第7話夏祭りの悪夢
どうやら、これで今回の依頼も無事に解決出来そうである。
子豚とひろきなんか、この仕事が終わった後の打ち上げの宴会を、どこの店でやろうかなんて相談している位だ。
しかし…
祭の口から発せられたそのセリフは、シチロー達の予想とは大きくかけ離れたものだった。
「確かに、あなた達がおっしゃる通り私は花神王子製紙から、あの『スーパーティッシュ』を持ち出しました…しかし、私の目的は産業スパイなどという大それたものなんかではないんです」
「お前、この期に及んでまだそんな事言ってんのか!だったら、スーパーティッシュなんか持ち出して何しようってんだよ?」
その質問に、祭は真剣な顔でこう答えるのだった。
「実はこの紙を使って、金魚すくいの網を作ろうと思いまして…」
「はああぁぁぁ~~?金魚すくいの網だってぇ~?」
ナンダソレ?
♢♢♢
話は今年の夏祭りの日にまで
祭には、6才になる『あゆみ』という一人娘がいた。
「あゆちゃ~ん~お祭りって、お店がたくさんあって楽しいだろ~」
「うん、たのしいね~パパ」
可愛らしい花柄の浴衣を着た一人娘のあゆみの手を引いて、賑やかな夏祭りを満喫する祭。時折、色鮮やかに夜空に咲く花火が照らす二人の表情は、本当に幸せそうな仲の良い親子のそれであった。
あの金魚すくいの店に立ち寄るまでは……
「パパ~あのおみせは、なんていうおみせ?」
父親に買って貰った綿菓子を頬張りながら、あゆみは一軒の出店に興味を示した。
「あれはね、金魚すくいっていうんだ。金魚さんがたくさんいるから見に行こうか~」
「うん」
二人は、その金魚すくいの前にしゃがみ込んで、青い水槽の中で自由気ままに泳ぐ赤、白、黒の色鮮やかな金魚達を楽しそうに眺めていた。
「いらっしゃいお嬢ちゃんお嬢ちゃんも
金魚すくいの店主は、
あゆみの前で網を掬う仕草をしながら笑顔で話し掛ける。
「よし、あゆちゃんやってみるか~」
祭は店主に金を払って網を貰い、あゆみに手渡す。生まれて初めて挑戦する金魚すくいに、あゆみは瞳を輝かせていた。
「ガンバレ~あゆちゃん」
父親の優しい声援を受けて、あゆみは一匹の赤い金魚に狙いをつけて網をそっと水に浸した。
「そこだ!いけっ!」
ゆっくりと金魚を追いかけ、タイミングを見計らって掬いにかかるが…
「あっ!」
赤い金魚が水面から上がろうかという刹那、惜しくもあゆみの網は破れてしまった。
「ああ~惜しいっ!オヤジっ。もう一回だ!」
かわいい娘に何とか金魚をすくわせてやりたい祭は、再度金を払って網をあゆみに手渡すのだが、やはり6才の子供に金魚掬いは難しかったのか、合計3回程チャレンジしてみたものの一匹の金魚も掬う事は出来なかった。
「ん~…やっぱり、あゆちゃんにはまだ難しかったかな。それじゃあ、おじさんに金魚貰って帰ろうか」
普通お祭りの金魚すくいといえば、たとえ一匹も掬えなかったとしてもサービスで金魚の一、二匹はお持ち帰り出来るのが暗黙の了解となっている。祭も、店主が袋に水と金魚を入れてくれるのを当然のように待っていた。
ところが…
「残念でしたね、お父さん。またのお越しをお待ちしております」
「…は?」
「いや、だから…一匹もすくえなくて残念でしたねって」
店主は、祭親子に一匹の金魚も土産に持たせる気は無い様だ。
「ちょっとアンタ!そりゃあないだろ!お土産の金魚は?」
少し憤慨した様子で、祭は金魚すくいの店主に抗議した。
「ハテ…お土産?一体何の事でしょう?」
わざとらしく惚ける店主に、祭は語気を強めて言った。
「惚けるんじゃないよ!普通、掬えなかった客にはお土産で金魚を持たせるもんだろ!」
祭は当然の様にそう言って店主に詰め寄るが、それに対する店主の答えは冷たいものだった。
「お客さん、
そんなに金魚が欲しかったら、旦那が掬ってやったら良いでしょ」
店主のあまりの冷酷な言い草に、祭はブチキレた!
「わかったよ!掬えば良いんだろ!掬えば!オヤジっ、網よこせっ!」
祭は財布から一万円札を出し、店主の前に叩きつける。
「毎度ありぃ~」
そうやって煽れば祭が乗ってくる事も、店主には計算済みである。ニヤリと口角を吊り上げて一万円札をバッグにしまった。
一匹も掬えないあゆみに代わり、金魚すくいを始めた祭。
しかし祭は、最初のひと掬いで初めて、この金魚掬いのカラクリに気付かされた。
(なんだよコレ…紙がメチャクチャ薄いじゃね~か…)
明らかに、通常の金魚すくいの網よりも張ってある紙が薄い。
気を落ち着けてよく見てみると、周りには祭と同じように、一匹の金魚も掬えずに顔を真っ赤にして網を追加しているいい大人が大勢居た。
(しまった!ダマされた!!)
この金魚掬いの店主はわざと客を煽って、掬える筈もない金魚を客に大枚払わせて挑戦させていたのだ。
そんな店のカラクリに気付いたものの、今更あとには退けない祭だった。
「オヤジっ!次の網だ!」
脇で見ていたあゆみの顔が、みるみる不安そうになっていく。
「パパ…もういいよ…おうちに帰ろう」
「もうちょっと待っててねあゆちゃん。必ず掬ってあげるから」
そんな言葉をあゆみに掛けるが、その祭の表情は明らかに不安に満ちていた。
そして…一時間後…
予想通り、祭は一匹の金魚も掬えないまま、先程払った一万円分の網を使い切ってしまった。
「ごめんな…あゆちゃん…お父さん、金魚掬えなかったよ…」
「ううん…パパ気にしないで…」
こうして、二人の夏祭りは終わった。あれほど楽しかった夏祭りが、一軒の金魚すくいの為に台無しになってしまったのだ。
喧騒な夏祭りの人波と行き交い家路に帰る祭親子の背中は、ひどく寂しそうだった。
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