エピローグ



 エピローグ



 ピンポンパンポーン。


 爆音の放送が七日館中に響き渡る。


『七泊八日の共同生活実験への御協力、ありがとうございました。参加者の皆様は、一階のエントランスにお集まりください』


「皆様? 自分以外は全員死んでいるのに?」と思ったが、突っ込みを入れたところで返してくれる人間は皆死んだ。


 いや、殺した。




 一階に向かうために降下ボタンを押すと、利用する事が分かっていたかのように、すぐに扉が開いた。


 エレベーターの中は”予想と違い”綺麗だった。




 一階に到着し、扉が開くと、メイドが十人ばかり横一列に綺麗に並んでおり、全員が同じ角度で頭を下げていた。


「此方にお進み下さい」


 メイドが案内した先は、食堂では無く、この七日館を初めて訪れた時に通った扉だった。

 二人のメイドが観音開きの扉を開けると、タキシード姿の老いた男が、薄気味悪い笑みを浮かべながら拍手をしていた。


「いやいや、これは。やはりカメラ越しに見るのとはワケが違う。常軌を逸した人間だけが放つオーラが溢れていますね」


 老人は拍手をしながら、此方に向かって歩いて来た。


「本来、私が参加者と会うことは無いのですよ。今回は”特例”というやつです」


 目の前にいる老人の顔は初めて見たのだが、話す素振りから予想は出来る。


「メイドが主催者だとかマスターと呼ぶのは貴方?」


 老人は無駄に真っ白な歯を見せながら笑った。それが入れ歯なのか自前の歯なのかは知らないし、興味も無い。


「その通りです。まぁ、積もる話は車の中で致しましょう。

 この七日館にお越しいただいた時のマイクロバスではなく、リムジンを用意してあります。さぁさぁ、此方へ」


 何故マイクロバスからリムジンに格上げされたのか分からなかったが、リムジンに不満があるわけではないので黙って着いていくことにした。




 老人とメイドに連れられて、地下駐車場のような場所に出た。七日館の豪華な装飾に目が慣れていたため、普通の地下駐車場がみすぼらしく見えてしまう。

 辺りを見回すと駐車場の隅の方にマイクロバスが停まっており、テレビや映画の中でしか見たことがないリムジンが目の前に停まっていた。


「さぁさぁ。足元と頭上に気を付けてお乗りください」


 メイドがリムジンのドアを開けて待っている。

 老人に言われるがまま、人生初のリムジンに乗り込んだ。




 少しだけ屈む必要がある低い天井。若干肌寒く感じる程に冷えた車内。ミント系のお香か香水の香り。

 車内には青いカーペットが敷かれており、白いソファ、ガラスのテーブル、他にもテレビや冷蔵庫のような物が置かれている。

 窓は元々塞がれているのか、それとも何らかの加工が施されているのか、真っ黒になっており外は見えない。


「車が動き出すと危ないのでね。どうぞ、ソファに座ってください」


 逆らう理由も無かったので、言われた通りにソファに座った。

 ソファは思っていたより柔らかい。柔らかすぎる椅子はあまり好きではないのだが、文句を言っても仕方がない。



「さてさて。これでやっとアナタとゆっくりお話が出来ますな」


「報酬は?」


 老人は呆気に取られたのか数秒固まった後に、声を出して笑った。


「これはこれは。大抵の人間は私の前に来ると、へりくだり、媚び、言わずとも頭を下げるのですが、やはりアナタは違う。素晴らしいッ!」


 大声を出した拍子に痰が絡んだのか、老人は汚い音の混じった不愉快な咳払いをしてから話を再開した。


「失礼。歳を取るとこういった事が増えるのですよ。まぁ、そんなことはさておき、まずは此処に五十万円」


 老人は懐に手を入れると、紙くずを放るかのように、テーブルの上に札束を投げた。

 五十万円と言いながら札束を出したのだから、目の前にある予想よりも薄い札束は五十万円なのだろう。


「そして、”アナタが汚した分の清掃代”と、”アナタが出した死体の処理代”。本来はもっと掛かるのですが、特別サービスで五十万円としましょう」


 老人はそう言うと、テーブルに放り投げたばかりの札束を再び懐にしまった。


「つまり、報酬は無いということ?」



 七日館のルールの一つでもある『本件中に利用する建物の床、壁、天井、扉、設置されている物の意図的な破壊行為を禁止します』の破壊行為という項目は、何も物理的破壊だけを指すものでは無いのだろう。


 殺す仮定で、バスルームだの客室だの映画館だの、あらゆる場所を汚した。血液を含む体液は、完璧に落とすとなると相当の技術と道具が必要になるらしい。特殊清掃の業者を呼ぶとなれば、それ相応の費用がかかるだろう。


 さらには、六人の死体を出してしまった。

 どうやって処理するのかは知らないけれど、”子猫”とはワケが違うのだから、それなりの手間があるのだろう。


 そういった意味では、散々好き放題やっておいて、五十万円貰おうというのは、いくらなんでも虫が良すぎる。


 むしろ、罰金を払わされるぐらいの覚悟でいたので、報酬ゼロで済むのならマシかもしれない。



「最初はそのつもりでしたがね。考え直したんですよ」


 老人は再び札束をテーブルに放り投げた。


「アナタが何を想い、何故あんな惨劇を生み出したのかを教えてくだされば、”今後の為の勉強代”ということで、当初のお約束通り五十万円をお渡ししましょう」


「話すも何も、犯行の一部始終を監視カメラで見ていたのでは?」


 老人は大げさに感じるぐらいに首を縦に振った。


「もちろん見ておりましたとも。何なら記録として残っております。もちろん、関係者以外には見せるつもりはありませんが」


「だったら」


「ですが、何を考えていたのかはカメラでは分かりません。それを話していただければ、報酬をお支払いします」


 別に、心境について話したくないわけでは無い。話すだけで五十万円貰えるのなら、さっさと話して貰ったほうが得だ。


 しかし、心の中の天邪鬼の囁きが口から漏れる。


「もしも、話したくないと言ったら?」


 老人は眉をピクリと動かした。


「報酬をお渡しすることが出来ません。ですが、それだけです。

 アナタを今すぐ”別館”に連れていき、アナタが一番嫌がる拷問をかければ、アナタのような人でもペラペラと要らない事まで話してくれるのでしょうが、私はアナタが自主的に紡いだ言葉を聞きたいのです。嘘偽りの無い、自らの意思で放たれた言葉。

 それこそが、魂の叫びとなるのです」


 他人の事を言える立場ではないが、六人も殺した人間の心境を大金を払ってでも聞こうとするだなんて、目の前の老人も中々に狂っている。


「何処から話せば良いの? 最初から?」


 老人は「最初からお願いします」と言った後に、『日谷様』と付け加えた。




 動機について



「一部始終を見させていただきましたが、途中からは計画的犯行のように思えるのですが、最初のキッカケは何だったのですか? どのタイミングで人を殺そうと決意されたのですか?」


 何処から答えれば良いものか。

 遡れば幼少期まで戻ってしまう。


「参加者募集の案内を見た時」


 老人は口をあんぐりと開けた。


「募集要項を見ただけで、そこまで発想が飛躍しますかね?」


「バレた時の代償があまりにも大きい事が分かっていたから実行に移さなかっただけで、此処に来る前から人殺しに興味はあったの。

 別におかしな話じゃないでしょう? ほとんどの人間が実行に移さないだけで、程度の差はあれど、考えたことぐらいはあるはずだから」


「まぁ、おっしゃる通りかもしれないですね」


「そんな時に、外界とのあらゆる連絡が途絶えた環境で一週間生活するという話を目にした。


 その時、私の中で死ぬまで眠り続けたであろう欲望を起こす唯一の機会だと思った。


 もちろん、アナタ達が純粋に共同生活を研究しようと思っているだけで、惨劇は絶対に起こさせないという強い意志を持っているしれないとは思ったわ。

 だから、アナタ達が私を一度でも止めようとしたら綺麗さっぱり忘れて、少しばかりの有給休暇ぐらいのつもりで応募したの」


「なるほど。どうしてお金に困っているわけでもない利発そうなアナタが応募したのか疑問だったのですが、そういうことですか」


「そして、運が良かったのか悪かったのか最終面接のようなものに呼ばれたから、面接官に単刀直入に聞いてみたら『禁止事項は先程申し上げた通りです』と言われたの。


 そこで確信した。


 アナタ達は推奨するわけでもなければ禁止するわけでもない。ただの傍観者でいてくれるとね」


「もちろんですとも。私が見たいのは、若者達の理性と本能が繰り広げる物語ですので」


 犯人側に有利なルールが多いのはそのためなのだろうか?

 それとも本気で公平な立場を取ろうとしていたのか?


 疑問に思ってはいたが、今となってはどうでも良いので訊ねることはしなかった。


「さて、話を戻しますが、募集要項を見て殺人を心に決め、二日目の夜に土井様を殺した。ここまでは分かりました。

 しかし、それ以降も木村様、火狩様、水嶋様、金原様、月野様と続きましたが、それは何故ですか?」


「土井さんを殺した時に思ったの。”足りない”なって」


「足りない?」


「土井さんは凶器で殴ったら即死したでしょ? あまりにも呆気なくて、生命を摘み取る感じが欠片も無かったの。殺しておいて悪いけれど、土井さんを殺すのに私は失敗したの。


 失敗したら普通はどうする?


 もしも失敗したら、落ち込んで、反省して、再考して、準備して、もう一度実行するでしょ?


 だから、木村さんを殺した」


 老人は口角を上げて笑った。


「素晴らしい。それで、”木村様を殺すのには成功した”のですか?」


「残念なことに、絞殺だなんて面倒な方法を取ったのにも拘らず、満足出来なかったの」


「それは、何故でしょう?」


「今は分かるけれど、この時の私は分からなかった。だから、遊びを加えることにしたの。殺しにストイック過ぎた事が原因かもしれないと思ってね」


「『遊び』というのは、密室殺人のことですか?」


「そう。まぁ、アレを密室殺人と呼んで良いのか私には分からないけれど」


「答えは想像出来るのですが、一応聞かせてください。密室殺人で満足出来ましたか?」


「出来なかったわね」


「それで、七日目の殺人へと繋がるというわけですか」


「そうね。金原を殺した時は何も感じられなかったけれど、月野を殺した時は色々と思う所があったわね」


「どういうことですか?」


「彼は私が犯人だって主張してたでしょう? 皆の前で証拠を開示出来なかったから、五日目の話し合いの時に多数決で負けたとはいえ、彼の推理の殆どは当たっていたわ」


「確かに、ご自身が殺される事や密室のトリックには気が付いていないように見えましたが、土井様と木村様の件については見抜いていましたね」


 月野の顔が頭を過ぎるかと思ったが、私が最後に見た彼の姿は後ろ姿だ。


 もう、ボンヤリとしか顔を覚えていない。

 しかし、顔を覚えていないだけで”月野”という存在そのものは私の中にハッキリと残っている。


「そんな彼の事を、私は何処かで認めていたのかもしれない。

 だから、他の人の時と違って、色々と思う所があったのかもしれない。

 たとえ、凶器で殴ってほぼ即死だったと言ってもね」


「ふぅむ。つまり、満足するためには認めている相手である必要があるということですか?」


 狂人の感覚は狂人なら分かるのだろうか。

 私と同じ答えに辿り着くだなんて。


「えぇ。認めているというか、思い入れがある相手を殺さないと、私は満足出来ないみたい」



 子猫の時は快感を得られたのに、何人殺しても快感を得られなかった理由。


 それは、殺す相手に思い入れがあったかどうか。


 この法則に、幼少期のアリやカエルが該当しているのかは怪しい。

 しかし、子猫に関しては殺すための準備期間に餌をあげている内に、準備が出来たら殺すと分かっていながら愛着が湧いていた実感はあった。


 私がもっと聡ければ、最初の一人で気が付けたのに。

 あまりにも無駄な遠回りをしてしまった。



「それは、中々難しいですね」


「動機に関してはこれぐらいだけど、こんな感じで良いのかしら?」


「はい、大変参考になりました」


 一体何の参考になると言うつもりなのか。

 気にはなったが、金輪際会うことが無い相手の未来のことなど聞いても仕方がないので、疑問を呑み込んだ。




 土井殺しについて



「土井さんが早く女湯に向かった理由は、月野が推理していたように、私が『火狩さんから早めに行こうと連絡があったわ。彼女は先に行ったみたいだから、私達も行きましょう』と嘘を付いたから。

 彼女は何も疑わずに、『どんなお風呂なのかな?』だとか『サウナとかあるのかな?』だとか言いながら着いてきたわ。


 脱衣場で服を全部脱いだ彼女を、タイツと遊技場のメダルで作ったブラックジャックで後ろから殴ったら、当たりどころが悪かったのか即死。あまりにも呆気なかったから、拍子抜けしたわね。

 むしろ、タイツが破れてメダルが溢れた事のほうが焦ったわ。全部回収したつもりだったけれど、拾い損ねたメダルを水嶋に拾われたみたいね」


 老人は上唇をゆっくりと舐めながら、気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「何かしら?」


「いえ、お気になさらず」


「そのままだと、女湯が事件現場という理由で、火狩さんと私が疑われる可能性が高かったから、犯人は欲に駆られた男と思わせるために、あらかじめ土井さんに注文させておいた避妊具の包装袋を現場に残した。


 ”包装袋を膣に入れた深い理由は無い”わ。


 そうした方が、残虐で惨たらしい犯人像を皆の頭に想像させられると思ったから。ただそれだけのこと。

 包装袋の中身は、トイレに流して詰まったら大事になると思ったから、自室に戻った時にティッシュで包んで捨てたわ。

 もしも全員の部屋の中の捜索をしようと話が上がったとしても、包んだティッシュを開くような奴はいないでしょうし」


「すみません。聞き忘れていたことがあります。

 何故、最初に土井様を殺したのですか? 随分と日谷様に懐いているように見られましたが」


 それは、あまりにも簡単な理由だ。


「一番簡単そうだったから」


 老人はニタリと笑った。


「実に素晴らしい」


「この共同生活中に人を殺すつもりだった私は一日目に注文と注文履歴のルールを確認した。


 それらを踏まえて、”犯行に必要なモノは土井さんのタブレットで注文した”。


 彼女が生きている間は彼女に注文させて、彼女が死んでからは、彼女の部屋の鍵とタブレットを拝借して、代わりに自分が注文した。

 注文履歴はあくまで”誰のタブレットで注文されたのか”しか残らないから、それには助けられたわ。


 今思えば、タイツも彼女のタブレットで注文すべきだったのだけれど、カモフラージュになるかと思って、あえて自分のタブレットで注文したわね」


「避妊具は土井様がまだ生きていらっしゃる時に注文しましたよね? 同性から『避妊具を注文して欲しい』と言われた土井様はどのような反応を?」


「『ちょっと薬の服用時に避妊具がどうしても必要なのだけれど、タブレットの調子がおかしくて注文出来ないから、代わりに注文してくださらない?』と言ったら、彼女は何の疑いもせずに注文し、渡してくれたわ。呑気に『大丈夫ですか?』だなんて心配そうな顔をしてね」


 彼女がもう少し利口だったら、最初の事件が起こることはなく、連鎖のように続くことになる内なる殺意の衝動を心の奥底に封じ込め、七人で共同生活を続けたかもしれない。


 そんなご都合主義の意味のない架空の未来が一瞬だけ頭の中を過ぎった。


「土井さんを殺した件について、まだ話していない事ってあるかしら? 動機と手順は話したつもりだけど」


「何故、三日目の朝に消火器を凹ませたのですか? 消火器は日谷様が凹ませただけで、土井様を殺した件とは無関係のはずですが」


 あぁ、そう言えばそんなこともしたような。


「土井さんの死体が見つかった直後は、参加者全員の共通認識として、凶器は不明って結論に至った。

 でも、凶器が不明のままだと、誰かがブラックジャックの可能性に気が付くかもしれないと思った。

 だから、偽物の凶器を現場に残すことで、皆の推理を真相から遠ざけようと思ったの。


 消火器を凹ませる方法は土井さんの頭と同じで、ブラックジャックで殴っただけ。


 まぁ、月野がブラックジャックの事を知っていたせいで、消火器の凹みをキッカケに私が疑われてしまったけれど」




 木村殺しについて



「木村さんを犯行現場となる映画館に呼び出すのは、土井さんの時と同じで簡単。『木村さんは映画詳しそうだから一緒に見たいな』とおねだりして、後は四日目の夕方に来るようにしただけ。

 最初はゴチャゴチャとよく分からない事を言っていたけれど『二人きりでね』と念を押したら何も言わなくなったわ。


 絞殺に使ったケーブルは土井さんのタブレットで注文したわ。映画を観ている最中に、『ちょっとお手洗いに』とでも言えば席を立てたから、映画に夢中になっている彼の後ろにこっそり回って、動かなくなるまで渾身の力で絞めつけてやったわ」


 老人が嬉しそうに笑ったので、愛想笑いを返してやることにした。


「他に気になる事は?」


「そうですねぇ。”何故、火狩様と同じ色の服を着て犯行に及んだのか?” が気になりますね」


 隔離対象者を決めるための話し合いでも、何度か話に上がった橙色の服の人物。


 ”水嶋のカメラに映っていたのはもちろん自分だ”。

 

「木村さんを殺しに行く時に、火狩さんと同じ服の色の服を着ていた理由は、”私も水嶋のようにピントのボケた監視カメラを設置していたから”よ。

 私の場合は、服の色でしか判断出来ないようにするために、わざとピントのボケた映像を意図的に撮っていたけどね。

 だから、水嶋がカメラを設置していたと聞いた時は、さすがに終わったと思ったわ。まぁ、彼の設置したカメラも同じようにピントがボケていたおかげで、助かったのだけれど」


「水嶋様のカメラの映像がボケてしまっていたのは偶然ですか?」


「偶然よ。エレベーターに仕掛けてあったことなんて知らなかったもの。綺麗に撮れてたら、私を隔離出来たのに」


「偶然に助けられたというわけですね」


「私の視点からは『助けられた』で合ってるけれど、私以外の皆にとっては、千載一遇の好機を偶然に奪われたというわけでしょ? さすがに同情するわ」


 そんなことは微塵も思っていないが。




 火狩と水嶋殺しについて



「”火狩さんの死体は後々使えるかもしれない”と思ったから、その時点で火狩さんの死は確定していたわね。

 本当は彼女だけでも良かったのだけれど、私の思い付いた密室モドキの殺人にはもう一人殺す必要があった。

 色々悩んだけれど、月野と金原は残しておいた方が面白そうだと思ったから、消去法で水嶋を殺すことにした。

 もしかしたら、月野に真相に辿り着いて欲しかったからという感情と、真相に辿り着けずにもがき続けて欲しいという感情が重なっていたからかもしれないけれど」


 一息入れて、話を続ける。


「火狩さんと水嶋の部屋の扉を開ける方法は簡単。扉をノックして、相手が思わず扉を開けたくなるような事を言うだけ。

 火狩さんなら『緊急事態だから開けて』で良いし、水嶋なら『昨日はアナタのことを疑ったけれど、真犯人が分かった。どうしても直接話がしたい』とね。


 火狩さんには『例え私が部屋に来ても扉を開けるな』と言っておいたのに、約束を忘れたのか、緊急事態という言葉に騙されたのか簡単に鍵を開けたわね。


 水嶋にはだいぶ疑われたけれど『金原が月野の部屋に行くのを見た。その時にナニかを持っていた』と伝えたら、鍵を開けたわ」


「日谷様の話術はさすがですね」


 話術と呼べるようなシロモノでは無いけれど、そう思われたのなら、そういうことにしておこう。


「それで、施錠方法は話した方が良いの?」


「えぇ。是非お聞きしたいです」


「まず、火狩さんを騙して部屋の中に入ったら、力の限り絞め殺す。

 シャツを千切ったモノを使った理由は、バスルームで首吊り自殺に見えるようにする際に、凶器が短いと首吊りが出来ないし、凶器が細いと最初に絞め殺した時と違う箇所に、首吊りの痕が残って、痕が二本になるかもしれなかったから。

 もしも痕が二本あったら、自殺ではなく、誰かが殺した後に首吊り自殺に見せかけようとしたとバレるでしょ?」


 老人が笑っている事に気が付いたので、話を止めようとしたが、老人が先に「お気になさらず続きをどうぞ」と促した。


「それなりの長さがあって、太さも確保出来る物。それでいて、火狩さんが持っていてもおかしくない物。

 それがシャツだったというわけ」


「確かに、火狩様は部屋に洗濯物を溜め込んでいましたね」


 共同生活二日目に、火狩に「洗濯物はどうしてる?」と聞かれた。

 私は、後々何かに使えるかもしれないと思ったので「部屋に置いたまま」と嘘をついた。


「そして、火狩さんの鍵を拝借して、部屋の外に出て、火狩さんの鍵を使って施錠。

 月野が言っていたような、鍵を使わずに外から施錠する方法なんて無いわ」


 思い付かなかったというのが正確な表現だけれど、そこはどうでも良いだろう。




「次に、水嶋を騙して部屋の中に入ったら、すぐにブラックジャックで殴って殺す。自分より体格の良い男を一方的に殴り殺すのは中々良い気分だったけれど、それ以上でもそれ以下でも無かったわね」


「それはそれは」


 老人は満面の笑みを浮かべている。


「何かしら? さっきからたまに笑っているけれど」


「いえいえ、素晴らしいお話を聞くと思わず笑みが溢れてしまって」


 不愉快ではあるけれど、壊れた人間同士、多少は許容してあげようではないか。


「話を戻すけれど。その後、水嶋の手に火狩さんの部屋の鍵を無理やり持たせる。

 最後に、水嶋の部屋の鍵を拝借して、部屋の外に出て水嶋の鍵を使って施錠した」


「この時点で、火狩様の部屋と水嶋様の部屋の両方が施錠されたというわけですよね」


「そうね。火狩さんの部屋の鍵は水嶋に握らせたけれど、水嶋の部屋の鍵は私の手元にある。


 でも、”それで良い”のよ。


 だって、水嶋の部屋の鍵は”急いで握らせる必要はない”。自然なタイミングで火狩さんに持たせれば良いのだから」


 老人は目をギョロギョロと回し、何かに気が付いたかのように口を開けた。


「自然なタイミングというのは、死体発見時のことですか?」


「そうよ。夕食前に、火狩さんと水嶋が部屋から出てこないとメイドに伝えて鍵を開けて貰う。

 そうしたら、私はバスルームに一番乗りして座り込む火狩さんに駆け寄って、身体をチェックしながら、水嶋の部屋の鍵を滑り込ませれば、二つの密室の完成」


「よくバレなかったですね」


「長袖を着ていれば、袖の内側に隠すことは出来るでしょう? 袖の内側に隠せば、手首や腕を握られたり、うっかり落としたりしなければバレないわ」


「なるほど。見事なお手前で」


 推理小説好きの月野を騙し通せたというのは、中々に気分爽快だった。

 どうせなら、殺す直前に敗北宣言でもさせれば良かったと、若干の後悔が残っている。




 月野と金原殺しについて



「密室殺人をやってのけたその日の夜、火狩さんの死体を使うことで、”日谷殺し”も出来るかもしれないと思った。

 どうせなら、月野には探偵役をやってもらおうと思って、金原を犯人に仕立て上げることにした」


「なるほど。やけに複雑な事をしているなとは思っていましたが、そんな意図があったのですね」


「まず、土井さんのタブレットでこの館に仕えているメイドと同じ服装を揃える。何日も顔を見ていたからメイクの特徴も分かっていたから、服さえ届けばメイドへの変装は出来る。

 いくらメイクを似せられるといっても、近くで顔を見られたらバレるだろうけどね。

 マスクをして誤魔化す事も考えたけれど、月野がメイドの事も疑っていた場合、一人だけマスクをしているメイドがいたら、怪しんで『マスクを外せ』と言い出すかもしれない。

 だから、マスクはやめたの」


 案外バレなかったかもしれないが、あまり長い時間顔を見せるのは得策では無いことに変わりはない。

 だから、月野と顔を合わせる時には九十度のお辞儀で顔を見せなかった。


「金原は『メイドです。直接伝えなければならない事があります』と言ったら、すぐに扉を開けたわ。

 後々運ぶ事を考えると、出血させるわけにはいかなかったから、面倒とはいえ充電ケーブルで絞め殺したわ。木村さんの時と違って、相手は起立状態だったし、ずいぶん抵抗されたから、中々骨が折れたわ」


 相変わらず、老人はニヤニヤと笑みを浮かべている。ふと思ったのだが、殺した話をしたタイミングで笑っているような気がする。


「運ぶ必要というのは?」


「私は金原を殺し終わった後、死体をエレベーターに運んだ。

 死体とはいえ、金原がエレベーターを利用したから館内放送が流れる。館内放送が流れれば、金原はこの時点で生きていると月野に錯覚させることが出来る」


「なるほど。日谷様がメイドに『いかなる状況でも、隔離対象者がエレベーターを利用したら館内放送が流れるのか?』と確認していたのは、そのような理由があったのですか」


「そう。これで金原殺しの話は終わり。


 月野殺しの話をする前に、”日谷殺し”の話をする必要があるわね。

 私は”日谷”を殺すために、火狩さんの死体を前日の夜の内に自分の部屋のバスルームに運び込んでおいたの。放っておくと、アナタ達に片付けられるから。


 そして、服を脱がせてから浴槽いっぱいに水を張った中に彼女の死体を沈めたわ。水が透明なままだと、火狩さんの死体だとバレてしまうから、ブラックジャックで身体を傷付けて出血させてからね。

 真っ赤に染まった浴槽は、誰が沈められているのか分からない。

 これで”日谷”が自室のバスルームで沈められている状況が整った」


 我ながら、大掛かりな仕掛けだったと思う。

 だがそれは、月野を警戒していたからこそである。


「次はいよいよ月野の番。


 まずは金原がエレベーターを利用した館内放送が流れるのを確認。その後、メイドのフリをしながら月野を自分の部屋に呼んだの。『日谷が金原に襲われた』とね。

 随分と疑り深かったけれど、最後には私の部屋に向かって、まんまと偽物の”日谷”を助けようと頑張ってくれたから、無防備の後頭部をブラックジャックで殴った。

 もしかしたら、最後の最後で犯人は”私”だと気が付いたかもしれないわね」




 老人は一段と大きな拍手をした。


「実に素晴らしい! いやぁ、色々な事を学ばせて頂きました。

 実は、日谷様に相談があるのですが」


 何か嫌な予感がした。


「『日谷の本名』様。共同生活は終わりましたが、今後も私のもとで働きませんか?」


 それは、あまりにも予想外な提案だった。

 あまりにも想定外だったので、返事を数秒忘れてしまうほどだった。


「私にメイドになれっていうこと? お断りよ。人の為に働くのは性に合わないの」


 それが看護師の台詞か? と老人は思ったに違いない。


 老人は笑いながら首を左右に振った。


「説明が足らず申し訳ありません。決して『日谷の本名』様に雑用をやらせるようなことはしませんよ。

 私が『日谷の本名』様にお願いしたいのは、今後の実験の監修です」


 老人は懐に手を入れ、札束を六つテーブルに放り投げた。


「今回の共同生活実験の報酬でもある五十万円は、御協力の有無に関わらずお渡しします。

 そして、今後も御協力くださるのであれば、前金として、追加で三百万円お渡しします」


 三百万円。


 単純に考えれば、私が殺したことで受取人のいなくなった五十万円六人分を、そのまま私に渡そうということなのだろう。


 しかし、私の答えは”月野を殺した時から決まっていた”。


「お断りします」


 断られる事を想定していなかったのか、老人は目を丸くした。


「分かりました。追加で五百万円渡しましょう。手元に無いので、少しだけ寄り道させて貰いますが」


 何の躊躇も無く二百万円の増額をするということは、余程金が有り余っているのだろう。


「金額の問題じゃありません」 


 私は前金の金額に不満があるわけではない。


「理由をお聞きしてもよろしいですか? 私としては、是非とも『日谷の本名』様のお力をお借りしたいのですが」


「アナタ達と仕事をするのもそれはそれで楽しめると思うけれど、それよりも、もっとやりたい事が出来たの」


「やりたい事?」


「さっき言ったでしょう? ”思い入れのある相手を殺さないと駄目”って。

 アナタ達と仕事をしていたら、”思い入れのある相手を殺す機会が無い”もの」


「ま、まさか」


 老人は、充血した目をギラギラと光らせ、呼吸は荒く、予想出来ているであろう私の言葉を待っている。


「”だから、元の生活に戻りたいの”」


 老人は今日一番の拍手をした。隣に座るメイドも高音の綺麗な音のする拍手をした。


「素晴らしい。素晴らしいッ! 分かりました。『日谷の本名』様を迎え入れる事が出来ないのは非常に残念ですが、そういうことでしたら、我々も納得せざるを得ない。

 いやぁ、なるほど。ご武運をお祈りしますよ。『日谷の本名』様」


「ご武運? 何のことかしら」


 あえて惚けてみたが、老人は満足そうに笑っている。


「『日谷の本名』様が見事、新たなる目標を完遂した際には、あらためて勧誘させていただきます」


 どうやら、勧誘そのものは諦めたわけではないらしい。


「いつになるか分からないし、あらためて勧誘に来たところで承諾するかも分からないけれど、それでも良ければ」


「構いません構いません。勧誘させていただく時の、『日谷の本名』様のお気持ちを優先していただければ構いません」




 話は一区切りついたのか、老人は目を瞑って微動だにしなくなったので、私は少し柔らかすぎるソファに座りながら深い眠りについた。



 次に目が覚めた時には、車は停まっていた。



「到着致しました。日谷様もご存知の場所ですので、問題無いかと思います。お気を付けてお帰りください」


 メイドはそう言いながら、見覚えのない鞄を一つ手渡してきた。


「今回の共同生活実験の御協力に対する報酬と、七日館に訪れた際に日谷様がお召になっていた衣類やその他持ち物が入っております」


 少しだけ中を覗くと、札束と見覚えのある衣類が入っていた。


「ありがとう」


 会釈をしながらリムジン降りると、辺りは薄暗く、空を見ると夕陽が沈もうとしている。

 凝り固まった身体を伸ばしている間に、リムジンは出発し、あっという間に姿が見えなくなった。


「帰ってきたのね」


 さっきまで熟睡していたせいかもしれないが、頭も身体もベールを纏っているかのように何処かボンヤリとしている。


 先週から今朝までの一週間は夢のような時間だった。


 リムジンで老人に訊ねられた時は「今度こそ成功させるぞ」と息巻いていたが、現実世界に帰ってきてふと思う。


 殺人? なんと馬鹿馬鹿しいことを。


 私の中に眠る欲望を呼び起こすキッカケが無ければ、私はあのような惨劇を繰り広げるような事は無いだろう。


 そう信じている。

 いや、信じたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七日館の殺人 野々倉乃々華 @Nonokura-Nonoka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ