第2話接待ゴルフ課

「4人ですか…そうですな…2部署ほど空きがありますけど…」


人事部の担当者は、社の配置表を眺めながらそう答えた。

花神王子製紙のこの本社には、様々な部署がひしめき合っている……スパイに感づかれない為には、ごく自然に補充という形で空いた部署に潜り込むのが得策だと、シチロー達は考えたのだ。


「2部署って言うと、あたりかしら」


てぃーだは、希望的観測でそんな部署名を口にした。


「あたしは、社長秘書がいいな~」


ひろきは、その言葉の響きに憧れの表情を見せる。


しかし、眼鏡をずり上げ人事部の担当者が口にしたのは……


「いえ…ですね…」

「接待ゴルフ課って何だよ・・・」


皆が不安そうな表情をする中、子豚だけは喜んでいた。


「キャッ、ゴルフがタダで出来そう」


子豚の嬉しそうな様子に、ひろきも後に続く。


「あたしもゴルフやりたい」

「それじゃあ…コブちゃんとひろきは、『接待ゴルフ課』でオイラとティダは『リサイクル資源課』って事で……」

「リサイクル資源課の方が、まだまともそうだわ…」


アテが外れたてぃーだが、溜め息混じりに呟いた。


「それでは、早速それぞれの部署について下さいね」


花水にそう言われ、子豚は腕捲りをして、張り切っている。


「これで私もいよいよ『女子プロゴルファー』としての道を歩む訳ね」


これも『プロゴルファー』と言うのだろうか…?


そんな子豚を茶化す様にシチローが掛け声をかける。


「よっ、接待プロ!」

「うるさい!シチロー!」


確かに、ゴルフを仕事にしている事に変わりは無いのだが……



  接待ゴルフ課


その、なんとも風変わりな『接待ゴルフ課』とはどんな部署なのであろうか?


子豚とひろきが、指定された『接待ゴルフ課』のすぐそばまでやって来た時、ちょうどその中からは、よく揃った掛け声の様なものが聞こえて来た。


「ナイスショットォ…はいっ!」

「ナイスショットォ」


なんとも調子の良さそうな軽いノリの掛け声に、子豚達は、妙な違和感をおぼえた。


「何やってんのかしら…ここの人達…」

「ダメダメ!笑顔はあくまでナチュラルに!はい!もう一回!」


ドアの前に立った子豚達は、まるで合唱団の練習中に割り込んで行くみたいで、ものすごく入りづらかったが、ここは勇気を振り絞って部屋のドアを開けた。


「あのぅ~すいません…」

「はい、いらっしゃいませ」


十数人の社員と合い対して、掛け声の指導をしていた男は、子豚達の方を振り返り

満面の笑顔で挨拶をしてきた。


「あの…私達、今日からお世話になる…」

「何だ、身内の人間か…」

「変わり身が早いわね……」


子豚達が接待ゴルフ課に配属された事を知ると、その男は少し横柄な態度で、自己紹介を始めた。


「私が課長の『四井所玉道よいしょたまみちという者だ。接待ゴルフ課は厳しいぞ!ビシビシしごいてやるからな!」

「そんなに頑張らなくたって、簡単よ。わざと負ければいいんでしょ?」


子豚のその言いぐさに、課長の四井所は心外だという顔で、いきなり子豚達に仕事を言いつけた。


「何もわかってないな……よし、君達は明日の接待、私と一緒にコースを周りなさい」



♢♢♢




そして、翌日の某ゴルフ場……


「コブちゃん、今日は、誰の接待するんだろうね?」


子豚とひろきは、指定されたゴルフ場で四井所課長の到着を待っていた。


昨日、四井所に接待を言い渡された後に打ちっぱなしで1時間練習する程張り切っていた子豚とひろき。果たしてうまく接待のゴルフが出来るだろうか?


「あっ、課長が来たわよ」

「おはようございます~課長」


早くも“接待モード”の四井所は、得意の満面の笑顔を保持したまま、自家用車のカローラから降りて来た。


「おはよう。今日はキミ達に、をして貰うからね。

くれぐれも失礼のないように!」


花神王子製紙を一代で築き上げた、会長の花神泰造はながみたいぞう。社長の座を二代目に継がせてからは、もっぱらゴルフが彼の憩いの時であった。


この会社に接待ゴルフ課なんていう特殊な課が設置されているのも、この会長の趣味がおおいに反映されているからに違いない。


「会長さんが来るんだ…よ~し!ご機嫌とってボーナスもらうぞ!」


しかし、そんなひろきに対して、四井所課長から残念なお知らせがあった。


「あ~時間の関係でね…今日は2人のプレーでやるから、ひろき君は子豚君のキャディを頼むよ」


「え~っ!アタシ打てないんだ~!」

「まぁ~安心しなさい。私がひろきの分も、バッチリご機嫌とってあげるから」


残念がるひろきの肩を叩いて、子豚が自分に任せろと右腕の力こぶを見せる。


そんな話をしている二人の前に、いかにもと思わせるがやって来た。


その運転席から降りた白い手袋をした運転手が一礼をして、神妙な面持ちで後席のドアを開けると、中からは貫禄のある恰幅の良い男が降り立った。


「ウォッホン!私が、一番偉い会長である!」


その姿を見るや、四井所は接待スマイルにモミ手までして、そそくさと会長の側へ近づいて行った。


「いやあ~会長~お待ちしておりましたよ!

本日は、宜しくお願い致します~…この2人は、本日会長と一緒に周らせて頂く子豚君とひろき君です」

「会長~はじめまして、『ボケキャラ』の子豚です」

「『酒キャラ』のひろきです」

「ん、ワシが花神じゃ!」


なんちゅう自己紹介だ……


「それでは始めましょうか…私が会長のキャディを務めさせて頂きます四井所です。どうぞよろしくお願い致します」


そんな訳で、子豚とひろきの接待ゴルフ課最初の仕事が始まった。


「それでは会長、ティーショットは会長からお願い致します」

「ウム…偉い順じゃな…ワシは飛ばすぞ~!」


そう言って会長は、それ一本で子豚のゴルフセットが買えそうな程の、ピカピカと光り輝く高級ドライバーを手にした。


「では……」


静かに構える会長の背中越しに、四井所が子豚達に耳打ちをする。


「君達、わかってるね…会長が打ち終わったら、『ナイスショット』を忘れないように!」

「わかりました課長」


そして、会長の第一打。


シュン!


「ナイスショットォ~会長~!」



「空振りした…」

「・・・・・」


すかさず四井所がフォローに入る。


「いやぁですね~会長…それでは、本番と行きましょうか~さあ、どうぞ!」


隣では、子豚とひろきが会長に聞こえない程の小さな声で、ヒソヒソ話を始めた。


「ねぇ…会長って、もしかしてゴルフ下手なの?」

「いきなり空振りだもんね……」


その会長の一打目は、OBスレスレの林の中へ……

会長は、少し残念そうに呟く。


「ちょっとスライスしたな…」


それをすかさず、四井所がフォロー。


「いやあ~会長、惜しい!さえしなければ!」

「コブちゃん……突風なんて吹いたっけ?」

「全然……」


続いて…子豚の一打目。


「とりあえず、思いっきり打てばいいわね……えいっ!」


スコォォォン!


子豚のショットは、男子顔負けの恐るべき飛距離でグリーン手前のベストポジションに落ちた!


そのあまりの飛距離に、口をあんぐりと開け空を見上げる四井所と会長。


「どんだけ飛ばすんだよ……」

「な…なかなかやるじゃないか…」


そして第二打目で、会長はようやく林からボールを出した。


この時点で既に100ヤード近い差をつけ、このホールの子豚の勝ちは見えたも同然である。

しかし、接待ゴルフ課としては、そんな事は決してあってはならないのだ。

再び四井所が子豚に耳打ちをする。


「子豚君…次は林に打ち込みなさい…」

「林って……方向全然違うんですけど……」

「何でもいいから!」


林に打つという事は、グリーン方向に対して90度…つまり、真横に打てという事だ。


どう見ても不自然である。


それでも、なるべく不自然に見えない様に、子豚は体を開きぎみに構え、さらにクラブのヘッドを思いっきり斜めになる様に持って、とりあえずグリーンの横を狙っているごとく見せかけながら第2打を打った。


「じゃあ、こっちにえいっ!」


カコーン!


狙い通り、子豚の打った球は林に向かって一直線に飛んで行った。


このミスショット(?)に会長は、ほくそ笑み、四井所はガッツポーズをして喜んで見せた。


しかし……


ボールの行方を見守っていたひろきが、突然大声で叫んだ。


「ああっ!コブちゃん!行っちゃったよ!」

「あら……」


子豚の打った球は、林の木に当たって跳ね返り、見事にグリーンへ2オン。


「コブちゃん…どんだけ絶好調なのさ…」


キャディのひろきが、呆れ顔で呟いた。


「ああ…気まずいわ…」


さらにまずい事に…会長は、次の一打をバンカーに落としてしまう。


その、あまりの困難な状況に四井所課長は苦悶の表情で腹部を押さえ始めた。


「胃が痛くなってきた……」


「これだけリードしちゃうと、負けるのが難しいわね…」


しかし!それでも接待ゴルフ課としては、なんとしても会長に勝って貰わなければ困るのだ。


「子豚君…会長にはなんとしても追いついて貰うから、君は『刻んで』打っていきなさい!」


グリーンに乗った子豚のボールは、ピンまであとわずかである。


「この距離から、どうやって刻むのよ…」


会長のバンカーショット…


「ここは、大事な所だぞ…」


四井所は、拳を硬く握りしめ緊迫した表情を見せる。


その視線の先には、バンカーに入り神経質に足場を馴らす会長の姿があった。


しばしの沈黙の後、ゆっくりと会長のクラブがアドレスに入る。


「せぇ~の!」


「ヘックショイ!」

「コブちゃん!」


隣りにいたひろきが、慌てて子豚の口を塞ぐが、もう遅い。


四井所が鬼のような表情で子豚達を睨みつけた。


「あっ、うまく出た!」


結果オーライである。


「胃が痛い…」


そこからは、子豚は1メートルずつの刻み打ちで、会長が追い付くのを待つ…


「ひろき……今、何打目?」

「8打目?…あれ、9打目だったかな?」


そして、ようやく会長が子豚に追いついた。


「フッフッ見たか!ワシの!」

「会長…これだけの『八百長』に気がつかないなんて……」

「いやぁ~会長、見事な追い上げで!いよいよパットの勝負ですな」


ようやく希望の光が見えてきた四井所は、また接待スマイルに戻っていた。



♢♢♢



「コブちゃん…これ入れたら勝っちゃうからね…絶対よ!」


今までの事もあるが、今回は特に絶対失敗の許されないパットの勝負である。


とんでもない所に打てば外す事は簡単だが、しかし、それではあまりにもわざとらしい。


「ああっ、逆にプレッシャーだわ!それじゃ…カップの横50センチを狙って!」


そして、接待ゴルフ課の運命を懸けて子豚のパットが打ち放たれた!


コン!


「よし!完全に方向違いだ」


誰もがそう思った。


しかし…


「あれ?ボールが曲がって…」

「あら…」


まるで、見えない糸で操られている様に、子豚の打ったボールは大きな弧を描いてカップに吸い込まれていった。


カッコーン!


「入っちゃった!」


実は、子豚の打ったコースはプロでも見分けが難しい、に沿っていたのだ…


「負けてしまった…」


今まで、会社内では負け知らず(もちろん八百長だが)だった会長は、肩を落として深い溜め息をついた。


そして、この結果を受けて、子豚達は当然課長の四井所から思いっきり説教を受けていた。


「お前ら何て事してくれたんだ!長い『接待ゴルフ課』の歴史で、こんな失態は初めてだ!」

「それじゃあ、に名前変えなくちゃ」

「ボーナスはもらえないの?」


もらえるかっ!


















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