第2話 本編
私は、広島に転勤になって、現地では100m道路と言われているのかしら、平和大通り沿いにあるウィークリーマンションに今さっき到着した。
部屋の鍵は、この時間には不動産屋はもう閉まっているから、ポストの中にあると言われていていた。不安だったけど、言われた所にあって無事に部屋に入れたわ。
今は8時過ぎで、周りは静かなんだけど、大勢の人が溢れ、にぎやかな雰囲気がするのは、どうしてなのかしら。
この部屋には私1人なのに、この部屋にも人が溢れているみたい。でも、不思議と、恐怖とか攻撃的な感じは全くしない。なにか楽しげな、暖かい雰囲気で溢れている。
さっき、ドアを閉めたから、この部屋には私しかいないのは間違いない。周りを見渡しても誰もいない。
でも、楽しそうに、ふわふわと、私の周りを通り過ぎていく。横に感じる気配は、私のことに気づいていないみたい。
ベランダから外を見渡しても、なにかお祭りとかしているわけではない。とても賑やかな感じは漂ってるんだけど、神輿をかつぐかけ声とか、太鼓とかの音は全くない。
でも、どうしてなのかしら。なにか、大勢の人がおしくらまんじゅうをしているようで、とはいっても、圧迫感とかはなく、とっても楽しそうにふわふわとしたものに囲まれている感じがする。
私は、今更なんだけど、ふと、今日が広島原爆の日だったと思い出した。私は、時々、見えないはずのものが見える時があるから、そういう人たちが、この広島にもどってきているのかもしれない。
でも、苦しみといった雰囲気は全くなく、落ち着いた、優しくて、楽しい雰囲気しか伝わってこないの。もう、被爆から多くの時間がたったからかもしれない。
私は、さっきコンビニで買った梅サワーを飲んで、気分がよくなったから、初めて来た広島の街を歩いてみることにした。夜8時すぎとはいえ、大通りは街灯で明るく、襲われるなんて感じはしない。
むしろ、楽しそうに歩く人の気配にあふれている。こんな状況だと、本当なら恐怖を感じるんだろうけど、不思議に、そんな感じは全くなかった。
3階の部屋から出てエレベーターで降り、道路に出た。その時の光景は、信じられないものだったわ。
さっきは、誰もいないと思った道路が人で溢れている。しかも、みんな浴衣を着て、提灯みたいなもので、かなり明るい。
更に、さっき、私がいたビルとかは見えなくなっていて、周りは木造建築の家ばかり。
あれ、どこに来ちゃったんだろう? 私は、横にいた女性に、今日はお祭りなんですかと尋ねてみたの。
そしたら、お祭りじゃないけど、暑いし、みんなで夕涼みをしに外にでてきたと返事があった。たしかに、この辺は京橋川のおかげか、街中よりは少し涼しい感じがするわね。
返事を返してくれた女性は、うちわで扇ぎながら、ゆっくりと美しい後ろ姿で歩いていった。私は、平和大通りを白神社の方向に歩いてみることにしたの。
大勢の人が、笑顔に溢れ、子供と手を繋いだりしながら歩いている。本当に幸せそうだし、賑やか。
提灯のような明かりも、暖かくて、なんか心が和む。まるで、暗い街を照らすシャボン玉の光か、七色の毛糸の玉のよう。
いつの間にか、街灯も、昔の電球のようになっていて、場所によっては、縁日のように屋台もある。やっぱり、お祭りだったんじゃないの。
なんか、さっきより人が増えている。歩くだけでも、人にぶつかりそう。でも、どうしてか、さっきから圧迫感はなく、横の人に触れても、ふわふわした感じしかしない。
昔のような風景にも、いつの間にか違和感はなくなっていて、この場に溶け込んでいた。実は、私も浴衣を着て歩いていることにも、ずっと気づかなかったぐらい。
道を歩いていると、お嬢さんは、この辺でみないけど、どこから来ちゃったと声をかけられた。広島は大勢の人が暮らしているんだから、見たことはないのは当たり前だとおもいつつ、とても優しそうな人だったので、東京からと答えたの。
それは、遠い所からきちゃったね、広島を楽しんでと優しい顔で声をかけてくれて、通り過ぎていった。
そして、歩き続けて、白神社の近くに来たころかしら、石のうえに座っているおじさんが、これ以上は行ってはダメだと、厳しい目で話しかけてきた。
これまで、皆の顔が微笑んでいたのでびっくりしたわ。でも、周りを見ると、みんなが私を怖い顔で見つめている。
なにか粗相をしたのかなと思い、今来た道を引き返すことにした。少し戻ると、さっきのように、周りの人たちは笑顔で溢れていた。
なにか地元の取り決めとかあるのだろうなと思い、そろそろ帰らないと明日の出勤にもひびくしと思って帰ることにしたの。
でも、不思議なことに気づいた。みんな、太田川の方向に歩く人たちだけで、逆に歩いているのは私だけ。しかも、私のことはだれも気づかないようで、みんなは、さっきより急いで進んでるみたい。
そういえば、ここに来るときも、逆に進んでいる人は見なかったような気がする。私だけが、皆に逆らって、私の部屋の方に戻っていった。
本当は歩く人とぶつかると思うのだけど、不思議とぶつからず、というより、抵抗感がなく通り抜けている感じ。
でも、どうしてなのかしら。みんな、太田川の方に引き寄せられていくみたい。私だけ、逆らって進んでいいのかしら。でも、さっきのおじさんは、これ以上進むなと睨んでいたし。
私は、間違っていないのかと動揺しながらも、なんとか、さっき見た京橋川のあたりまでたどりついた。
でも、私がいたはずのマンションが見えない。酔っ払ったわけでもないのに、その辺をぐるぐると歩いてしまった。いまさらだけど、そういえば、この辺には高いビルなんて見えない。
そして、自分が浴衣を着ていることに気づいたの。家をでるときには、Tシャツに、ロングスカートだったのに。
周りは、相変わらず、楽しそうな人たちが通り過ぎていくけど、だんだん人が減っていることに気づいた。
気が動転してしまい、横にいる女性に、この辺にオリエンタルホテルがあるはずだけど、どこか知っているかと大声で聞いていた。
でも、そんなホテルなんて、この辺にはないと言われたの。そんなはずはない。たしかに、この辺にあるはずなのに。
私は、ただ平和大通りを行って帰ってきだけなんだから、道を間違うはずがない。でも、周りの人に聞いても、同じ返事しかなかった。
そこで、京橋川の横の田中町なんですけどと言うと、たしかにここらしい。どうしちゃったんだろう。
ドクン、ドクン
私の鼓動は高まっていった。
もう、帰れないんじゃないかと焦ってしまい、私は、夜2時を過ぎたころも、その辺を走りながら彷徨っていた。どうしよう。もう疲れて歩けない。
その頃になると、周りの人たちはだんだん少なくなってきて、街灯も消え始めていた。そして、周りの暖かい雰囲気も消えていき、私1人だけになっていた。
私は、音もなく、薄っすらと月の光だけが照らす、平和大通りにある緑地のベンチに、疲れ果てて座っていた。
もしかしたら、みんなと一緒に太田川の方に行けばよかったのかしら。でも、もう動けない。そして、多分、もう遅い。だって、周りにはもう誰もいないもの。
そして、朝5時ごろ、周りが少しづつ明るくなると、私の体は少しづつ、透明になっていくのに気づいた。嫌、私は消えたくない。まだ、楽しい人生が残っているはずなのに。
その30分後、私の部屋では、1つのキャリーバックが寂しく玄関に置かれたまま、窓から朝日が照らし始めた。
迷子 一宮 沙耶 @saya_love
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