六日目 密室 日谷視点



 六日目 密室 日谷視点



 何がどうなっている?


 水嶋は犯人では無かったのか?


 何故火狩さんも殺された?


 目まぐるしく思考が交錯し、あまりの衝撃に視界が揺れた。


「動けないならそのままジッとしていろ。自分は部屋の中を調べる」


 月野はそう言うと、水嶋の脇を通って部屋の奥へと足を踏み入れた。金原は部屋に入らずに後ろで立ち尽くしている。


「勝手に動かないで。私も行くから」


 現場を離れる前に、もう一度確認しておこう。


 そう思った私は、死体とその周りにもう一度視線を向けた。



 水嶋は後頭部を殴られて死亡。

 凶器は不明。少なくとも後頭部を破壊する威力のあるモノ。

 右手で火狩の部屋の鍵を握っていた。

 水嶋が倒れている周辺の壁や床に血が飛び散っているため、他の場所で殴られてから此処まで運ばれたとは考えにくい。

 扉に背中を向けて後頭部を殴られたという事を考慮すると、犯人を部屋に招き入れたタイミングで殴られた?


 水嶋の死体周りで気になるのはこれぐらいか。



 自らを奮い立たせるために太ももを拳で殴り、月野と同じように水嶋の脇を通って部屋の奥へと進んだ。




 ベッドの周りの床には、枕、脱いだ靴下、シャツが落ちている。スリッパ越しだろうと踏みたくないので、それらを避けながら先に進むと、月野がテーブルの近くで興味深い物を持っていた。


「水嶋のタブレットがある」


「丁度良いじゃない。履歴を見てみましょう」


 月野はわざとらしい驚きの表情を見せた。


「ほぅ。躊躇が無いな」


「駄目ならメイドが止めるでしょ。今この状況を逃せば、水嶋の履歴を見るチャンスは無いわ」




 私は、水嶋の履歴を勝手に見ようとしても、メイドは止めないだろうと踏んでいた。


 止めないだろうと判断した根拠はちゃんとある。それは、月野が木村の履歴を確認した時の事。


 あの時、木村は履歴を見せることを拒んでいたのに、月野が隙をついてタブレットを奪い取り、皆の前で開示した。


 ”本人確認が出来ないから見せられない”というルールならば、月野の行動を止めるか咎めるかするはずだったのにも関わらず、あの時メイドは何も言わなかった。


 私はこのメイドの行動から、”メイドに頼んで他人の履歴を確認することは出来ないが、メイドを介さなければ本人の意思と関係無く確認しても良い”と解釈した。




 その予想は的中していたようで、月野がタブレットを操作しているところを確かにメイドは見ているはずだが、何も言わない。


「なるほどね。確かにあったぞ。”名探偵日谷様”のおっしゃっていた通りの物が」


 明らかに含みのある言い方だったが、そんなことはどうでも良い。

 私は向けられたタブレットの画面を見た。



 そこには、一日目の夕方に水嶋が避妊具を注文した履歴が表示されていた。



 ”やっと見つかった”。



 水嶋が犯人である決定的な証拠が。

 本当ならば犯人が生きている内に暴きたかったが、たとえ犯人が死んでからだろうと見つからないよりはマシだ。


「土井さんを殺したのは、水嶋だったのね」


「え? あぁ、そうみたいだな」


 月野の返事が一瞬遅れた気がした。


「ねぇ。私に何か言うことがあるんじゃないかしら?」


「お前に何か言う事? ”何も無いね”」


 あれだけ人の事を犯人呼ばわりしておいて、謝罪する気は欠片も無いようだ。

 だが、確かな証拠を持って水嶋が犯人だと分かった現在、月野が私を犯人扱いしたことに対する謝罪の言葉など無くとも良かった。




 その後も部屋の捜索を続けた結果、引き出しの中から避妊具の現物も見つかった。十袋入っているはずなのに九袋しか入っていなかった事から、水嶋のクロが確定した。



「まぁ、こんなもんか」


 月野はベッドの下を覗き込むのを止め、立ち上がりながら言った。


「そうね。それに、火狩さんの部屋の調査が残っているわ」


 調査はまだ半分しか終わっていない。




 水嶋の部屋を出ると、急に呼吸が楽になった。

 部屋が狭いからなのか換気が悪いからなのか分からないが、あの部屋の異臭は強烈だった。


 火狩の部屋の前に来たタイミングで金原が「僕はちょっと」と入るのを躊躇って、部屋の入口に立ち尽くしていた。


 木村殺しと土井殺しの共犯者である金原から目を離す事に抵抗はあったものの、部屋の外にいるのなら証拠隠滅は無理だと判断し、私と月野と付添のメイドの三人で火狩の部屋の中に入った。


「どっちから調べる?」


 月野がベッドとバスルームを交互に指差しながら言った。


「まだ一度も見ていない方にしましょう」


「そうしよう」




 火狩の死体があるバスルームは後回しにして、先にベッド付近の捜査を始めた。


 火狩の部屋は水嶋の部屋と違い、それなりに整頓されていた。と言っても、部屋の隅に移動させた椅子の上に、一度着たのであろう衣類が積み重なっている。

 ルームサービスに関するマニュアルの中に、洗濯を依頼する項目もあるのだが、彼女は知ってか知らずか利用していないらしい。


「火狩のタブレットがあったぞ」


 月野が火狩のタブレットを掲げながら言った。


「念の為、見ておきましょう」


 月野はニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべた。


「へぇ。てっきり『火狩さんの履歴を見る必要は無いでしょ!』とでも言って、止めると思っていたが」


 一々癪に障る奴だが、私一人で調べて何かを見逃す事だけはあってはならない。

 火狩を殺した犯人を追い詰めるためならば、捜査の間だけでも癪に障る奴だろうと協力関係を築いておかねばならない。


「念の為よ。念の為。火狩さんの履歴に何かあると踏んでるわけじゃないわ」


 月野が「冗談だ。冗談」とボヤきながらタブレットを操作して注文履歴を表示させたが、昨日の夜と変わりなかった。


「コレと言って気になる物は無いな」


 部屋の中は誰かが荒らしたような跡は無い。

 怪しい注文履歴も無い。


「そうみたいね。バスルームに戻りましょう」




 最初に火狩の死体を見た時には気が付かなかったが、バスルームの中もかなり臭いが充満していた。だからといって、調べないというわけにもいかない。


「結局、首に巻きついていたのは何だったんだ?」


「今から調べるわよ」


 火狩の首を締めていたモノはロープのように見えたが、手に取ると布を細く丸めたモノだったことに気が付いた。細く丸まっていた布を広げると、丸く切り取られた部分や筒状の突起のある風呂敷のように見えた。


 何だろう。

 初めて見るはずなのに、普段から見慣れているような気がする。


 この筒状の突起、腕が通るぐらいの穴になっているような。



 その時、脳裏に電流が疾走った。


「ねぇ。これって、シャツを縦に切って広げたモノじゃない?」


 月野に向かって広げて見せると、数秒後に頷いた。


「言われてみればそう見えるな。襟や袖の名残がある」


「何でシャツを切ったのかしら」


「そのまま使うより長さを稼げるからだろ」


 長さを稼げるから?


 シャツを縦に切ったところで、稼げる長さはたかが知れている。

 かといって、他に何か思い当たる節があるわけではないので、私は受け入れることにした。


「ハサミなんて無いのに、どうやって切ったのかしら」


「刃物は基本注文出来ない。切り口が汚い所から察するに、歯で無理やり切り込みを入れて、力いっぱい引き裂いたのだろう」


 言われてみれば、”切った”というより”引き裂いた”と言ったほうが正しく思えるような汚い切り口だった。


「そう、みたいね」


 私は引き裂かれたシャツをもう一度ロープ状にし、火狩の首の痕と重ねた。太さはほぼ一緒だ。火狩の首を絞めたのは、今手元にある切り裂かれたシャツなのだろう。


「犯人はコレで火狩さんの首を絞めたのね」


 月野は「本当にそうか?」と呟いた。


「太さの違う痕が無いのだから、コレで首を絞めたはずよね?」


「自分が疑問に思ったのはそこじゃない。”犯人が”という部分だ」


 何故、”犯人が”という部分に疑問を?

 犯人じゃないのなら、誰が火狩の首を絞めると言うつもりだ?


「どういう意味よ」


 少し前に見せた驚きの表情はわざとらしかったが、今回の表情は本当に驚いているように見えた。


「おいおい。水嶋の死体を発見してすぐに自分で言ったことを忘れたのか? 『密室殺人』と言ったじゃないか」


「確かに言ったわ。それが何なの?」


「簡単な話さ。それぞれの部屋の鍵は、もう一つの部屋の中にあった。ということは、”鍵が手元に無いと、部屋の外から施錠することは出来ない”。だが、”鍵が手元に無くても、部屋の中からなら施錠出来る”」



 ”鍵が手元に無くても、部屋の中からなら施錠出来る”。



 何を当たり前の事を言うのだろうか?



 いや、一旦落ち着いて考えよう。



 水嶋は扉から二メートル程離れたところで後頭部を破壊されて倒れていた。即死、もしくはそれに近い状態だったと仮定すると、水嶋が部屋の内側から鍵を掛けたとは考えにくい。


 火狩はバスルームにて、シャツを切って作ったロープを蛇口に結び付け、自重で首が絞まるように前傾姿勢で座っていた。


 ”自重で首が絞まるように”?


 その時、月野の言わんとした事が理解出来た。

 それは、とてもじゃないが信じられない可能性だった。


「”火狩さんは他殺じゃなくて自殺だった”と言うつもりじゃないわよね?」


 月野はフンと鼻で笑った。


「そのつもりだ。火狩が水嶋を殺し、水嶋の鍵と自分の鍵を交換。自分の鍵を水嶋の死体に握らせて、水嶋の部屋の扉を外から鍵を使って施錠し、自分の部屋に戻る。そして、内側から施錠レバーを回して鍵を掛けてから自殺。

 細かい点はメイドに問い詰める必要があるが、自分はそう考えている」


「そんなわけないじゃないッ!」


「”あの”火狩がそんなことをするとは思えないが、外から鍵を掛ける方法が分からない限り、火狩が犯人だと考える他ないだろ」


 納得は出来なかったが、月野の言葉に言い返すことは出来なかった。




 その後、特に新しい発見が無かったため、火狩の部屋を出てホールへと集まった。


「何か見つかったの?」


 そう訊ねて来た金原の目は、あまり興味を持っているようには見えなかった。


「まぁ、色々とな」


 月野はどちらとも取れる曖昧な返事をし、すぐにメイドに視線を向けた。


「メイドに聞きたいことがある。まず一つ目。客室の鍵は何本存在する?」


 メイドは髪で隠れた右耳に手を当て、何度か頷いてから口を開いた。


「客室の鍵は、皆様にお渡しした一本だけです。複製品はありません」


「だったら、火狩の部屋を開けた時の鍵は何だったんだ?」


「あの鍵は”マスターキー”です」


 マスターキー。

 それがあれば、施錠も解錠も自由自在だ。

 まさかこの館にも存在していたとは。


「やはりそうだったか。で、そのマスターキーは何の鍵に使える?」


「皆様のお部屋を含む、七日館に存在する全ての扉を開けることが出来ます」


 月野は腕を組んでウンウンと唸った。


「なるほどね。それで、マスターキーは全部で何本ある? その一本だけか?」


「マスターキーは一本しかありません。そして、唯一のマスターキーはその日の代表のメイドが一本持っています」


「代表のメイド?」


「はい。本日は私が代表になります」


 ”本日は”と一々強調したということは、ローテーションで回っているのだろう。まぁ、七泊八日の二十四時間勤務というのは到底無理なのだから、メイドの代表が日々変わることに何の違和感もない。


「なるほどね。それなら、犯人がメイドからこっそりマスターキーを拝借したかもしれないな」


 月野の言葉に、メイドは左右に首を振った。


「皆様、もう一度三歩程下がっていただけますか?」


 メイドに言われた通り皆で三歩下がると、メイドは首元からマスターキーを取り出した。


「マスターキーは我々の首元のチョーカーと特殊なワイヤーで繋がっております。なので、我々に気付かれずに持ち出すことは不可能です」


 メイドは首元のチョーカーとマスターキーがワイヤーで繋がっている所を見せながら言った。ワイヤー自体は細いのだが、細さと強度は別の話だ。素手で千切れるということはまず無いだろう。

 マスターキーを盗むには、メイドに気付かれずにワイヤーを切らなくてはならない。首元にある鍵のワイヤーを、メイドに気付かれることなく、刃物類を注文出来ない私達参加者が盗めるだろうか?


 犯人が盗んだという可能性は限りなく低いと思う。


「マスターキーが盗めないのは分かったわ。それなら」


「待て。マスターキーの使用履歴はあるか?」


 月野が私の言葉に被せるように質問をした。


「利用履歴はございません。ですが、”今回の共同生活中にマスターキーの使用を皆様から求められたのは、つい先程の火狩様の御遺体発見直前の一回だけ”です」


「ッッッ」


 つまり、メイドの言葉を信じるのなら”マスターキーは使用されていない”ということになる。

 その話を受け入れられないのか、月野は眉をひそめている。


「マスターキーは存在するが、使われてない? んなわけがあるか」


 月野は腕を組んだまま再び唸り始めた。やがて、頭の整理が終わったのか、大きな溜め息をついた月野は、いつもと同じような気怠そうな表情に戻っていた。


「じゃあ次の質問。客室には何処か別の場所に繋がっている隠し通路のようなモノはあるか?」


「『客室に限らず、この七日館にはいかなる隠し通路もございません』。隠し通路が存在しないことだけは保証致します」


 月野は数秒置いてから反論した。


「いや、待て。天井裏なのか床下なのかは知らないが、通気口だとかケーブルを通すための空間はあるだろう」


「確かに設備のための空間はございます。ですが、そういった設備に関する空間は、種類によっては外部へと繋がっている場所にもなりますので、立入禁止区域となっています。入ろうとした段階で止めさせていただきます」


「そんな説明を受けた覚えはないが」


「最初にお伝えしますと、外に出ようとする方が出る可能性がありましたので。ですが、質問されれば初日だろうとお答えするつもりでした」


 月野は小さく舌打ちをした。



 鍵の複製品は無い。マスターキーはずっとメイドが持っていた。隠し通路も無い。



 となると、火狩と水嶋の両方の部屋に鍵を掛ける方法が分からない限り、『火狩が水嶋を殺し、自分の部屋の鍵を水嶋の死体に握らせ、水嶋の部屋の鍵を持って外に出て水嶋の部屋を施錠、自分の部屋に戻り施錠してから首吊り自殺』という推理が現実のモノになってしまう。


 この推理に気になるような矛盾は無いが、本当にそうだろうか?


 再び事件の始まりから推理し直していると、月野は何かを思い付いたように「あっ」と声を漏らし、ポケットから鍵を取り出して火狩の部屋の扉に挿し込もうとした。


 ガキッ。ギリッ。


 しかし、鍵は途中までしか挿し込めなかった。


「他人の部屋を自分の鍵で開けることは出来ないらしい」


「はい。マスターキー以外の鍵では、他の扉の解錠や施錠は出来ません。無理やり入れようとすると鍵が破損するので、おやめください」


 メイドの補足説明を聞いた月野は途中まで挿した鍵を抜いた。そして今度は、火狩の部屋の扉を閉めて、床に這いつくばった。


「ちょっと、何してるの?」


「扉と床の隙間から鍵を中に入れる事が出来ないかと思ってな」


 そんな隙間があるはずがない。

 私の予想通り、鍵が扉と床の隙間から入る気配は欠片も感じられなかった。


「そんな隙間は無いようだな」


「当たり前じゃない。大体、隙間から鍵を中に入れることが出来たとしても、鍵はバスルームの火狩さんの手元にあったのよ。そこまでどうやって運ぶつもり?」


 月野は床に這いつくばるのをやめ、膝についたホコリを払いながら立ち上がった。


「そんな事は鍵を隙間から放り込めた時に考えれば良いだろ。入らなかったのだから、もう考える必要は無い」


「んなッ」


「ちょっと物を取りに行ってくる」


 月野は一方的にそう告げると、自室へと歩いて行った。


 あまりにも自分勝手すぎる。


 自分勝手男が何を考えているのかはともかく、私も外から鍵を掛ける方法を考えなければならない。


 あの火狩が、殺人だけでなく自殺までするはずが無いのだから。


 


 私は扉を開け、内側のノブについたレバーを回して施錠状態にしてから扉を閉めようとした。

 だが、デッドボルト(※かんぬき。施錠に関わる部品)が干渉して扉は閉まらなかった。


「何をしてるの?」


 金原が不思議そうに私と閉まらなかった扉を交互に見た。


「内側から施錠状態にして、そのまま扉が閉まれば鍵が無くても部屋を施錠出来るし、犯人は外に出られるでしょ?」


 金原は理解出来ていなさそうな作り笑顔を見せた。


 だが、何も分かっていないようなフリをした金原が犯人という可能性は十分にある。


「何か分かったか?」


 いつの間にか戻ってきた月野は、手にナニカを持っていた。


「何よ、それ」


「釣り糸だ。さっき注文した」


「釣り糸?」


 月野は私の質問に返事をせず、釣り糸を三メートル分程伸ばして、扉内側の施錠レバーに糸を巻き付け、扉の下に糸を通してから扉を閉めた。

 釣り糸は扉下と床の本当に僅かな隙間を通って、部屋の外側までちゃんと届いている。


「これだけ細ければ扉下の隙間を通せるみたいだな。あとは、通した釣り糸で扉の施錠が出来るかどうかだな」


 五分ぐらいだろうか。

 色々と試行錯誤したものの、扉内側の施錠レバーは釣り糸では回せなかったので、施錠することは出来なかった。


「クソ。釣り糸じゃ施錠出来ないな」


 客室扉の施錠レバーは、手で回すには固いと感じないが、釣り糸を巻きつけただけだと力が分散してしまい回らないようだ。


「他に何か無いか?」


 月野が腕を組んでウンウンと唸り始めると、キュルルルと場違いな可愛い音が鳴った。


 音の鳴った方向には金原が立っていた。


「あ、ごめん。お腹が空いちゃって」


 エレベーター扉上の時計に目をやると、十九時半を指していた。


 月野も時計を確認したのか「おぉ」と小さく声を漏らした。


「空腹のままじゃ考えも纏まらない、か。調べる事は調べ終わったし、後は考えるだけだ。食堂に行くならそうしよう」 


 そこまで空腹感は無かったが、月野の言う事も一理あると思った私は「それもそうね」と同意した。


「それでは、すぐに夕食の準備を致します」


 メイドは一礼すると、インカムに手を当ててボソボソと何かを伝え始めた。食事の準備の指示だろうか?




 私達は一階の食堂に向かうためにエレベーターに向かって歩き始めた。


「それにしても、火狩さんが犯人だったなんて信じられないや。でも、犯人が自殺したのなら、もう殺人鬼はいないってことだから安心だね」


 金原の呟きに、私は啞然とした。月野の顔を見た訳では無いが、さすがの彼も啞然としたに違いない。


「まだ火狩さんが犯人と決まったわけじゃないわ」


 金原は目を丸くした。


「え? だって、鍵を使わずに外から鍵を掛ける事は出来なかったんじゃないの?」


「それは」


 まだ答えは見つかっていない。

 だが、鍵を部屋の中に残して施錠する術があるはずだ。

 犯人は魔法使いでは無いのだから。


「施錠した方法はまだ分からないけれど、火狩さんが人殺しをして、その上自殺するだなんて、ありえないわ」


「出会って一週間も経ってない相手のことなんて、分かりようが無いと思うけど。それに、火狩さんが犯人じゃなかった場合って、僕達の中に犯人がいるってことでしょ?」


「そう、なるわね」


 正確に言えば、メイドも犯人の候補に入るが。


 私と金原が話している横で、月野は無言のままエレベーターの降下ボタンを押した。メイドが先程利用したためか、すぐに扉が開いた。




 二日目に一人目。


 四日目に二人目。


 そして六日目に三人目と四人目。


 犯人は何が目的なのか。


 犯行を止める術は無いのか。


 私は無事に共同生活を終えることが出来るのか。


 頭を過ぎった嫌な未来を振り払い、私はエレベーターへと乗った。

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