五日目 推理【後編】 月野視点



 五日目 推理【後編】 月野視点



 日谷が得意げに語った木村殺しの詳細は、概ね正しいと思っている。

 だが、自分は日谷の推理を素直に受け入れることは出来ない。


 何か確たる証拠があっての主張ではなく、自分の直感によるものだが、金原が犯人というのはどうもピンと来ない。


 ピンと来るのか来ないのかで、誰が犯人なのか判断するのは無責任だと思うかもしれないが、これが自分の性分なので、誰に何と言われようと変えるつもりはない。




 推理を再構築しよう。


 木村殺しの犯人について、水嶋と金原を除外して考えるとどうなるのか。”当然、自分は犯人では無いことは分かっている”ので、自分も除外する。




 一つ目の可能性

 火狩もしくは日谷の犯行によるもの。



 彼女達が凶器を準備するにはどうすれば良いのか。


 火狩は履歴と現物の開示によって、火狩本人が注文したという線は既に消えている。

 残るのは日谷だが、日谷が履歴を残すようなヘマをするだろうか? 考えにくい。恐らく、履歴の開示を要求してもすぐに見せるだろう。


 自分で注文出来ないとなると、木村に準備させるか?


 誰にも見聞きされずに相談をしたいのなら電話が手っ取り早いが、日谷の発信記録は火狩宛のものしか無かったし、火狩に至っては発信記録が無い。


 発信記録を残さないために木村から電話をかけさせたか?


 いや、事前の相談無しに、木村がいきなり火狩や日谷に電話をかけるとは思えない。

 最低でも一回は直接会って話をする必要がある。


 木村が彼女達のどちらかと一対一で話をしたのならば「一緒に映画を観たい」と誘惑すれば、映画館に木村を誘い込むことぐらいは出来るだろう。


 だが、映画館に充電ケーブルを持参させることは可能だろうか?


 充電ケーブルが壊れたと誰かに相談されたら普通は何と言い返す?


「新しいケーブルを注文したら?」


 普通はこう言うのではないか?


「僕のを貸そうか?」とは言わないだろう。もし言ったとしたら、あまりにもしょうもない見栄の張り方だ。一周回って尊敬に値する。


 土井殺しが起きていなければ、おねだりして持参させることが出来たかもしれないが、土井殺しが起きたこの環境で、不自然な物を持参するように言われて素直に言うことを聞くだろうか?


 色仕掛けでアッサリと陥落してたら話にならないが、常識的に考えて、だいぶ怪しむだろう。



 こうなると、殺害用の充電ケーブルの調達手段が分からない。


 難しく考えすぎているだけで、火狩は木村のケーブルを使って殺したのかもしれないし、日谷の場合は唯一の充電ケーブルを木村殺しに利用して、現在充電ケーブルを持っていないという状況もあり得る。




 次の問題は、”日谷が犯人だった場合、何故火狩と同じ色の服を着ていたのか”だ。


 火狩が犯人だったのなら、水嶋に映像を撮られるのは想定外だったと考えれば、何の問題も無い。水嶋のグッドプレーだったという事で、この話は終わりだ。


 だが、日谷の場合は違う。


 水嶋がカメラを仕掛けていたことは、この話し合いの場で初めて発覚した。だから、水嶋のカメラ対策で変装したというのはおかしい。


 そして、メイドは映像の提供を絶対にしない。土井殺しの時にメイドが「映像はお見せできない」と断言していた。となれば、監視カメラを警戒する必要は基本的に無いハズだ。


 その時、奇妙な考えが頭を過った。


 水嶋の仕掛けたカメラの存在を知っていた?

 まさか、水嶋と日谷が共犯?



 二人が共犯者であれば、ピントのボケたカメラの存在を知っている日谷が、火狩を犯人に貶めるために変装したという可能性が出てくる。



 だが、日谷のような人間が共犯者に水嶋を選ぶだろうか。


 水嶋は見るからにボロを出しそうな上に、追い詰められたら平然と裏切りそうな奴だ。散々追い詰められている水嶋が日谷との協力関係をバラさないところを見るに、この二人が協力関係にあるとは考えにくい。



 直感では日谷が怪しいと踏んでいたが、日谷の唱えている「犯人は水嶋と金原の共犯説」を覆せる程の証拠が思い浮かばない。


 火狩や日谷が犯人というのは、自分の思い通りであって欲しいという願望に過ぎないのだろうか?




 他に全く考慮していない可能性となると、メイドの犯行によるものぐらいだろうか。


 メイドが犯人の場合、凶器の準備は容易な上に、参加者の状況を常に観測し続けている手前、殺害の最適化が可能という最悪な一面がある。


 だが、それはあり得るのだろうか?


 それが納得の出来るモノかは別にして、主催者側はルールに基づいた言動を一貫している。

 主催者側が『全員に公平』を主張しているのなら、形はどうあれ全員に公平であるはずだ。


 主催者側が犯人の場合、殺されても仕方が無いと言えるような重大な違反行為をしたとは思えない二人が殺された理由が分からない。


 メイドに殴りかかったところで、その場での拘束のみで済ませるというのに、いきなり死刑になるような違反行為などあるのだろうか?


 主催者側を全面的に信用しているわけではないが、主催者側はあくまで環境を提供しているだけであって、誰かを殺したり、犯人の手伝いをしているとは考えにくい。



 主催者側の犯行ではないのなら、残された五人の参加者の中に犯人がいるということになる。




 日谷が水嶋と言い争っている間に、以上の考察を済ませていると、日谷が少し大きな声で言った。


「認めるつもりが無いのなら、土井さん殺しの件も私が言い逃れ出来ないところまで懇切丁寧に説明してあげましょうか?」


「で、出来るもんなら言ってみろや。俺は犯人じゃねぇからな」




「まず、物凄く簡単に土井さんが殺された時の状況をまとめるわ。

 二日目の夜の八時半過ぎに土井さんの死体が大浴場で見つかった。第一発見者は火狩さんと私。死体の後頭部は何かで殴ったような痕があった。そして、中身が何処に行ったのか分からない避妊具の包装袋が膣内に残されていた。全員アリバイは無い。水嶋と土井さん以外の全員の注文履歴を確認したが、避妊具を注文した人はいなかった。

 ここまでで何か問題はある?」


「俺は犯人じゃない」


 水嶋はぶっきらぼうに言い返したが、日谷は何も気にする素振りも見せずに「問題ないということね」と返した。


「まず、現場に残されていた避妊具について。これは消去法で水嶋が準備したとしか考えられない。まぁ、アナタは『俺じゃない』とゴチャゴチャ抜かすだろうから、その可能性を先に排除させて貰うわ。

 大前提として、避妊具は注文しないと入手出来ないとメイドは証言している。各自の部屋にも無いし、大浴場にも何処にも置かれていない。


 ”避妊具は必ず注文しなければならない”。


 そして、アナタが注文していないとなると、注文したのは土井さんということになる。そんなことあり得ないと一蹴せずに、仮に、万が一、理由は分からないけれど土井さんが注文していたとしましょう。


 土井さんが注文していたとしてもおかしいことがあるわよね?


 八時半から火狩さんと私との三人で大浴場に行こうと約束していたというのに、何故、土井さんは約束の時間よりも随分と早く、そんな物を持って大浴場に向かったのかしら?

 限界の限界まで譲歩して、女同士で使おうと土井さんが考えていたとしましょう。それならなおのこと、一人で行くはずがないわよね」


「知らねぇよ。そんなこと」


「土井さんは水嶋か金原に呼び出された。もしくは、金原に騙されて約束の時間よりも早く行った。私や火狩さんに相談することなく、一人で時間よりも早く行ってしまった土井さんは、水嶋に殺されてしまった」


 日谷は吐き捨てるように言った。


「だから俺は」


「次に凶器について」


 日谷が水嶋の言葉を掻き消すように大きな声で被せた。


「メイドにお願いがあるのだけれど、”例のモノ”を配って頂戴」


 日谷の言葉を受けて、メイドは参加者の前に一枚のコピー用紙を並べていった。



 コピー用紙には、消火器の写真が縦に三枚印刷されている。


 上の写真は、大浴場の受付付近の写真。受付近くの壁沿いに消火器が置かれている。


 真ん中の写真は、消火器の全体を写したもの。消火器と一言で言っても色々な種類があるが、写真に写っているのは誰もがイメージするような赤い普通の消火器だ。


 下の写真は、消火器の一部を拡大したもの。よく見ると、一部が凹んでいるように見える。



「この写真は、水嶋が土井さんを殴るのに使用したと思われる消火器の写真」


「消火器で殴った? 俺が?」


 水嶋の悪態に反応せず、日谷は続きを口にした。


「あの日、夕食がまだ終わっていないのに勝手に退室した水嶋は大浴場へと向かった。そして、受付横の消火器を手に持って女子風呂へと向かった。土井さんのことを殺して”ヤ”るという目的で潜伏していたという点は疑う余地は無いわ」


 本当にそうだろうか?

 日谷を言い負かすほどの根拠は無いが、一度突っかかってみよう。


「ちょっと待て。気になることがある」


 日谷はあからさまに嫌悪感を剥き出しにして睨んできた。


「何かしら? アナタのことを共犯者から除いて話していたけれど、水嶋を庇うようなら三人目の共犯者として推理に組み込ませて貰うわ」


「別にどう思って貰っても構わない。だが、気になる点は潰しておきたくてね」


「気になる点? 言ってみなさいよ」




「まず一つ目。土井だけを呼び出したというのがおかしい」


「どこが? 何もおかしくないわ」


「後頭部を殴ったらすぐにその場を去る気だったら何の問題もない。だが、犯人はしばらくの間、脱衣所に誰も来てほしくない理由があった。”ヤ”ることを”ヤ”るためにな」


「それが? 何かおかしい?」


「だったら、火狩と日谷に大浴場に近寄らせないために、二人に大浴場に行かなくなるようなナニかを吹き込んでおく必要があるんじゃないか? そうしないと、夕食の後にすぐに風呂に入りたい奴がいたら、現場に居合わせてしまうだろうに」


 火狩がウンウンと頷いている。口にはしていないが、火狩は元々そういう人間なのだろう。


「あの日は八時半から皆で大浴場に行こうと話をしていたのだから、それよりも随分と早く行く人なんているわけないでしょ?

 だから、土井さんの部屋のドアを叩いてこう言えば良いの。『火狩さんと日谷さんが大浴場に向かったけど、土井さんは行かなくて良いの?』ってね。置いていかれたと勘違いした土井さんは、時刻の確認すら忘れるほどに慌てて大浴場に向かうはずだわ。

 三十分。いえ、一時間ぐらい早く呼び出せば、私達が大浴場に向かう前に全て終わるでしょ? だから、私や火狩さんには特に何も伝える必要が無かった」


 何か引っかかる。


 日谷の説明は、ナニかがおかしい気がする。


 考えろ。考えて考えて考えろ。


 その時、脳内にドーパミンが溢れ出し、あやうく鼻から脳髄が垂れるかと錯覚した。


「水嶋か金原のどちらかは、土井が火狩と日谷と八時半頃に一緒に大浴場に行くという話を知っていたということか?」


「そうよ」


 それは、おかしくないか?


「なぁ、金原。お前は日谷達が大浴場に行く約束をしていたという話を、いつ聞いた?」


 話を振られると思っていなかったのか、金原の身体がピクッと震えた。


「え? 土井さんが殺された後に皆でアリバイとかの確認をしていた時じゃなかったっけ?」


 自分の勘違いでは無かった。


 三人で大浴場に行くという話は、”土井が殺された後に”火狩と日谷から聞いたのだ。

 全員のアリバイを確認するというあのタイミングで。


 念の為、本人にも確認しよう。


「火狩。お前は大浴場に皆で行こうって話を、いつ、誰から聞いた?」


「え!? え、いや、えっと、確か夕食の後に土井さんに誘われたと思ったけど」


「夕食の後?」


「う、うん。夕食が終わって、皆でエレベーターに向かう途中だったはず」


「皆の前で話していたのか?」


「周りに皆いたよ。あ、水嶋さんはいなかったけど」


 日谷が火狩を睨みつけると、火狩はみるみる声が小さくなった。


「エレベーターに向かってる最中に話をしたのなら、その話を近くで聞いていたかもしれないじゃない。それだったら、その場にいなかった水嶋はともかく、金原は知っていてもおかしくない」


 日谷は自分の主張を曲げるつもりは無いらしい。


「水嶋と金原が共犯だと仮定した時、三人で風呂に入るという約束を耳にした金原はどうすると思う? おそらくイレギュラーな事態のはずだが」


「別に、予定通り動くんじゃないの? むしろ、三人の来る時間が分かっているのだから動きやすいだろうし」


「イレギュラーな事態が起きたというのに、作戦を決行するかどうかを金原が一人で判断するとでも?」


「したんでしょ」


 日谷は即答した。

 そう返されると、此方としても手札が足りないので動けない。


「まぁ、一旦次の話に移ろう。もう一つの疑問点を解消していく過程で、何か気が付くことがあるかもしれないからな」


 少し喉が渇いたので、メイドに言って水を用意してもらった。渡された冷たい水を一気に飲み干した。




「さて、次に凶器に関してだ。日谷は大浴場の消火器が凹んでいたから凶器だと判断した。そういうことか?」


「えぇ、そうよ。後から話すつもりだったけれど、犯行後、水嶋は男湯に移動。自分の身体や消火器に付着した返り血を洗い流して、皆が館内放送によって女子脱衣所に集まったであろうタイミングを見計らって、消火器を戻しながら合流した。というのが私の推理」


「ふぅん。なるほどね」


 三日目の朝に消火器も確認した覚えがあるが、その時は目立った変形は無かったはずだ。


「その写真はいつ撮った?」


「土井さんが殺された次の日の朝に、一人でもう一度調査をしたの。時間は今から確認するわ」


 日谷は携帯電話を操作し始めた。

 カメラではなく、携帯電話で撮影したのか。


「朝の六時頃ね」


「そうか。実は自分も三日目の朝に一人で調査をしたのだが、消火器が凹んでいた覚えは無いな」


 日谷はフンと鼻で笑った。


「気が付かなかっただけじゃないの?」


「それを言われると言い返せないのだが、朝の三時から入念に調べたから、見落とすとも思えない。”二階に置かれている硬くてそれなりの重さのある凶器になりそうな物”について、一通りチェックしたからな」


「あ、朝の三時!?」


 部屋に呼んだ時に話した金原以外の全員が驚いている。


「あぁ、そうだ。日谷が写真を撮った時間よりも前に調査をしたというわけだ」


「な、え!? ちょ、ちょっと!? 利用可能時間は朝の五時からでしょう!?」


 日谷がメイドに向かって声を荒げたが、メイドは淡々と即答した。


「はい。”大浴場を利用出来るのは朝の五時から”です。ですが、月野様は大浴場を利用するわけではないとのことでしたので、何も問題はありません」


 日谷が顔を歪めている。

 日谷は『利用可能時間外にその施設に行ってはいけない』と解釈していたのだろう。


「自分の方が朝早かったのだと自慢がしたいわけじゃない。自分が調べた時には凹みが無かったのに、日谷が調べた時には凹んでいたとなると、それは大いに問題だ。あぁ、そうだ。凹みに関しても気になることがある」


 日谷が睨みつけているので、すぐに続きを口にした。


「人の頭を殴ったぐらいで消火器は凹むのか? 消火器を触ってみれば分かるが、かなり頑丈だぞ」


 消火器はアルミだけでなくスチールも使われているため、非常に硬い。

 硬い場所に叩きつけたら話は別だが、そう簡単に凹むような耐久性では無い。 


「現に凹んでいたのだから、人の頭を消火器で殴ったら凹むということでしょう?」


「それは説明になってないぞ。日谷」


「説明になってない? そんなの知らないわよ。消火器で頭を殴った時の衝撃の強さと、その衝撃に消火器が変形せずに耐えられるのかどうかなんて、実験でもしない限り知ってるわけがないでしょう?

 逆に聞きたいのだけれど、頭を殴ったぐらいじゃ凹まないというのは、単なる印象じゃなくてそれなりの根拠があるのよね?」


「根拠になるものは、無い」


 日谷はわざとらしく大きなため息をついた。


「呆れた。大浴場の受付横の消火器が凹んでいたから、私は消火器が凶器だと推理した。

 しかし、アナタは人の頭を殴ったぐらいじゃ消火器は凹まないと、何の根拠も無いのに主張する。

 何がしたいの? 意味もなく話の腰を折らないでくれる?」


「話の腰を折ったつもりは無い。あくまで可能性の話だが、消火器の凹みが偽装工作の可能性もあるだろ?」


「消火器が凹んでいたことが偽装工作? 何を言ってるの?」


「凶器は消火器じゃないかもしれないという話だ」


「凹んだ消火器が凶器じゃないのなら、凶器は何だって言うつもり?」


「ブラックジャック。名前を知らないだけで、どこかで見たことがあるかもしれないが」


 説明用に用意していた靴下をポケットから出して、皆に見えるように掲げた。


「靴下? 土井さんは殴られたんじゃなかった?」


 火狩が疑問を口にした。

 靴下を見ただけで何かを察したように見えたのは日谷だけだった。


「別に靴下である必要は無い。タイツでも良いし、袖口をちゃんと縛った長袖のシャツでも良い。とにかく、袋状の物を用意して、中に物を入れて重くする。そして、こうやって振り回して勢いをつけてから殴る」


 使い方の説明をするために、空っぽの靴下をブンブンと振り回してから、虚空に向かって振り下ろした。


「何をどのぐらい入れるかにもよるが、殺傷力は充分にある」


 三日目の夜に、金原を部屋に呼んだ時に用意した”武器”というのが、このブラックジャックだ。

 携行性と隠密性に優れた、素人が人を殺すのに用意する武器の中で上位に入るシロモノだと自分は思っている。


「じゃあ、靴下に入るような重い何かを沢山注文した人が犯人ってこと?」


 注文したとは思っていなかったが、言い出したのが火狩だと言う点は有り難い。火狩の言葉を借りて履歴の開示を進めてしまおう。


「そういうことになるな。全員、履歴を開示しようじゃないか」


「俺は見せないからな」


「見せないというよりも、見せられないんでしょ」


「勝手に言ってろ。俺は見せないからな」


 開示を拒否した水嶋以外の全員の履歴を確認したが、金原や日谷の注文履歴からも怪しい物は見つからなかった。


 正直な話、これは予想の範囲内だった。


「水嶋は相変わらず履歴を開示しないようだが、まぁそれはさておき、この件に限っては、そもそも注文する必要が無い」


「え? じゃあ、何を入れるの?」


 金原が疑問を口にした。


「遊技場のメダルだ。メダル交換機でボタンを押せば好きなだけ手に入る。遊技場のメダルは五百円硬貨と大きさ、重さ、硬さが似ているから、ピッタリだな」


 ポケットの奥底から、説明用に貰ってきたメダルを取り出し、テーブルの上に散らばせた。

 火狩と金原はメダルを手に取って眺めていた。


 後はどうやって日谷とメダルを結び付けようか考えていると、日谷が話し始めた。


「消火器が凹んでいた理由は分からなくなるけれど、凶器が消火器ではなくブラックジャックかもしれないという話は分かったわ。

 注文履歴に怪しい形で残らない。中身のメダルは遊技場で好きな枚数手に入れられるし、使い終わったメダルはゲーム機に投入すれば良い。血で汚れた袋に関しては、ポケットに忍ばせておけば荷物検査でもしない限りバレないし、バレずに自室に戻れたのならゴミ箱に捨てれば良い。

 準備から処分まで随分と理に適っているという利点があるのは分かる。

 ただ、それは凶器が違ったかもしれないという話であって、水嶋と金原の共犯説に何か問題があるというわけではないわよね?」


「いや、問題があると言ったんだ」


 日谷は大きく深呼吸をした。


「問題がある? どこが? そんな支離滅裂な事を言った覚えは無いけど。私の推理に文句があるのなら、それ相応の推理を聞かせて貰えるかしら?」


 正直、このまま日谷を言い負かせるとは思えないが、土井殺しの件についても木村殺しの件についても、あらかた話が済んでしまっている以上、何処かのタイミングで切り出さなくてはならない。


「日谷が犯人じゃないかと自分は考えている」


 それなりの人数がこのホールにいるにも関わらず、ホールは一瞬無音になった。


 その静寂を破ったのは日谷だった。


「私の話を聞いてた? 私は水嶋や金原の事を嫌いだから犯人扱いしているのではなくて、それ相応の証拠と推測に基づいて犯人扱いをしているの。そして、彼等は皆が納得するような反論を示す事が出来ていない。

 その状況で、私が犯人と主張するつもり?」


 火狩と金原は面食らった表情で日谷の言葉を聞いていたが、水嶋だけは目に輝きを取り戻していた。


「そうか。コイツは自分が犯人だから俺と金原に押し付けようとしてたのか。本当にクソ女だな。クソ女が犯人だって推理を聞かせてやれよ」


 何を呑気な事を。

 日谷が犯人だという決定的な証拠は無い。


 だが、この状況で宣言するぐらいなのだから、水嶋から見ればとっておきの切り札があるように見えたのかもしれない。


 期待に応えられるかは分からないが、やるだけやろう。


 駄目だったら、水嶋と金原が隔離されるだけなのだから。


「最初に気になったのは、土井が殺されたのは二日目の夜なわけだが、たった二日という短い期間で人を殺すパートナーを選ぶ程の人間関係を築けるとは思えない」


 数秒の沈黙。

 日谷は大きく口を開けた。


「いきなり何? 短い期間で人を殺すパートナーを選ぶのはおかしいって言いたいの? そもそも、人を殺そうと本気で考えている時点で頭がおかしいと思うのだけれど。そんな頭のおかしい同士で気が合ったんじゃないの?」


「気が合ったにしても、何も二日目に殺す必要は無いだろ。最終日の夜でも良いわけなんだから」


「最終日の夜でも良かったけれど、そうはしなかった。それだけの話じゃない」


 全く手応えが無い。

 日谷の推理を崩す自信が無くなってきた。


「それと、消火器が凹んでいた件。これも怪しい。これは偽物の凶器を宣言することで、本当の凶器を隠そうとしたものに違いない」


 日谷は数秒停止した後に吹き出した。


「ねぇ、ちょっと。私のことを犯人にしたいがあまり、目茶苦茶な事を言っているのだけれど自覚はある? 推理小説が好きだとか言ってた割に、物事を論理的に考えられないのね」


 火狩がギョッとした表情で日谷を見た。

 無理もない。上手いこと言語化出来ないのだが、日谷の放つオーラが変わった。


「何処が目茶苦茶なのか、御高説賜りたいのだが」


「何から言えば良いのかしら。まず、前提として、土井さんを殺したのが私だと主張しているけれど、木村さんを殺したのも私だと主張するつもり?」


「あぁ、そうだ」


 日谷は上唇をゆっくりと舐めた。


「そう。まぁ良いわ。言いたいことは色々あるけれど、順番に話しましょう。


 まず、土井さんが殺された件について。

 私なら土井さんを約束の時間よりも早く呼び出すことが可能。まぁ、そこは否定しないわ。私や火狩さんが「時間が早まったの」とでも言えば、土井さんは疑わずに信じてしまうだろうから。


 でも、大きな問題があるわよね。


 あの避妊具は何だったの?

 私が土井さんを殺す動機は何なの?


 説明してご覧なさいよ」


「避妊具は偽装工作のために用意したものだ。アレが現場に残されていれば、犯人は男だと誰もが思うだろうからな。

 その避妊具をどうやって入手したのか。それは、土井に注文させたんだ。土井に注文させた後、現物を引き取った。これが一日目なのか二日目なのかは、土井の注文履歴が開示されないと分からない。

 最後に日谷が土井を殺した動機についてだが、これは正直分からない。土井が日谷の逆鱗に触れるようなナニかを言ったのかもしれないし、深い理由は無く、ただ単に一番簡単そうに見えたからかもしれない」


 日谷はクククと声を漏らしながら笑った。


「なるほどね。犯人を男だと錯覚させるために避妊具を現場に残した。

 じゃあ、私からもう一度質問。何で私は自分で注文しなかったの?

 わざわざ殺す相手に注文させる必要なんてあるのかしら? それも、よりにもよって避妊具だなんて。さすがの土井さんだって、そんな物を自分の代わりに注文しろと言われたら断るわよ」


「それは簡単だ。履歴に残さないためだ」


「履歴に残さないため? それは結果論でしょ? 私達は、土井さんが殺されてから注文履歴のルールを聞いた。私は土井さんを殺す前に知っていたとでも?」


 証拠は無いが、今更引き返すことは出来ない。


「そうだ。お前は知っていたんだ」


「知ってるわけが無いでしょ。知っていたのなら、火狩さんや土井さんに教えてるはずだもの」


 日谷が火狩に視線を送ると、火狩は首を左右に振りながら「聞いてないよ」と答えた。


「そして、動機に至ってはお粗末すぎて何も言えないわ。そんな理由で良いならこの場にいる全員に当てはまるじゃない」


「裏でどんな話をしていたのか知らないから、どうしても憶測の域は出てくる」


「そういうのは、憶測じゃなくて妄想って言うのよ。


 さて、今の時点で、私が犯人という説が相当グラついているとは思うけれど、まぁ、一応続きを聞いてあげようじゃない。


 木村殺しについても私が犯人だと言うのなら質問。


 何故、わざわざ橙色の服に着替えて犯行に及んだのか?

 何故、木村の姿を見ていない私が映画館に直行したのか?

 私は凶器を何処から用意したのか?


 木村さんを殺す動機は?


 全て答えてみなさいよ」


「橙色の服に着替えた理由は、火狩のフリをするためだろう」


「あのねぇ。私が火狩さんと同じ色の服を着たら見分けがつかないって言うつもり? 火狩さんが毎日橙色の服を着ていたのなら、橙色の服の女性は火狩さんと思うかもしれない。だけど、火狩さんは明るい色の服を好む傾向にはあるけれど、毎日違う色の服を着ていたじゃない」


「直接会ったらバレるかもしれない。だが、今回のようにカメラ越しだったらどうだろう」


「どうだろうも何も無いわよ。大体、監視カメラの存在は水嶋がついさっき初めて口にしたじゃない。昨日の私が知ってるわけ無いでしょう?」


「日谷は知っていたのかもしれない」


「んなわけねぇだろ馬鹿が。カメラは俺が思い付いたんだ!」


 水嶋が怒鳴ったが、それが自分の首を絞めることに繋がるとは気が付いていないようだ。


「本人もそう言ってるじゃない。ボケたカメラを設置して火狩さんを犯人に貶めようという作戦は、犯人達しか知らなかった。だから、私が橙色の服を着て木村さんを殺し、その罪を火狩さんに押し付けようという発想に至るはずが無い。

 これでお分かり? 続きをどうぞ」


「映画館に直行した理由は簡単だ。前日までに直接会って『四日目の午後四時頃から一緒に映画を観よう』と約束しておけば良い」


「そうね。そんな約束はしていないのだけれど、約束をしていないことを証明する術は無いからとりあえず受け取ってあげるわ。じゃあ、続きを」


「凶器は、木村に持ってこさせた。もしくは、日谷は犯行に充電ケーブルを使ったから、今現在は持っていない。そのどちらかだ」


「メイドにお願いがあるのだけれど、私の部屋から充電ケーブルを持ってきて。ベッド脇のコンセントの近くにあるから」


「かしこまりました」


 メイドはサッと日谷の部屋へと向かっていった。


「木村さんの履歴や充電ケーブルは開示出来ないみたいだから証拠は無いけど、私の充電ケーブルはちゃんと見せられるから」


 戻ってきたメイドは充電ケーブルを日谷に手渡した。


 特に目立つ傷のない、普通の充電ケーブルが日谷の手元にあった。


「私が二つ注文していないのは確認済でしょう? 唯一の充電ケーブルが確かにここにある以上、私が用意したという線は消えた。

 残すは木村さんに用意させたという話だけれど、これもおかしな話よね。一体何て言えば充電ケーブルを映画館に持参するわけ? 『壊れたから貸して』だなんて言ったとでも? そんなの『新しいの注文すれば?』か『メイドに相談したら?』で終わりじゃない」


「色気で唆したんじゃないのか?」


「馬鹿馬鹿しい。説明出来ないのならそう言いなさい。

 最後に、どうせ説明出来ないだろうけど、私が木村さんを殺す動機は何だって言うの?」


「それは、分からない。もしかしたら、土井殺しに関する何かを木村は偶然知ったのかもしれない。それに気が付いた日谷は木村を」


「はいストップストップ。もう沢山。アナタの戯言を聞くのはもう沢山。

 結局、アナタは何の証拠もなく、ただ何となく私が怪しいと思ってゴチャゴチャと抜かしただけ」


「だが、明らかに不自然な」


「はい。もう結構」


 日谷の声で自分の声は掻き消された。


「これで出揃ったんじゃない? 水嶋と金原が共犯。それで多数決を取ろうじゃない」


「多数決だぁ?」


「文句があるなら、そこの”名探偵気取り”のように持論を述べたらどうなの?」


「だから、俺は」


「はい。では多数決を取ります。『水嶋と金原共犯説』に賛成の人は挙手を」


 日谷は手を上げながら一方的に宣言した。

 おずおずと火狩も手を上げたが、五人で多数決を取るとなれば、三人の票が欲しい。

 しかし、自分は上げるつもりは無いし、犯人だと疑われた二人が上げることは無いだろう。



 そう思っていたが、三本目の手が上がった。



「お、おい金原ッッッ! 裏切るのかッ!?」


 水嶋が隣に座る金原の胸ぐらを掴もとしたが、間にメイドが割って入った。


「水嶋様。暴力行為は禁止です」


「うるせぇッ! 黙れッ! おい金原ッ! 何とか言えッ!」


 金原は頰を上げていない方の指先でポリポリと掻きながら、いつもの声色でこう言った。


「いやぁ、月野さんですら崩せなかったとなると、もう無理じゃない? 僕は日谷さんの推理におかしな所は無いように思えたよ」


「んなッ!? 馬鹿かお前ッ! それとも何だ? 本当はお前が犯人だってのかッ!?」


「”僕は殺して無いけど、僕しか殺せなかったというのなら、そういうことにしておけば良いと思った”だけ」


 金原。お前は何を言ってるんだ?


「水嶋と違って観念したようね。アナタのような人が犯人というのは未だに信じられないのだけれど、人は見かけによらないのね」


「まぁ、一番怪しい僕と水嶋さんを隔離するって話に納得しただけだよ。でもさ、”容疑者二人を隔離しても殺人が続いたらどうするつもり”?」


「これ以上殺人が起きるはずは無いわ。貴方達がちゃんと隔離されていればね」


 水嶋と金原の周りに、それそれ三人程のメイドが集まった。


「それでは、水嶋様と金原様はこれより『隔離対象者』となります。我々が責任を持って部屋を送り届けますので、皆様も各自の部屋にお戻りください。施錠を忘れないように、くれぐれもご注意ください」


 水嶋は部屋に送り届けられる最後の瞬間まで、暴れ、憎悪の言葉を吐き散らし、人間とは思えぬ奇声を発していた。


 その一方、金原は抵抗する素振りも恨み言を漏らす素振りも見せずに、静かに自室へと入って行った。

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