第5話追跡
皆が、似顔絵というよりは顔文字に近いシチローのお粗末な絵に閉口していると、珍しくひろきがアイデアを提案してきた。
「ねえ、この会社って顔写真付きの社員名簿とか無いの?」
社員名簿の顔写真で顔と名前を照らし合わせれば、シチローが目撃した産業スパイであろう男の特定が出来る。
「そうか!ナイスアイデアだひろき、でかした」
「その名簿なら、総務課の方に行けばあると思うが…」
「よし!そうと決まれば総務課に行くぞ!」
「おお~~っ!」
これで依頼解決への道のりは、ぐんと近いものとなった筈である。
『総務課』…
「うーん…これも違う…これも違うわね…」
簡単に判ると思っていた『産業スパイ容疑者』の特定は、意外に厄介な作業であった。
「ちょっと!花水部長!普通こういうデータは、部署別にしてPCとかに入ってるんじゃないの?」
総務課で渡されたのは、何冊かに分けられた卒業アルバムのような分厚い本の束であった。しかも、載っているのは入社の古い順で、部署ごとの分別はされていない。
「いやあ、なんせウチは製紙会社だからね。紙を使うのは当然の事だよ…それに、人事異動で部署が変わる事はよくある事だから、その度に作り直す訳にもいかないだろう」
花水部長は、そう言って弁解していた。
「キャッこの人、イケメンだわ」
「コブちゃんは、何してるのかな…スパイの顔見てないのに…」
名簿の中でイケメンを探して喜ぶ子豚に、シチローが皮肉を込めて尋ねた。
「大丈夫よ!顔を見れば、『悪人』かそうでないか位判るわよ!
…そうね~この顔なんか、スゴイ悪そうよ!絶対何か犯罪に関わってる筈だわ!」
子豚も負けずに、名簿の中の写真のひとつを指差して、反撃をする。
すると、その写真を見た花水部長がポツリと一言……
「それは、当社の社長だが…ナニカ?」
「・・・・・・」
♢♢♢
「うーん…なんせ一流企業だからな…社員の数もハンパじゃないよ…」
端から一人一人の写真を見ていくといった地味な作業を続けていると、ひろきが突拍子もない声を上げた。
「あっ!シチロー、あったよ!」
「だから~ひろきは相手の顔見てないだろうに!」
確かに容疑者の顔を見ていない子豚とひろきは、この社員名簿での確認作業は無用なはずだった。そのひろきはシチローに一喝され、不満そうに呟いた。
「だって、この顔だと思ったんだけどな…」
(`_´)
祭 大輔
「その男だっ!」
てぃーだとシチローの声がハモった。そして意外にもその写真は、先程シチローが描いた顔文字のような似顔絵にそっくりだった。
「あの似顔絵…意外と上手かったのね……」
子豚が感心したように言った。
「待てよ…祭 大輔といえば、確か先月まで開発部にいた私の部下じゃないか!」
顔写真の下にあった『祭大輔』という名前を見て、花水部長がそんな彼の情報を思い出した。
「それは本当ですか、花水部長?これはただの偶然なんかじゃないな…」
祭が元開発部であるという事と、今回の産業スパイ騒動はきっと何か繋がりがあるに違いない…ぼんやりではあるが、シチローにはそんな予感がしていた。
「『祭 大輔』って何か、お祭りが大好きそうな名前ね」
子豚がダジャレともとれる様な感想を言う。
「そりゃあベタ過ぎるよ…コブちゃん…『祭 大輔』だから、祭が大好きなんて」
しかし、彼の事を知る花水は子豚の言葉をフォローでもするように、こんな事を話してくれた。
「でもまあ、彼が無類の祭り好きだったのは当たっているよ。
彼は優秀な男だったが、祭りの時期になると仕事そっちのけで早退したり休んだりばかりするもんだから、開発部を追い出されて他部署に飛ばされたんだ…」
「なるほど……それなら、その飛ばされた事を恨みに思って、スパイ行為をしているのかもしれないわね…」
動機は十分である。これで、祭 大輔の容疑はますます深まった。
「まぁ~とにかく、その彼を捕まえればこの依頼は解決だね」
そんな風に単純に考えるひろきだったが、それに対しシチローはこの事件が祭の単独犯ではないのでは…と考えていた。
「いや…はたして、彼1人の犯行なんだろうか?
スーパーティッシュの技術を盗んだとしても、個人では大した利益に繋げる事は出来ないだろう……もしかしたら、バックに大きな組織が絡んでいる可能性だってあるよ」
「何が言いたいの…シチロー…?」
「つまり、今すぐ祭を捕まえるよりは、彼を泳がせて後を尾行すれば黒幕にたどり着けるかもしれないって事さ!」
そう言って、再び人差し指を突き出し、ポーズをキメるシチロー。
またまたキマッた
東京の私立大学を卒業後、花神王子製紙に入社する。
会社では無類の祭好きな男として有名で、毎年祭の時期になると早退、欠勤を繰り返し、その悪い癖が災いして所属していた開発部を追い出され、現在はリサイクル資源課勤務である。それから、彼には一人娘の“あゆみ”という6才の娘がいて、目に入れても痛くない程に溺愛している…目下のところ産業スパイの最有力容疑者である。
♢♢♢
産業スパイの黒幕を突き止める為に、シチロー達はその祭を隠密に尾行する事にした。会社の定時のチャイムが鳴る午後5時、通用門の前で彼が出て来るのを待つシチロー達。
「奴はいつも定時で家に帰るそうだ。ここで待ち伏せして尾行を開始するぞ!」
「お~~~っ!」
全員で掛け声を合わせ気合いを入れていると、予定通りに会社の建物の中から、私服に着替えた祭が姿を現した。
祭は電車通勤である。
徒歩で最寄りの駅へと向かう祭の後ろを、4人は少し距離をおきながらさりげなく尾行を開始した。
「ところで……」
歩きながら、シチローが周りに聞こえない程の小さな声で子豚に囁いた。
「ところでコブちゃん…その格好は何か意味でもあるのかな?」
「だって、隠密行動でしょ?…私なりに工夫してみたんだけど」
この尾行をするのに、子豚は何を思ったのか、
黒の全身タイツを着用して来ていたのだった。
「コブちゃん…まだ夕方だし、余計に目立つと思うよ……」
いつもながら、子豚の発想には理解に苦しむところがある。
山手線車両内……
ザワザワ…ザワ…
「あれはいったい何なんだ!何かの撮影?」
「キャハあれウケル」
「ママ~!あのお姉ちゃんなぁに?」
「ほら!ダメよ!目を合わせちゃ!」
「コブちゃん…だから目立つって言ったろ?」
シチローが呆れたように言った。
「私1人だから目立つのよ!ひろきも着なさい!」
「コブちゃん…それじゃあ“モジモジ君”だよ……」
電車内では、子豚の格好は確実に人目を引いた。それでも幸いな事にターゲットの祭に気付かれていないのは、乗っている車両が隣の車両だった為である。
やがて祭は、ある駅で電車を降りてまた歩き出した…
電車を降りた祭は、シチロー達に気付く様子もなくひたすら歩いていた。
「おかしいな…確か、祭の自宅はこの駅で降りるんじゃ無い筈だ」
この近辺は、自動車の部品や家電部品などの、いわゆる下請け中小企業の工場が建ち並ぶ地域だった。
こんな場所に、祭は何か用事でもあるのだろうか?
しばらく歩きやがて、ある建物の前で祭の足がピタリと止まった。
「シチロー!祭が建物の中に入ったわ!」
4人は、小走りにその建物の前へと向かった。
「何か、倉庫みたいな所だね…」
祭の入った建物は、小さな工場とも倉庫とも思えるような建物であった。
しかし、会社名を示す看板などは何もない。
「怪しいな…よし、外で少し様子を見る事にしよう」
シチロー達は外で祭が出てくるのを待ったが、祭はなかなか出てこない…彼が建物に入ってから、かれこれ30分程が経過していた。
「これは長期戦になりそうだな……」
祭が入って行ったきり何の変化もない入口を見つめて、シチローが呟く。
「シチローやっぱり張り込みには、牛乳とアンパンじゃない?私、そこのコンビニでちょっと買って来るわよ」
そう言って子豚は、祭のいる工場の裏手にあるコンビニの方へと歩き出した。
「コブちゃん…あんな格好で行って、コンビニ強盗に間違えられないだろうな…」
「あたしもビール買って来ようかな」
そう言って、ひろきも子豚の後に続く。
「あっ、ひろきも来る?そういえば今日マガジンの発売日なのよね…ちょっと立ち読みしちゃおうかしら」
「そうだね~張り込みなんて退屈だもんね~」
「おいっ!お前らやる気あんのか~っ!」
二人の背中に向かってシチローが怒鳴りつけると、子豚とひろきが振り返ってシチローをじっと見つめ返した。
「…………」
「な…何、二人共…なんか文句があるの?」
「シチロー…この建物、裏にもドアがあるけど…」
「え?・・・・・」
シチローからは見えないが、子豚達のいる位置からはちょうど建物の裏側が見えるのだった。
裏口のチェックを怠ったシチローの完全なミスである。
「しまった!オイラとした事が、こんな基本的なミスを!」
てぃーだが、両手を肩の位置まで挙げて空を仰いだ。
「もう祭は裏口からどこかへ行ってしまったかもね……」
「や~い、シチローのドジ」
子豚とひろきは何故か嬉しそうだ。
「クソッ!」
自分の不甲斐なさに、シチローは悔しそうに腕を組み、次の行動を考える。
「これからどうするの?シチロー?」
「……………」
やがて、意を決したようにシチローが言った。
「よし!こうなったら、みんな、中に入るぞ!」
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