4話 私に気づいて

 私の横を広島電鉄が通り過ぎる。日差しは眩しく、とても暑い。地球温暖化で気温は毎年上昇しているのだと思うけど、それに加えて、広島は東京より暑いんじゃないかしら。


 川沿いの木々の下には小さな木陰ができていて、小さな公園のようなところにあるベンチに座りながら、道を通る人たちを眺めていた。


 学校に向かう小学生達が、友達と走りながら笑って通り過ぎる。それから2時間ぐらい経つと、朝の掃除が終わって買い物なのかしら、お母さんがベビーカーを押し、ゆめタウンという大きめのスーパーに向かう。


 暑い夏の、ごく普通の風景だけど、私の姿には、だれも気づいてくれない。気づくというよりも、私にぶつかってきても、なにもないように通り抜けていく。存在しないかのように。


 あの日から、私はだれからも見えない存在になってしまった。こんなに、私にははっきりと意識があるのに。


 幽霊って、夜に人の背後からなんてイメージだったけど、私が幽霊なのかは別として、なんというか、全く日常生活の中にいて、今は炎天下のもと、ごく普通に歩いている。


 違うことといえば、汗とかはでなくて、お風呂とかに入ることもない。食事もしないから、トイレとかにいくことはない。服を着替えることもない。


 周りを歩いてみたこともある。比治山に登ってみると、山頂までは道路に沿っていけるのだけど、美術館とか公園とかを過ぎる頃になると、それより先は真っ白になって、よく見えないし、先に進めない。どうしてなのかしら。


 私が住むはずだったウィークリーマンションに行ってみたけど、男の人たちが、私のキャリーバックを外に持ち出していく。私のものだから、やめて。


 そんな声は、男の人達には届かず、ここの住人は荷物だけ置いて外出し、行方不明になったと話していた。私は、ここにいるのよ。聞こえないの。見えないの。


 そういえば、1年前も似たような事件があったとも話していた。


 そして、翌日、私の同僚だった坂井くんが、この部屋に入居してきた。電話で話しているのを聞いていると、私が引き継ぐはずだった業務が、私の行方不明で、坂井くんに引き継がれることになったらしい。


 しばらく、坂井くんの暮らしをみていたけど、なんかとても質素ね。同僚が下着だけで歩き回るのを見るのは罪悪感もあったけど、家に帰るとお風呂に入って、それからコンビニで買ったのかしらお弁当を温めて、ビールを飲むという感じで、毎日、このルーチン。


 まあ、1ヶ月で社宅に変わるのだから、ホテルに泊まっているような気分で、寝るためだけの部屋という感じなのだと思う。


 でも、坂井くんの会話とか聞いていたら、私のことも話していて、周りの男性からそんな風に思われていたんだと驚いた。


 私は、いつも無愛想で、朝、会っても挨拶もせず、目が合うと睨んでるんじゃないかと、人としてどうかと思うと話していた。行方不明なんて、本当に何考えているかわからないやつだって。


 そんなことないのに。毎日、仕事に追われ、与えられたことをするのに精一杯で、笑顔を振りまくなんて、できなかっただけ。


 ストレスで胃が痛くて、しょっちゅうトイレに行ってたけど、そんな姿見られたくなかったから廊下では下ばかりを向いていた。


 私は、職場ではそつなく周りに接していたと思っていたんだけど、地味で、愛想がない女性と思われていたのね。今更、気づいても、しかたがないけど。


 ある晩、坂井くんが、ベットの上で、自分の棒にティッシュを巻いてさわっていた。何をしているのかと思っていたら、いきなり震えたのを見て、何をしていたのかわかった。


 なんか、男性の1人エッチって、静かに終わるのね。


 これ以上、プライベートを覗き見するのは良くないわね。坂井くん、ごめんなさい。そう思って、その部屋を出た。


 そういえば、1年前に私と似た事件があったと聞いたわね。その人、探してみようかしら。

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