第4話 性格は父親似

「よし、ここまで離れば大丈夫だろうよ」


 贄の王はそう言うと、持ち上げていた私の体をそっと地面に降ろした。

 さっきまで私の体を掴んでいたスライムが彼の口の中へ収納されていく。


 一体どういう原理??


 「あ、あのさっきはー」

 「ああ、大丈夫だ。嬢ちゃんが俺に言いたいことは分かる」


 お礼の言葉を遮られてしまった。

 あれなのかな、意外とキザな人なんだろうか?

 


 「気が済むまでおっさんの事殴って良いぞ」

 「殴りませんよ!!!なんでそうなるんですか!!!」



 え、本当になんで??

 すごく話の流れが急だったんだけど??


 もしかして、この人変態なの??

 年下の女の子に殴られて快感を得るタイプの変態なの??


 体中に色んなモンスター寄生させてる時点である意味変態確定な所はあるけども。


 「え??さっきはスライムなんかで私の体を包みやがってこの野郎、ぶち殺してやるって言おうとしてたんだろ??」


 「そんな物騒な事言いませんよ。ましてや命の恩人に」


 「そうか??嬢ちゃんの母親を初めてスライムで拘束した時なんかすげぇ怒ってた記憶あるんだが」


 どうやら私の母は結構短期だったらしい。

 私の記憶に怒っているお母さんのイメージが無いのは、結婚して穏やかになったとかそういう事なんだろうか。


 「私はただ、お礼が言いたかっただけですよ」


 キュルム・ヘザートを代表する追手を倒してくれた事。

 そして、継承の儀まで私の味方をしてくれると宣言してくれた事。

 しかも、私に修業を付けるとまで言ってくれた。


 二つ返事で了承してくれるほど簡単な事ではないのに、彼は簡単な条件で請け負ってくれた。

 見た目とかはアレだけど、この人は良い人だ。


 「私の我儘に付き合ってくれてありがとうございます」

 「……そんなかしこまってお礼言われるほどでもないさ。我儘に突き合わせてるのはお互い様だからな」



 この嬢ちゃん、リムスって言ったか。

 礼儀正しくていい子だな。


 生きる暴力装置みたいだった母親のセクメトとは大違い、性格は父親似だ。

 顔はこんなに母親似なのにな。


 『今のアンタの方が私は好きよ。そのスタンスを続けられるのなら、この人類最強のセクメト・シェヘラザードの初めての宿敵として認めてあげるわ』


 ああ、嫌になるねぇ年を取るって言うのは。

 死んだあいつの幻影を、娘である嬢ちゃんに重ねてしまう。

 未練たらしくって、女々しくって嫌になる。


 『名を忘れてしまったのなら、次からはこう名乗りなさい。アンタは贄の王。自らの体を贄とし、ありとあらゆる物から力を受け取り、人類最強を打破しようとするアンタにピッタリの名前でしょ?』


 俺の人生は全て、セクメトを倒す為に捧げていた。

 女も作らず、地位も得ず。

 ただ己の身体を強くする方法を探すだけの日々。


 みじめだとは思わない。

 奴の宿敵として過ごす人生は存外楽しかったからな。


 だからこそ、あいつとの再戦が叶わなかった事だけが心残りなんだ。


 「俺は嬢ちゃんを半ばセメクトの代わりとして見てる気持ちの悪いおっさんだからな。本当に礼を言われる様な良い人じゃないのさ。ほら顔あげな」


 「いえ。私、タイプじゃない男の人に体を売るぐらいの覚悟で貴方を探していたので。お母さんの代わりに貴方と戦う程度の事で協力してもらえるだけで嬉しいんです」


 だからお礼をさせてくださいと、リムスは言った。

 

 『君にセクメトが奪われるかもしれない覚悟でいたからね。いつBSS案件になってもおかしくないと思ってた。まさかあんなにセクメトに執着しているにも関わらず恋愛感情が一切無いなんて思わなかったよ』


 なんだろうな。

 ちょっとズレた覚悟の決め方する所まで父親に似なくて良かったのに。


 「まぁ、嬢ちゃんがそれで良いならおっさんはいう事ないけどな」

 「嬢ちゃんじゃありません。リムスです」


 リムスは下げていた頭を上げると、人差し指をピンと立てて「これから長い付き合いになるので互いに名前で呼びましょう」と言った。


 「贄の王さんの本名も教えてください」

 「あ~それなんだけどな」

 「はい?」

 「サーチちゃんを寄生させた時に過去の記憶が一部消えてな。自分の本名思い出せねぇんだ」

 「えぇ……」


 俺は左目の穴からカサカサと躍動しているサーチちゃんの足を撫でる。

 こいつの一部と俺の脳を完全にリンクさせてるからな。

 多分その時に脳の大事な所が逝った。


 「だから、贄の王って名前しかおっさんには残されてないのさ」

 「呼びずらいですね……なら、にえさんって呼びます」


 困惑した表情で彼女はそう言うと、握手をしましょうと言わんばかりに右手を差しだした。

 これからよろしくお願いしますと言葉を添えながら。

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