランク魔石は、


「ほら、これ、やるから」

「え? だけどこれはパパが斃したから……」

「ちげぇよ、お前がいてくれたから斃せたんだ。だから、お前にやるっての」


 金多は恥ずかしそうに、彼の頬は紅くなっていた。


「あ……」


 リリィは口をポカンとさせてクリクリとした瞳を揺らしながら手を伸ばした。

 コロン……、それはリリィの小さな手の平に置かれ、


「……ふふっ、ニヒヒっ♪ ありがとう、パパ、大好きだよっ🖤 もぅ、こんなことされたらあたし我慢できないんだから! はぁっ、もぅっ、ここで脱いでヤっちゃいたいぃ……🖤」

「待てっ! リリィ、流石に家に帰るまで待てッ! アカウントBANされるどころじゃ済まなくなるからッ!」

「分かった、じゃあ、もうお家に帰ろっ、あたしたちの、お家に、ね?」

「……おぅ」

「――ニヒヒっ♪」


 リリィは嬉しそうに金多の手を取ると、手を繋ぎなら二人は家路につくのである。リリィの反対側の手の中では、魔石が淡い熱を帯びながら――。

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