癒し系アパート

たい焼き。

これは家賃の中に含まれるんでしょうか?

「いやぁ〜、タイミングが良かったですね〜! なかなかここは空きが出ないので、皆さま狙っているんですよ〜」


 不動産屋の営業マンが内見先へと向かいながら、猫なで声でよくある営業文句を話してくる。


 ……きっと、売上ノルマがあるんだろうなぁ。

 どうしても成約させたい案件も多々あるだろうなぁ……。お疲れ様です。


 同じ社会人として、きっと売り上げ目標などが決められているであろう隣で笑顔を貼り付けて歩くサラリーマンに内心同情しつつも、こちらだって同情心でホイホイ契約できるようなものではない。

 契約したら最低2年間はそこで過ごすのだ。

 じっくりと中を見させてもらって、他の候補と比べて決めたい。


「内村様、次の信号を渡って右に少し行けば目的のアパートがあります! それで……あ、申し訳ありません、電話が……」

「全然出てくれて大丈夫ですよ」


 申し訳ありません、と言いながら営業マンは私から少し離れて、胸ポケットからスマートフォンを取りだして会話を始めた。

 私はそれを視界の端に入れながら、もうすぐ到着するはずのアパートを探す。ついでに周りの環境も見ておきたい。


 目的のアパートは駅から歩いて10分程度という距離もあり、周りは住宅街で駅前ほどの騒がしさはないし車通りがあるせいか静かすぎる感じもしない。


 場所的にも悪くはないかな。


 そんなことを思いながら道路を眺めていたら、アパートのある方角から一人のおばあさんがこちらを見ていた。

 目がパチッと合ったと思ったら、そのおばあさんはニコッと笑いなぜか手招きしている。


 なんであのおばあさんは手招きしているんだろう……。

 すっごくこっちを見てるけど……営業マンを置いて行くわけにもいかないしなぁ。


 口に手をあてながらどうしようかと、営業マンのいるほうを振り向くと営業マンはちょうど電話を終えるようでスマートフォンを耳に当てながらペコペコと軽くお辞儀をしている。

 私の視線に気がつくと、「はい、えぇ。それでは失礼いたします〜」と言いながらこちらへ近づいてきて、先へ進みましょうとゆるく促してくる。


 私は目線だけで手招きしているおばあさんを営業マンに伝えると、営業マンはニッコリと笑った。


「あぁ、もう大家さんが見られてますね。いきましょう」

「えっ、あ、あぁ……そうなんですね」


 営業マンに連れられて、大家さんだと思われるおばあさんがいる方へと向かう。


 おばあさんのところまで行くと、おばあさんは笑顔を崩さずに楽しげに営業マンに話し出した。


「あらあら、江間来えまきさん。今度入られる方がこちらの……?」

「こんにちは、お世話になります。こちらのお客様は今回はとりあえず内見でして……」


 おばあさんは今度はこちらへ向き直って話してくれる。


「うふふ、きっとウチのアパートを気に入りますよ。早くいらしてね」

「は、はぁ……」


 おばあさんは何だかいたずらっ子のような笑顔を浮かべて楽しそうに続ける。


「ウチはね……あっ、それは見てのお楽しみね。アレルギーは何かあるかしら?」

「いえ、特には……」

「そう? 良かったわ」


 営業マンがいるにも関わらず、行きましょう、と先頭切っておばあさんが案内しだした。

 営業マンも黙ってこちらに笑いかけるだけでおばあさんについて歩いている。

 しょうがないので、私も色々頭の上に?マークを浮かべながらも二人についてアパートに向かう。


 私の前を歩く二人は何だか楽しそうに話していて、だんだん営業マンの笑顔も貼り付けたような作り物から人となりが伝わるような人懐っこいものへと変わっている。


 最初からそういう笑顔ならもっと親しみが湧いて色々な相談ができそうなのになぁ。




「着きました。内村様、こちらが今回ご案内するアパートになります」


 案内されたアパートは一見、どこにでもある至って普通のアパート。

 二階建てのレンガ色の屋根が特徴的な少し古ぼけた印象を与える。今回空きが出たというのは二階の角部屋で外から見ると、部屋への日当たりはとても良さそう。

 角なので小窓がついていて……ん!? 今、窓のところに黒い影があったような……?


 ギョッとして二人の方を見ると、気がついていないのか二人ともおしゃべりに夢中になっている。


「あ、あ、あの……っ。い、今……中に……」

「はい? どうされました?」


 二人は笑顔を崩さないままだ。


 私の気のせいだったのだろうか?

 それとも、事故物件だったり何かが〝出る〟部屋だったりするのだろうか……。

 これはさっさと内見を済ませて次の物件を探した方がいいかも。


 だって、そもそも大家さんがあんな風に迎えに来るなんておかしい。


「内村様、どうされたんですか? どうぞ、こちらになります」


 営業マンがガチャリとドアを開けて、私に入るように促してくる。

 私の後ろには大家さんのおばあさんが控えていて、逃してくれそうにない。


「おじゃまします……」


 私が意を決して中に入ろうとすると、後ろにいた大家さんが「駄目よ、そんなに大きくドアを開けちゃ!」と慌ててドアを閉じようとする。


 な、なんだ!?


「入っちゃって」と大家さんに半ば強引に室内に入れられてしまう。一緒に営業マンも大家さんも入っていた。


「な、何なんですか、急に……」


 私が抗議しようとすると、営業マンの江間来さんが急に猫なで声を出してきた。


「いやぁ~、相変わらず美人さんですねえ〜」

「はっ? 何ですか、とつぜ……」


 私の抗議の声は宙に消えた。営業マンの猫なで声は私に向けられたものではないのがわかったから。



 小窓のところで見た黒い影の正体がわかった私は、すぐに詳細を大家さんに確認して営業マンとともに不動産事務所に戻ると急いで契約を済ませた。


 契約を締結しながら営業マンが内見に向かう途中にあった電話についても話してくれた。


「あの時の電話も、実は内村様が契約されたアパートに関してもお問い合わせでした。今回、内村様が即決されましたので、先程のお問い合わせのお客様には別の物件を提案してみます」

「え? 他にもああいう物件があるんですか?」


 営業マンは首を横にふると、苦笑いを浮かべる。うん、だいぶ血の通った人間の表情をするようになった。


「いやぁ……さすがに全く同じような条件のところはありませんよ〜。ですので、よく条件をお聞きして少しでもご納得いただけるようなところを提案するまでです」


 ふーん、そうなんだ。

 あのアパートが人気だというのは本当らしい。

 確かに、外から見ただけではわからない魅力があのアパートにはある。



 ***



 アパートの契約を済ませてから2週間。

 引っ越しも無事に終えて、部屋の窓際で日向ぼっこをしながら白湯を飲む。


 本当に引っ越して良かった。


 私の隣では、あの日小窓で見かけた黒い影が気持ちよさそうに陽の光を浴びて寝ている。

 私がそっと手をのばし、頭を撫でると自分の気持ちいいところにあたるように調整しながらゴロゴロと喉を鳴らしている。


「お日さまが気持ちいいねぇ、ミーコ」

「んにゃ〜ぉ」



 ここは各部屋に癒やされる可愛い動物が住んでいる癒し系アパートだったんだ。

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癒し系アパート たい焼き。 @natsu8u

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