第9話リベンジ大作戦②

「それじゃあ、あゆみちゃんお姉さんと金魚すくいの練習しようね~」

「ハ~~イ」


てぃーだは、あゆみの手を引いて水槽の方へと向かった。


「あの…私には教えて貰えないんですか?」


そう言って、不安そうに質問する祭に、てぃーだは持って来たバッグを手渡す。


「祭さんには『別メニュー』を用意してあるわ…このバッグを開けてみて」


バッグの中から出てきたのは、何ならバネのたくさん付いた得体の知れない代物であった。


「何ですか…?これ…」



「それは『金魚すくい養成ギブス』よ!祭さんは、ね」

「・・・・・・」


「あゆみちゃん。肘の角度はこう!もっと金魚の動きをよく見て!」

「はい!てぃーだせんせい!」


「ううっ!ギブスがキツイ」


秋祭りまで日が近い事もあり、厳しい特訓に明け暮れるてぃーだと祭親子。そしてその様子を柱の影から見守る子豚。


「飛雄馬…」

「コブちゃん…『巨人の星』じゃないんだから…」


その横では、ちゃぶ台をひっくり返すひろき。


「酒飲ませろ~!」

「お前は『星一徹』かっ!」



♢♢♢




厳しい特訓のかいもあって、秋祭りの前日には二人共かなりの腕前にまで上達していた。


「二人共よく頑張ったわ!明日の本番では特訓の成果を見せてやりましょう」

「おおぉぉ~~~っ!」



そして、いよいよ秋祭り当日がやって来た。お祭り広場では、綿菓子、お面、たこ焼きに焼きそば、そして勿論金魚掬いも含め様々な出店が忙しそうにテントを組み立てながら準備を始めていた。


金魚掬いはあの夏祭りと同じ、悪徳店主の店である。


その悪徳店主 山崎金太郎やまざききんたろうは、その時店の隅で1人の老人と何やら言い争いをしていた。


「うるせぇっ!ここは俺の店なんだ!親父に口出しされる覚えはねぇよ!」

「しかしな、金太郎…せっかくお祭りに遊びに来てくれたお客さんに、楽しんでもらわにゃあ…」


金太郎と話しているこの老人は、山崎金造やまざききんぞう75歳…元々この金魚掬いの店は、金造の店であった。しかし、歳と共に持病の痛風が悪化し、去年からこの金魚掬いの店を息子の金太郎に継がせたという訳だ。


その金太郎、金魚すくいが自分の店になったのを良い事に利益最重視のやりたい放題の運営をしている。義理と人情を重んじた昔気質の金造は、見るに見かねて金太郎のやり方に口を挟んだところ、こんなやり取りになった。


「とにかく、親父のやり方は古いんだよ!俺は俺のやり方で仕切らせてもらうからっ!」

「お前、あんな一匹も掬えないような網使ってたら、お客さん二度と来なくなるぞ」


しかし、金造にそんな事を指摘されても、金太郎は自信満々だった。


「なぁに、心配入らねえよ…んだ」


金太郎…次は何をやるつもりなのだろう…



「さぁ!いよいよ夏祭りのリベンジだよ祭さん」


意気揚々とお祭り広場に姿を現した祭親子とチャリパイの面々は、早速金魚掬いの店を探し始めた。


「え~と、金魚掬いはどこかな…」


辺りをキョロキョロと見回しながら人混みの中を歩いて行くと、何故だろうか出店の中のひとつにお祭り客の黒山の人だかりが出来ている。


「何あれ?…何か珍しい催し物でもやってるのかしら…」


興味を持った祭親子とシチロー達は、その人だかりの方へと近づいて行った。

すると、そこには…


『☆KINGYO

-SUKUI☆』


「なんじゃ~あれは!」


伝統的な金魚掬いの様相とは大きくかけ離れた、ギラギラの電飾看板に流行りのヒップホップのBGM…そして勿論、その店の中心でリズムにノリながら客の相手をしているのは、あの金太郎であった。


「夏祭りの時は、あんなじゃ無かったんですけどね…」

「それにしても、どうしてこんなに人が集まってるんだ?」


その理由は、すぐに解かった。その店の柱の横に括り付けられた立て札には、こんな事が書かれていた。


贈呈☆』


「スゲエ!20匹掬ったら賞金10万円だって!!」


店の準備をしていた時に金太郎が言っていた

“次の作戦”というのは、きっとこの事だったのだろう。


たしかに、金太郎の店の前には大勢の網を受け取る順番を待つお祭り客で溢れかえっていた。


これだけの客がいれば、1人位は賞金をゲットする者が出て来やしないかと思えたが、今のところの最高記録は5匹である。


金太郎は、夏祭りの時のような一匹も掬えない網は使わなかったものの、それでも普通の網に使用する紙よりは若干薄い“インチキ網”を今回も使っていた。


相変わらずの悪徳商法である。


「今までの最高記録5匹だってさ…20匹なんて掬えるだろうか…」


シチローが心配そうに呟くと、他の客が挑戦している様子をつぶさに観察していたてぃーだは、祭親子に向かって言った。


「大丈夫、イケるわ。祭さん今のあなたのレベルだったら、あの網でも必ず20匹掬える筈よ♪」


そう…一週間てぃーだに付いて特訓した祭親子の腕前は、既に常人のレベルを超えていた。


「よ~し祭さん、10万円取ったら焼き肉ご馳走してね」

「あたしは、ビール飲み放題ね」


子豚とひろきは、早くも賞金10万円を狙っている。


10万円が欲しくないと言えば嘘になるが、今の祭にとって重要なのは賞金よりも夏祭りの時の雪辱を果たす事だ。祭は改めてその決意を心に刻み、憎き金魚掬いの店主に声を掛けた。


「オヤジ、二人分頼む」

「はい一人千円だから、二人で二千円ね」

「一人千円て、高っ!!」


金太郎…どこまで悪徳なんだ……


金太郎の父親、山崎金造はこの様子を店から少し離れた場所でずっと見ていた。


「金太郎のやつ…あんなものが日本の祭りの出店と言えるか!

儂の体がもう少し良かったなら、あんな邪道なマネはさせなかっただろうに…」


金魚掬い一筋四十数年の金造には、金太郎のような利益最優先のなりふり構わないやり方など到底許せる筈がなかった。しかし、隠居の身となった今となっては、金太郎が何をしようと黙って見ているより他は無い。


「はぁ…情けない…」


大勢のギャラリーも見守る中、いよいよ祭親子のリベンジが始まった。

まず最初は、あゆみの番からである。


「あゆみちゃん、頑張って~」

「よ~しがんばるぞぉ~」


そう言って網を握り締め張り切るあゆみだったが、それを見る周りの客達は勿論あゆみが金魚を掬えるなどと思ってはいない。


「高い金払って、お父さんも大変だねぇ~」


祭の隣りに立っていたギャラリーのひとりが、笑いながら祭の肩を叩いた。

その直後だった。


スイッ


「ヤッタ~あかいキンギョさんすくえたぁ~」


「!!!」


あまりにも簡単に最初の金魚を掬い上げたあゆみに、ギャラリー達は仰天した!


さらに…


「しろいのつかまえた~」

「!!!!」

「わ~いくろいキンギョさんもすくえたぁ~」

「!!!!!!」


この信じられない光景に、ギャラリーのテンションは一気に盛り上がった。


「うおぉぉぉぉ~~っ!スゴイぞ~!いったいなんなんだ~!この子はぁぁ~!」

「お嬢ちゃん、やるねぇ~これじゃあオジサンとこの金魚全部すくわれちゃうよ」


そう言って、表向きはあゆみの健闘を称えてはいるものの、内心、金太郎は焦っていた。


(何だこの娘は…このぶんじゃ10万円取られちまうぞ…)


あゆみはハイペースで次々と金魚を掬い上げ、今までの最高記録だった5匹はいとも簡単にクリアしてしまった。


「よ~しあゆみちゃん、こうなったら賞金10万円ゲットだあぁ~」


シチロー達の声援から、あゆみの名前を知った他のギャラリーの口からは、自然と『あゆみコール』が発せられていた。


「あ~ゆ~みっ!あ~ゆ~みっ!」


「ねぇティダ、このぶんじゃ、あゆみちゃんが

10万円獲っちゃうんじゃないの?」


そう言って、シチローが興奮した満足そうな笑顔でてぃーだに話し掛けるが、

てぃーだはあくまでも冷静だ。


「ここまでは順調…だけど油断は禁物よ。水に浸ける回数を重ねる事に、着実に紙の強度は落ちているわ…」


そんなてぃーだの心配は、見事に的中した。


あゆみが9匹の金魚を掬い上げ、10匹目にさしかかろうとした時である。


「あっ!!」


あゆみが持ち上げた網の上の金魚が暴れ、その衝撃に耐えられずに、ついにあゆみの網の紙が破れてしまったのだ。


「ああ~っ!惜しいっ!」


大勢のギャラリーから、ため息が洩れた。


「いやあ~惜しかったねお嬢ちゃん、ハイ、金魚9匹、新記録だよ」


10万円の賞金を逃れた金太郎が、憎らしげな笑顔で掬った9匹の金魚をビニール袋に分けてあゆみに手渡した。しかし、それでもあゆみは大満足だった。


「わ~いキンギョさんもらっちゃった」


そんなあゆみに、会場からはどこからともなく、温かい拍手が贈られていた。


「偉いぞあゆみちゃん9匹も掬えたら立派なもんだ~」


こんな人情味溢れた光景は、金太郎の店始まって以来ではないだろうか。

脇で見ていた金造も、この時ばかりは満足そうに頷いていた。


「そうじゃ、祭りはこうでなくっちゃいかん」

















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