五日目 推理【前編】 日谷視点



 五日目 推理【前編】 日谷視点



 頭が痛む。



 水嶋の用意したカメラには予想外のモノが映っていた。



 映画館に行ったのは木村と橙色の服の人物の二人だけ。


 木村を殺す事が出来たのは橙色の服の人物だけ。


 事件があった日に橙色の服の着ていたのは火狩。


 単純に考えれば、犯人は火狩ということになる。




 隣に視線を移すと、火狩が助けを求める子どものように、潤んだ瞳で私のことを見ていた。


「日谷さん、本当にウチじゃないの」


「そんなこと言われても」


 正直な話、私には火狩を庇う道理は無い。



 私は犯人が誰なのか分かればそれで良い。


 いや、”その言葉は正確ではない”。


 私は。



「俺の証拠にケチつけるってんなら、何か言い返してみろよッ!」


 私の思考は、水嶋の大声で掻き消された。


「いや、ホントにウチは部屋にいたの。そうだ! 発信記録! ウチが日谷さんに電話した記録が無い! それがウチが部屋にいたことの証拠!」


 火狩の精一杯の主張は、誰の心にも刺さらなかった。


「馬鹿か。これから人を殺しに行くってのに、わざわざ『木村を殺しに映画館に行く』なんて連絡するわけねぇだろ」


「ッ!? い、いや、だって!?」



 火狩は分かっていない。


 私が火狩に教えた”電話の発信記録によるアリバイ証明には穴がある”ということを。



 電話の記録はあくまで発信記録でしか無い。


 発信したからといって実際に出かけたとも限らないし、発信していないからといって出かけていないとも限らない。


 この方法は、あくまで”電話をした瞬間に部屋にいることの証拠にしかならない”。



 火狩にはそのことをあえて説明しなかった。


 理解出来ると思っていなかったし、犯人は水嶋と誰かに決まっているのだから、わざわざ理解する必要も無いし、下手に何処かで説明してボロを出されても困る。


 だから説明しなかった。



 脳内を駆け巡る思考の連鎖を落ち着かせるために、一度深呼吸をした。


 このまま黙っていれば、火狩が犯人ということになり、私が疑われるようなことはないだろう。


 だが、この話し合いのゴールは自分が疑われないことでは無い。



 犯人を突き止めて、次の事件を起こさないことにある。



「ちょっと良いかしら」


 手を上げながら声を発すると、火狩が嬉々とした目を私に向けた。


「日谷さん!」


「喜ぶのはまだ早いわ」と火狩を制し、私は続きを口にした。


「火狩さんが木村さんを殺した犯人だった場合、いくつか気になることがあるの」


「ほぉ? 例えば?」


 月野は興味深そうな視線を向け、水嶋は不満そうな視線を向けた。金原はどっちとも取れない視線を向けている。


「一つ目は凶器について。凶器は、現場に残されていた携帯電話の充電ケーブル。充電ケーブルの太さと首の痕の太さが一致していたと、死体発見時に月野さんが確認していたわよね?」


「あぁ。一致していた。ケーブルに傷やヨレもあったから、現場に残されていたケーブルで絞め殺したのだろう」


「つまり、犯人は凶器を現場に残したということになる。犯人が現場に充電ケーブルを置いてきたのなら、犯人は現在充電ケーブルを持っていない。もしくは、持っているけれど、それは二つ目の充電ケーブルということになるはずよね?」


「まぁ、そうなるな」


 火狩と金原の表情から察するに、二人はまだ私の言いたい事が分かっていないようだ。


「メイドにお願いがあるのだけれど、火狩さんの部屋から携帯電話の充電ケーブルを持ってきて欲しいのだけど」


「火狩様の許可が無いと出来ません」


「ウチは大丈夫なので、持ってきてください」


「かしこまりました」


 火狩がお願いすると、メイドの一人はすぐさま了承し、音も立てずにその場を後にした。


「次に、火狩さんの注文履歴を公開して。全部見せなくても、充電ケーブルに関する項目だけでも良いから。火狩さんもそれで問題ないでしょ?」


「う、うん。もちろん」


 ここで火狩が拒んだら、火狩がクロだと確定するところだったが、火狩は何の躊躇もなくタブレットの操作を始めた。


「充電ケーブルは一つしか頼んでないよ」


 火狩はそう言いながらタブレットを皆の方に掲げた。


 火狩の言う通り、充電ケーブルは一つしか注文していなかった。


「お待たせしました。火狩様の部屋にあった充電ケーブルです」


 いつの間にか側に立っていたメイドは、火狩に充電ケーブルを手渡した。


「ちょっと貸して」


「は、はい。どうぞ」


 火狩から渡されたケーブルは目立った傷や汚れはなく、新品同然だった。


「火狩さんは充電ケーブルは一つしか注文していない。そして、注文した充電ケーブルはちゃんと部屋にあった。もちろん変な傷の無い新品同然の物がね。

 さて、犯人が火狩さんだったとしたら、火狩さんは木村さんを絞殺するための充電ケーブルを何処で用意したのかしら」


 月野はパチパチと拍手をした。


「なるほどね。火狩が犯人だった場合、何処で凶器を調達したのか。それは確かに気になるな」


 月野が頷いている一方、隣に座る水嶋は私を睨みつけた。


「ハァ? そんなの木村の充電ケーブルを奪ったに決まってるだろ」


「じゃあ、用意してもらいましょう。木村さんのケーブルを持ってきてもらえないかしら」


 メイドにそう告げると、メイドは一礼した。


「申し訳ありません。本人様の許可無く、私物の持ち運びをすることは出来ません」


「じゃあ木村さんの注文履歴も出せないの?」


「はい。既に亡くなっている木村様と土井様の注文履歴や私物は本人確認が取れないため、”我々が開示したり持ち運ぶことは出来ません”」


 何なのだろう。

 この本人の意志を強く尊重するシステムは。


 文句を言っても仕方が無いとはいえ、人が死のうが警察も救急も呼ばない非人道的行為を平然と行うクセに、妙な部分は律儀なのが腹が立つ。


 こんな怪しいバイトに参加した私が言うのも何だが、主催者は頭のネジがどうかしている。


「じゃあ木村が用意したケーブルかもしれねぇじゃねぇか。コイツが犯人じゃないって話は無効だッ!」


 水嶋が火狩を指差しながら主張したが、私は怯むことなく反論した。


「木村さんはどうして、席にコンセントがあるわけでもないのに映画館に充電ケーブルを持参したのかしら? おかしいと思わない?」


「ハァ? 知らねぇよそんなこと」


「知らないというよりも、不自然で説明が出来ないというのが正しい言い方ではなくて? 私は、木村さんを絞め殺すのに使った充電ケーブルは、犯人が準備したものだと思っているわ」


 月野がウンウンと頷いた。


「まぁ、日谷の言う通りだろうな。『木村が充電ケーブルを持参した可能性はゼロ』とまでは言わないが、凶器は犯人が持参したと考えるのが妥当だろう。真っ直ぐ映画館へと向かい、三十分程で出てきたのだから、犯人は最初から殺す気で向かったはずだ。それなら、凶器は持参して行くはずだ」




 ん?


 何だろう?


 月野が私の主張をフォローしてくれたのは分かるのだが、何かが引っかかった。


 引っ掛かったナニかは、物凄く重要であると私の直感が囁いている。



「月野さん。もう一度言ってもらえる?」


「もう一度言うってのはどれのこと?」


「今さっき話したこと」


「何かおかしなことを言ったか? 『木村が充電ケーブルを持参した可能性はゼロとまでは言わない。凶器は犯人が持参したと考えるのが妥当。真っ直ぐ映画館へと向かい、三十分程で出てきたのだから、犯人は凶器を持参していくはず』

 こんな事を言ったはずだが」



 月野が復唱した言葉の中に、私が引っかかったナニかがあるはずだ。



 それは何だ?



 木村が充電ケーブルを持参した可能性はゼロではない?

 いや、特に間違っているとは思えない。



 凶器は犯人が持参したと考えるのが妥当?

 これも間違っているとは思えない。



 真っ直ぐ映画館へと向かい、三十分程で出てきた?


 ん?



 ”真っ直ぐ映画館へと向かい”?



 その時、私の脳裏に電流が疾走った。



 犯人は何故映画館に直行したのだろうか?


 客室のある三階から、四階にある遊技場を飛ばして五階の映画館に行く理由とは何なのか?


 殺す相手をしらみつぶしに探すつもりだったのなら、一番下の階の食堂か一番上の階の図書館から探すのではないのか?



 でも犯人はそうはしなかった。

 そうしなかった理由は何なのか。


 ”探す必要が無かったから”?


 何故探す必要が無かったのか。

 答えは簡単だ。



 ”一度、自分の目で確認したから”?



 該当する人物は一人しかいない。


 いくつか問題点はあるものの、この疑問を解消する答えは一つしかないはずだ。



 私は一度大きく深呼吸をした。


「凶器をどうやって用意したのかも気になるけれど、もっとおかしいことがあるわ」


「ほぉ」


 月野が興味深そうに笑った。


「犯人が真っ直ぐ映画館へと向かった。それっておかしいと思わない?」


「ハァ? 別におかしくねぇだろ。理由は知らねぇけど、木村を殺そうとしてたんだろ? だったら、誰かに見つからないように寄り道なんかせずに映画館に向かってもおかしくねぇだろッ!」


 水嶋が唾を飛ばしながら大声を出した。


「いや、だから。それがおかしいって言ってるの。”犯人はどうして映画館に木村さんがいると知っていた”の?」


「どうしてってそんなの」


 水嶋の言葉が詰まったところで、私は答えを口にした。


「実際に見てきたから。それならおかしくないわ」


「実際に見てきた? 何言ってんだよ。映画館に行ったのは一人しかいねぇじゃねぇか。それは」


 水嶋がハッとしたように隣に座る人物を見た。



 そう。隣に座る金原の姿を。



「映画館に行ったのは確かに僕だけだけど、それだけで犯人扱いされるのはちょっと」


 金原が不満そうに反論したが、私はすかさず言い返す。


「この日、火狩さんが橙色の服を着ていたことを食堂に集まる前に知っていたのは、本人を除くと私と金原さん。この二人だけのはず。確かに、私が橙色の服を着て火狩さんのフリをすることは出来るけれど、同じ事は金原さんにも出来たはずよ。そして、木村さんが映画館にいることを直接確認したのは金原さん。アナタだけ」


 金原は頰を指先でポリポリと掻いた。


「まぁ、確かに、火狩さんの服の色を知っていて、映画館に行ったのは僕だけかもしれない。でも、わざわざ火狩さんが着ていた服と同じ色の服に着替えてから木村さんを殺しに行くっておかしくない? だって、服の色を合わせただけの変装なんてすぐにバレるでしょ」


 私が言い返そうとしたタイミングで、月野は手を振って割り込んできた。


「金原の言い分も一理あるな。今回はカメラの映像がボケているから判別がつかないが、直接会ったら話は別だ。よっぽど遠いとか暗いとかの条件が無い限り、変装したところで顔や骨格や髪型の違いですぐに分かるだろうな。念の為聞くが、昨日停電だとか照明の不具合なんて起きてないよな?」


「はい。停電及び照明の不具合は起きておりません」


「というわけだ。そうすると、映像の人物が火狩ではなかった場合、犯人はあまり意味の無い変装をして犯行に及んだことになる。何故そんな事をする?」


 痛い所を突かれた。


 元々容姿が似ているのなら、化粧と服装である程度誤魔化せるかもしれないが、顔が似ているわけでもない相手と同じ服の色を着たところで、それが変装として成り立つとは思えない。



 何故、直接会ったらバレてしまうのに変装をしていたのか?



 こういう時は発想を逆転させよう。



 ”何故、直接会ったらバレてしまうのに変装をしていたのか?”ではなく、”どういう理由があれば、直接会ったらバレてしまうような変装をする必要があるのか?” だ。



 そもそも、何故こんな話になっているのか。


 全ては、水嶋が用意した映像がピントがズレてボケていたことが発端だ。


 もしも、ボケた映像になってしまったことが偶然では無かったとしたら?



 再び、脳内に電流が疾走った。



「”計画通りだったから”じゃないかしら」


 そうか。

 そういうことだったのか。



 私の最初の読みは間違っていなかったのだ。



「計画通り? 聞かせて貰おうか。その計画とやらを」


 月野が随分と楽しそうな笑みを浮かべながら言った。




「まず、私が最初に疑った”この映像が捏造されたモノ”という可能性は無くなったわ。この映像は本物」


「最初からそう言ってるだろ」


 水嶋がボヤいたが、私は無視した。


「映像が本物である以上、癪な話だけれど、犯人は客室から映画館に行って犯行に及んだという点から、水嶋は犯人候補から外れる」


「だ、だから最初からそう言ってるだろ」


 私の言葉が予想外だったのか、水嶋の声は上ずり、ニヤけているのが隠しきれていない。


「犯人は水嶋以外というわけか」


 月野が相槌を入れた。


「えぇ、そうよ。そして、この映像がずっとボケているのは、設置の仕方が悪かったとか設定を間違えたとかそういうものではない。わざとピントがズレているの」


「ハァ? 何で俺がそんなことする必要があんだよ。俺は自分が無実であることと、この中で俺達を騙してる犯人を炙り出すために仕掛けたんだぞ」


「違うでしょう? アナタが。いえ、”アナタ達”が火狩さんをスケープゴートにするために一芝居うったんでしょう?」


「す、すけーぷぼーと?」


 隣で火狩が間の抜けた事を呟いている。


「スケープゴート。要するに身代わりのこと」


 火狩の常識の無さには呆れてモノも言えないが、今はそれどころではない。


「そして、結論から言うと、水嶋と金原の二人が共犯。間違いないわ」


「ハァ? ふざけたこと抜かすなよッ!」


 水嶋が立ち上がり、日谷の元へ詰め寄ろうとしたが、メイドが間に割って入った。


「水嶋様。ここは話し合いの場ですので、椅子にお座りください」


「邪魔なんだよッ! どけッ!」


 水嶋がメイドを押し飛ばそうとしたが、メイドはかつて私が同じ様なことをした時に見せた何かしらの体術によって華麗に捌き、そのまま関節技を極めた。


「ッッッ」


「メイドへの暴力行為は禁止事項です。また、我々は”この話し合いの場に限り、あらゆる暴力行為を取り締まるように主催者に言われております”」


「”この話し合いの場に限り”? フフ、皮肉なもんだな」


 月野の呟きには反応せず、私は話を続けた。


「水嶋がカメラを設置した本当の理由は、火狩さんを犯人に仕立て上げるためなのだけれど、そのためには映像がボケていないと困る。何故なら、鮮明な映像だった場合、服を着替えただけの変装じゃ意味を為さないから。月野さんの考えを聞きたいのだけれど、どう思う?」


 私は月野に話を振った。

 確認のためという意味もあるけれど、私一人の考えであるという反論を防ぐためでもある。


「そうだな。偽物の映像をゼロから作る手間を考えたら、ピントのズレたボケたカメラで、変装して別人になりすましている所を撮影する方が容易いし確実だろう」


 良かった。

 月野が私と同じ側の意見を主張した。


「自分が無実であると証明したいのなら、注文履歴を開示することね。そこに二本目の充電ケーブルがあるはず。橙色の服は」


 そこまで言ってから、疑問が一つ浮かんだ。


「メイドに質問があるのだけれど、共同生活前に注文した衣類の履歴はあるの?」


「ございます」


「タブレットには事前に注文した衣類に関する記載が無いけれど、本人が許可をすれば同じように開示出来るの?」


「可能です」


 それは良かった。これで犯人を追い詰められる。


「ということ。だから、二人共注文履歴を見せて。それが犯人か否かの判断材料になるのだから」


「橙色の服なんかない。パソコンは頼んだが、携帯電話は頼んでない。だから充電ケーブルも頼んでない」


「じゃあ、履歴を開示してよ」


「それは、断る」


「いつまで維持張ってるの? 自分が犯人だと宣言しているのと同じよ」


「うるせぇ! 俺は犯人じゃない。ホラ、見ろよ!」


 水嶋が見せてきたタブレットには、橙色の服と充電ケーブルを注文した記録は無いということだけが表示されていた。


「アナタは一度も注文履歴を開示していないのだから、全部見せなさいよ」


「ハァ? 全部見せる必要ねぇだろ。今は凶器と服の話をしてんだろ?」


「まぁ、水嶋の言い分も分かる。他人を疑うなら、それ相応の推理の果てに疑わないとな」


 コ、コイツ。

 信用しすぎてはいけないことは分かっているものの、敵に回すととにかく腹が立つ。


 金原がタブレットを掲げながら腕を軽く振った。


「僕は、全部見せても良いよ。きっと皆のためにならないだろうけど」


 随分と変な言い回しだ。


「それはどういう意味?」


「僕が注文履歴を見せたら、きっと皆は僕を犯人だと疑うと思う。でも、僕は犯人じゃないよ」


 そう語る金原の表情は”無”だった。


 何の感情も読み取れない”無”。


「見てから判断するわ」


 そう。

 見るしかない。


 意味ありげな忠告をされようと、確認する外無い。


「ふぅん。じゃあ見せてあげるけど、どうなっても知らないよ」


 金原はタブレットを皆に見せた。



 注文履歴


(不要箇所省略)


 携帯電話充電ケーブル 一点 追加一点



「この、追加一点というのは何?」


 見たことのない表記だ。

 言葉から意味は理解出来るのだが、一応確認しておいたほうが良いだろう。


「同じ商品を注文した場合、そのように表示されます。なので、今回の場合は金原様は充電ケーブルを二つ注文されたということになります」


 メイドの説明を聞いた全員が、金原に視線を向けた。


 無理もない。あまりにもアッサリと開示された履歴に凶器が載っているのだから。


「一応説明しておかないとね。充電ケーブルを二つ注文した理由なんだけど、最初に注文したケーブルを部屋の中で失くしたんだ」


 金原はそう答えると上唇を舐めた。


「失くした?」


「部屋の中をちゃんと探したつもりなんだけど、昨日の朝から見当たらなくてね。探しても見つからないなら注文した方が早いと思って」


 嘘を付くのならもっとマシな嘘を付くはずだが、表情から察することが出来ない。


「それを、この場にいる皆が信じるとでも?」


「信じて貰えると思ってないよ。でも、だからこそ正直に話してるんだよ。隠していることがバレたら、誰も僕の言葉を信用しなくなるでしょ?」


「凶器を追加注文していた人間を信じろと言われても、それは無理な話だわ」


 月野が手を振って皆の視線を集めた。


「まぁ一旦落ち着け日谷。とりあえず凶器の出処が分かったんだ。

 金原、橙色の服については?」


「うぅん。あるにはあるよ」


 金原がメイドに服を持ってくるように伝え、数分後にメイドは戻ってきた。


「コチラが金原様がご注文した衣類の中で橙色に近いモノでございます」


 メイドから手渡されたシャツを、金原はテーブルに広げた。


 基本の色は橙色。胸の所にメーカーのロゴがプリントされている。


「色は近いが、映像のと同じか? 水嶋、もう一度再生してくれ。それと、火狩は昨日着ていた服をメイドに用意してもらえ」


「う、うん」


 月野が指示すると、火狩はメイドに説明をし、水嶋は舌打ちをしてから再生ボタンを押した。



 画面には橙色の服の人物が映っている。


 しかし、プリントされたロゴを確認出来る程の鮮明さが無いため、映像の人物が金原であると断言することが出来ない。



「こちらになります」


 メイドが火狩の着ていた橙色のシャツを部屋から持ってきた。洗っていないのか、随分とシワがある。


「あ、アハハ。カゴに放り込んだままで、洗ってないからジッと見ないで」


 毎日洗濯しないのだろうか。私は絶対にそんなことはしないが、洗濯機を毎日回さない人もいると聞くし、この点に関しては火狩がズボラだというわけではないかもしれない。


 そんなことはどうでも良い。

 火狩のシャツと金原のシャツを見比べなければ。


 火狩の着ていたシャツのほうが色味が明るい。

 そして、火狩の橙のシャツは無地だった。金原の持っていたシャツのようにロゴがプリントされていない。



 映画館に行った人物の服と色味が似ているのは、どちらかといえば火狩の服だった。



「どちらも同じような橙色ではあるが、金原のシャツと映像の服、色味が違わないか?」


 月野の言葉に、火狩が「えっ!?」と声を漏らした。


「そ、そんなことないよ!? ウチのシャツも金原さんのシャツも同じ橙色だよ。だから、あの映像は金原さんに決まってるよ」


「映像のシャツはどちらかと言えば明るい橙色。金原のはどちらかと言えば暗い橙色だな」


「ち、違うよ!」


 火狩の声は震えていた。

 そして、助けを求める目で私を見てくる。


 確かに、色味で言えば火狩のシャツの方が近いのだが、何故こんな簡単なやり取りに自分で言い返せないのだろうか?


「何を言ってるの? さっき確認したじゃない。火狩さんは凶器を準備出来ない。金原さんは凶器である充電ケーブルを二つ注文していた。どっちが犯人なのかは一目瞭然じゃない」


「そういえばそうだったな。悪かった」


 月野の謝罪の言葉は実に薄っぺらかった。

 やっぱり、この男は分かった上で場を掻き乱す。


「ふぅん。まぁ、そう思われても仕方がないよね」


 金原は諦めたように、というよりも、他人事のように呟いた。

 私の頭の中に思い浮かんでいる光景を、他人事だとは思えないぐらい完膚なきまでに金原に叩き込む他無いようだ。




 私は大きく深呼吸をした。

 推理のパズルが破綻していないことを再確認してから、私は口を開いた。


「昨日の事件の全貌を簡潔にまとめるわ。


 まず、水嶋がピンボケカメラを設置した。これは、協力者である水嶋が、犯人を金原以外の誰かに押し付けるための準備として行ったもの。水嶋はカメラを仕掛けた後に遊技場に籠もった。そうすれば、自分も犯人候補から外れるからね。


 次に金原さん、いえ、金原は、別の階の様子を見に行った。犯人に仕立て上げる相手を探すためにね。まずは図書館に行き、そこで火狩さんと私を見つけた。金原は火狩さんと私の服の色をここで知ったはず。


 次に遊技場へと向かった。このタイミングで映画館を飛ばした理由は、事前に映画の予約状況を確認していたからでしょう。何の映画も予約されていなければ、映画館には誰もいないと判断することが出来る。

 そして、しばらくすると木村さんがゾンビ映画の予約をした。遊技場に常駐しているメイドに『映画の予約が入ったら教えて欲しい』と伝えておいたのか、定期的にメイドに確認を取っていたのかは分からないけれど、どちらかの方法を用いれば、映画館に行かなくても木村さんが映画の予約をしたことを知ることが出来たはずだわ。


 予約が入ったことを知った金原は、三時頃に一旦映画館へと向かった。もしかしたら、木村さんは映画の予約をしただけで観に来ていないかもしれないし、ゾンビ映画について多少なりとも知っていそうだった月野さんが一緒に観ているかもしれなかったから、その確認にね。


 映画館で木村さんが一人で映画を観ていることを確認した金原は、一度自室へと戻り、火狩さんと似た色の服を着て映画館へと向かった。ポケットに凶器の充電ケーブルを忍ばせてね。私ではなく火狩さんを選んだ理由は、真っ白な服を持っていなかった。もしくは、火狩さんなら上手いこと言いくるめられると思っていたのか。まぁ、動機はさておき、金原は橙色の服を着て映画館へと向かった。


 映画館に行った金原は、一つ目の映画を見終わってスクリーンから出てきた木村さんに、きっとこう言ったわ。『続きの映画を一緒に観ようよ』って。

 自分の趣味の話になると随分と饒舌になる木村さんのことだから、誘われたら断るはずがないわ。たとえ、メイドに『夕食の時間と被ってしまいます』と言われてもね。

 木村さんは、メイドに『夕食の時間と被っても構わないから、上映して欲しい』と伝えて、二つ目の映画が上映されることが決まった。それが、犯人の罠とも知らずに。


 二つ目の映画の上映が始まり、木村さんが映画に集中している隙を狙って絞殺。凶器を現場に残し、すぐに自室へと戻り、服を着替える。


 そして、夕食の時間が近付いたら何食わぬ顔で食堂へと向かう。




 これが木村さんを殺した犯人、金原の行動を想像したものなのだけれど、何か言いたいことはある?」




 金原は大きく深呼吸をすると、「まるで見てきたみたいなリアリティがあるね」と呟いた。


「何も言い返さないの? 犯行を認めるつもり?」


「いやぁ、そういうわけじゃないよ。僕は犯人じゃないからね」


「これでも認めないの?」


「おい、ちょっと待てよ」


 水嶋が突然声を荒げた。


「何?」


「何で俺が共犯者ってことで話が進んでんだよ。俺は関係ねぇぞ」


 そういえば、水嶋が犯人だという前提を、何の説明もしないで話を進めていたかもしれない。


「アナタが共犯者じゃないと言うのなら、土井さんを殺したのも金原だと言うの?」


「い、いや。そんなことは知らねぇよ。俺が言ってるのは、俺を共犯者呼ばわりするなって話」



 共犯関係に無いのなら、水嶋は金原に全て押し付けると思っていた。

 言い方を変えれば、金原に全てを押し付けないということは、彼等は協力関係にあるはず。


 私の推測は当たっていたようだ。


 しかし、土井殺しについてはある程度結論が出ていることを忘れたのだろうか?



「土井さんを殺したのはアナタでしょう?」


「ハ、ハァ? 訳の分からねぇことを抜かすなッ!」


 顔に出さないように堪えているつもりなのかもしれないが、動揺が表情に表れている。


 やっぱり、犯人は。


「認めるつもりが無いのなら、土井さん殺しの件も私が言い逃れ出来ないところまで懇切丁寧に説明してあげましょうか?」


「で、出来るもんなら言ってみろや。俺は犯人じゃねぇからな」


 尊厳を破壊し、挙句の果てには殺しておいて、まだそんな減らず口を叩いていられるとは、人としてどうかしている。とても正気の沙汰とは思えない。


 私が引導を渡してやろう。


 それが、土井の無念を晴らす唯一の方法なのだから。

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