第10話リベンジ大作戦③
「次は私の番だ!」
娘のあゆみは9匹で満足していたが、祭は是が非でも20匹の金魚を掬いたいと思っていた。
あれだけ苦しい特訓に耐えて来たのである…祭は、今の自分であればそれが不可能では無いという自信があった。
「さあ!リベンジだっ!」
真剣な表情で水槽の金魚を睨みつけ、網を構える祭。その姿を見た、金魚掬い一筋四十数年の金造は、その実力をひと目で見抜いた。
「この男…できる!!」
♢♢♢
祭の掬い方は、あゆみのそれとは少し違った。
気に入った金魚を追いかけて掬っていたあゆみに対して、祭は網を構えたままじっと金魚が浮いて来るのを待つタイプだ。
「なんかさ、祭さんよりもあゆみちゃんのがペース速くて上手かったんじゃないの?」
一匹を掬うのに時間をかける祭の様子を見て、シチローがそんな事を呟くと…
「いえ、あれで良いのよ。少しでも紙に負担をかけない為には、あの方法が最善なの」
腕組みをしたてぃーだが、冷静に解説を付け加えた。
そして、そんなてぃーだの言葉を裏付ける様に、祭はゆっくりながらも着実に金魚の数を増やしていくのだ。
「おお~っ!あのオッサン、知らねえ間にもう10匹掬っちゃってるぜぇ~!」
ようやく祭の凄さに気付いた一人のギャラリーが驚きの声を上げると、場内は一気に盛り上がった。
「オッサン、あと10匹だ~頑張れ~っ!」
あゆみの記録を抜き、まだまた余裕のありそうな様子の祭。
危なげ無く淡々と金魚を掬い上げ、その数は
15匹を数えていた。
「あと5匹!あと5匹!」
ギャラリーからは、賞金10万円までのカウントダウンが手拍子と共に始まり出した。
(マズイな…)
さっきまで笑顔だった店主の金太郎の顔が、徐々に曇りだす。
紙を庇いながら冷静にゆっくりと金魚をすくい続ける祭には、僅かな隙も見られない…このままでは、確実に20匹の金魚を掬い上げてしまうに違いない。賞金10万円はなんとしても阻止したい金太郎は、ここでついに“最終手段”に出たのであった。
「ちょっとタイム!」
そう言って、いきなり祭の動きを制した金太郎にシチロー達が文句を付けた。
「なんだよ、いい所で!…まさかここで店仕舞いなんて言うんじゃないだろうな!」
「いえいえ、まさかそんな野暮な事をする訳が無いでしょう…ただ…水槽の金魚が
大分少なくなってきたんで、補充しようと思いましてね」
金太郎は、ニヤリと不敵に笑うと、足下に置いてあったバケツの中身をを水槽へと流し込んだ。
ドボン!
「さぁ~これでよし。お客さん、遠慮なく掬ってやって下さいな」
金太郎に促され、水槽の中へと目をやった祭は、呆然とした顔で呟いた。
「掬ってやって下さいなって…これ…
金魚じゃ無いんじゃないの・・・?」
水槽の中には…体長二十センチを超える巨大な魚が4匹も、我が物顔で悠々と泳いでいた。
「なんだこりゃあ~!こんなの掬えるる訳無ぇだろっ!」
当然の事ながら、祭、そしてシチロー達も金太郎に対して猛抗議を始めた。
しかし、金太郎は全く動じる事なく、こんな事を言ってのける。
「いや!少々デカイ図体をしているだけで、これは紛れもなく金魚ですから!…なにしろ、金魚の大きさに関しては何の規定も無い訳だから、全く問題は無い!」
問題アリアリだよ・・・
さぁ、この展開に祭はどう対処するのか?
水槽の中を悠然と泳ぐ4匹の金魚(?)は、さしずめ水槽を守る“四天王”というところか…
祭はしかし、まだ諦めた訳では無かった。
「大丈夫。あんな金魚は無視して、あと5匹小さい金魚を狙えば良いだけの事だ!…まだ勝機は有る!」
気を取り直して、また水槽に向かい直す祭は、その作戦通りに小さな金魚に狙いをすまし網を水に浸した。
その時。
スウ~ッ
「うわっ!」
祭が狙っていた小さな金魚と網の間に、あの四天王の一匹が猛然と割り込んで来たのだ!
危なく紙を破られそうになり、祭はその金魚を諦め網を引いた。
「危なかった…今のは一体何だったんだ?」
額の汗を拭い、再び浮いて来た小さな金魚を狙って網を差し出そうとすると…
スウ~ッ
「まただ!」
今度は四天王の別の金魚が、祭の網に突進して来た!その様子を見ていたてぃーだが、眉をひそめた。
「なるほど…そういう訳か…」
そう…四天王とは、この金魚掬いの“最終防衛兵器”であったのだ。
金太郎が水槽に“四天王”を放ってから、祭は全く金魚を掬えなくなってしまった。
今まで落ち着いて金魚掬いに没頭していた祭であったが、その顔にも段々焦りの色が見えてくる。
そして、時間ばかりが刻々と過ぎたが、打開策は何も見いだせないでいた。
「クソッ!一体どうすればいいんだ!」
網を水面すれすれの位置に構えたまま、次に狙う金魚を決められずに祭は固まってしまった…
その時、背後から不意にてぃーだの叫び声が聞こえた!
「祭さん!いけない!網を水槽から離して!」
「えっ?」
祭がてぃーだに何を言われたのかを理解した時には、既に遅かった…
「ああああ~~~~っ!」
祭の持った網は、まるで水族館の“イルカの火の輪くぐり”のように、勢い良く水面から飛び跳ねた四天王によって無惨にも破られてしまったのだ!
「いやあ~旦那、惜しかったね~あと5匹だったのにねぇ」
少しも惜しかったなどと思う筈の無い金太郎が、祭にうわべだけの労いの言葉をかける。
祭は、呆然とした顔でまだ破れた網を見つめたままでいた。
「そんな…あんなに練習したのに……」
「祭さん…」
シチローも子豚もひろきも、気の毒過ぎて祭にかける言葉が無かった。
てぃーだはと言えば、拳を硬く握ったまま、下を向いていた。
あれだけ盛り上がっていたギャラリーでさえも、今ではすっかりシラケムードに変わってしまい…これではまるで“お通夜である。
「なんだよ…結局、誰も賞金取れずじまいかよ…」
あんな出来事の後である…これからまた賞金にチャレンジしようなどという客も現れる筈もなく…金太郎はここら辺りが店仕舞いの良い頃合いだろうと、身の回りの片付けを始めだした。
(いやあ、今日は大繁盛だったな、20万は稼いだんじゃないの~?)
表通りに背中を向けて、金太郎は嬉しそうな顔で売上金の勘定をしている。
「いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ……」
その時だった。
「ちょっと!オジサン!」
不意に背中から誰かに呼びかけられて、金太郎が欲望丸出しの醜い笑顔のまま振り向くと…
「店仕舞いには、まだ早いわよ!アタシが挑戦させてもらうわ!」
そこには、浴衣の袖をたすきで縛ったてぃーだが睨みをきかせて仁王立ちしていた!
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