水仙
ゆきのともしび
水仙
『さびしくなったら お湯に足をつけるの
そうするとね 自分のことを少しすきになれるのよ』
彼女のことばを思い浮かべながら
今日もぼくは足湯をしている
血液がながれる
身体の隅が弛緩する
脳にすき間ができる
ぼくには人を愛する能力がない
いつくしみ 深く寄り添うことができない
『恋をするなんて 陳腐なことば 大きらい』
ぼくは彼女を愛したかった
吸い込まれるような色合いの
吹きガラスのような彼女に
ぼくは慎重に触れていたはずだ
でも ちょっとした南風と
机のわずかな揺れで
ガラスが割れた
ガラスを片付けるときに 掌から血が出た
傷口からあふれる血液をみて
ぼくは身体のどこかに蓋をした
そのあと 決して割れることのない
プラスチックの代用品を買った
「ガラスは扱いづらい」
そうマジックで書き留めて
最後にみた彼女は 涙をぬぐうことなく
静かに泣いていた
足を引き上げ タオルで拭く
ゆるんだ脳は ぼくに問いかける
「あなた それでいいの?」
机に置かれた
プラスチックのコップで 水を飲む
「涙をぬぐわないのは 今まで沢山泣いた証なのよ」
母のことばを思い出した
机に生けた水仙の香りが
目の前を通り過ぎる
その夜 はじめて
ぼくは泣いた
水仙 ゆきのともしび @yukinokodayo
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